白き薔薇の下で永遠の純心を君に

綾峰由宇

文字の大きさ
上 下
39 / 45

三十八

しおりを挟む
「…はぁ」
「浮かない顔だね、沙雪。愛しの君が帰ってしまったからかい?」
「光様…」

声を掛けられ振り向けば、光の姿を認め小さく笑みを浮かべる。光が横に立てば沙雪は彼を見上げ、そして少しばかり距離を取る。
勘太郎は当たり前に全く平気だが、怜とのことがあってから勘太郎以外の男性と二人になることに抵抗が出来てしまったようである。

「…お前、怜になにをされた?」
「え………」

光の問いにわずかに目を見開き、一歩後ずさる。
そんな沙雪の反応に何かを感じ取ったのか、光は額に手を当て深く息を吐いた。

「…はぁ、やっぱりか」
「…光様、このことは誰にも…」
「言わないさ。言えるわけがない…。で、アイツ、一ノ宮はそれを知っているのか?」

光は呟きながら沙雪を見る。
言葉の意味と人の気持ちを悟ることに長けている沙雪。
光の言わんとしていることはすぐに理解したようだ。こくりと頷き、光を見上げた。

「勘太郎さんには全てお話ししていますし、本当に危ないときは助けてくださいました。ですが光様…、どうして、わかったのですか?」
「二人の様子を見ていればわかるさ。沙雪は怜と目を合わせないし、怜は一ノ宮だけでなく、誰がお前に近づいても険しい目つき。最終的には俺にまで敵意のある視線をぶつけてきた。生まれてからずっと一緒にいる俺にまでだぞ?怪しまないわけないだろ」

腕を組み、項垂れる光に、沙雪もそうだったのかと頷く。

「大丈夫なのか」
「……正直、もうお兄様のいるこの屋敷では暮らせないと思っています。今日、勘太郎さんと婚約したことをお話ししたのも、お父様の許可を得たこともありますが、行儀見習いとして家を出ても怪しまれないようにという気持ちもありました」

同性の友人の家に遊びで宿泊に行くのとはわけが違う。
友人であろうがなんであろうが、男性の家に女性が泊まり込んでいるなどという噂が一度立ってしまえば、あとから婚約しているのだと発表しても遅い。
公子の場合は発表こそまだしていないが、内々には話が知れ渡っているために、大きなスキャンダルにはなっていないが、沙雪の場合は違う。
勘太郎とも今でこそ二人で堂々と外でお茶をしたりしてはいるが、始めの方はあることないこと囁かれていたのも事実である。
社交界は、スキャンダルと噂話が大好きなものなのだ。

「そうか。俺も、こうなった以上は怜の傍に居ない方がいいとは思う」
「はい…お父様や高山さんから離れてしまうのは寂しいですが…。公子さんにも何だか申し訳なくて」
「…公子嬢も、気付いているやもしれん」
「そんな…」

光の言葉に、沙雪は遠くで宮子たちと話す公子を見る。
もし光の言う通り、公子が気付いているとすれば、今どれだけ彼女は傷ついているのだろう。
その傷を、心を隠し、微笑みを絶やさない公子はどれほどに強い女性なのか。

「…ますます、ここに居るのが申し訳ない気持ちになります」
「そうだな。だが…本当に怜は一体どうしてしまったのか」
「…わかりません。けれど、特に勘太郎さんとの約束に関して厳しくなったのは、ここ数か月です」

数か月、と呟き光は顎に指をかけ考え込む。

「公子嬢が西園寺家に来たのは?」
「そろそろ三か月…四か月くらいです。婚約が決まったのが半年ほど前で、余り間を置かず行儀見習いとしていらっしゃいましたから…」
「…なるほど」

光は頷き、現実が見えたのかもしれないな、と呟いた。

「現実…」
「真意は解らないから、あくまでも推測だ。だが、婚約者ができることによって、沙雪を自分の元へ置き続けることが不可能だと思い知ったのかもしれない。いずれ、自分が婚約したように、沙雪も誰かと婚約し、どこかへ嫁ぐ。実は、最近俺もこっち来なかっただろ?」
「はい、中々都合が合わないとお兄様は仰っていましたけど…」
「そんなこと言ってたのかあいつ…。俺は怜に来るなと言われてたんだよ。それから察するに、自分でいうのもなんだが…俺と一ノ宮は怜以外で沙雪に一番近い男だ。だから警戒してたんだろうな」
「警戒…」
「まぁそんな怜の警戒をかいくぐって沙雪はしっかりと未来の婿を見つけちゃったわけだけど。あーぁ、おれが結婚したかったよ、お前と」
「光様はもうすでに決まった女性がいるとお聞きしていますけど」

とはいえ、その「決まった女性」というのは定期的に変わっているのだが。
そんな沙雪の言葉に苦笑し、光は沙雪を見た。

「本命が全く見向きもしてくれなかったもんでね。俺は寂しがり屋なんだよ」
「本命…」
「ちなみそれ、沙雪の事な」
「あら…光様にそんな風に思っていただけて光栄です」

にこりと微笑む沙雪に、小さく息をつき、光は腰に手を当てる。

「相手にする気ないな?」
「私にはもう、勘太郎さんがいてくださいますから」
「それもそうだ。…幸せになってくれよ?じゃないと、俺らの涙が無駄になる」
「はい、ありがとうございます。光様。光様にも、心の底から愛しいと思える女性が現れますようお祈りしています」

沙雪の言葉に、しばらく無理だけどなーと笑い、光は辺りを見回す。

「さ、ご友人のお嬢様方が呼んでるぞ。今日はみんな泊まるんだって?」
「はい、男性陣は離れ、女性陣は屋敷の方でそれぞれ楽しませていただきます」
「ん、そうか。しっかり楽しんで来いよ」

微笑む光に送り出され、沙雪は宮子達の待つテーブルへ向かうのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。 元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。 明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。 日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...