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三十三

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「私たちの同級生にも、怜様に本気で恋しちゃっている子もいるもの。ね、沙雪」
「ええ…、始めは恋文や贈り物を頼まれて困ったわ」

宮子の言葉に沙雪は苦笑しながら頷く。
西園寺家の娘という事で、沙雪は昔から様々な思いをしてきた。
沙雪に取り入り、西園寺家とのつながりを持とうとするものも多くいた。
親に言われたとはいえ、宮子も始めはそのうちの一人であったが、今では恥ずかしい過去の一つである。
時が経ち、社交界の場に出席するようになれば怜は端正に、沙雪は美しく育ってきたことが徐々に知れ始め、自らへの想いをぶつけられることが増えると共に、怜への伝言や贈り物なども頼まれることが増えた。
最初は律義に怜に渡していたものの、今度は返事を催促されるようになり、それでも忙しく答えられない怜を急かすのも心苦しくなり、もう勘弁してくれと、頼まれる都度郵便や配達に託すようにお願いし、一切を断るようになったのだという。
それほどまでに注目を浴びる怜の未来の妻なのだ。それこそ妬みの対象にはなりやすい。

「始めは、なんでお兄様があんなにおモテになられるかわからなかったんですけど…」
「それはそうですよ。沙雪姉様の好みはうちの兄ですもの。正反対ですからわかりませんよ。でも、沙雪姉様のお兄様なんだから、怜様がモテるのは当然と思います」

首を傾げる沙雪に、彩子は即答。
確かに勘太郎と怜はほぼ正反対と言っていい顔立ちである。
二人とも端正で精悍な顔つきではあるが、勘太郎の方が懐っこい柔らかい顔をしている。
反して、怜は近寄りがたいクールな顔立ちである。

「身近な動物でいえば…勘太郎様は犬で怜様は猫かしら」
「ああ…なんとなくわかります」

宮子の例えに、公子が小さくうなずく。同調するように、沙雪と彩子もうんうんと頷いた。

「確かに正反対…」
「でしょう?お姉様はもう…ご自分では気づいていらっしゃらなかったかもしれませんけれど…。私は沙雪姉さまがお兄様をお好きなことは随分前から知っていましたし」
「えぇ?!」

彩子の言葉に目を見開く沙雪。そんな沙雪に苦笑すれば“やっぱりお兄様の言う通り、鈍感なんですね”と呟いた。

「私と話していてもお兄様ばっかり見ていましたし、第一声は“勘太郎様がー”だし、まぁ、それはうちの兄も一緒ですけど…。とまぁ、そんな感じでしたよ?もー、いつお二人は気持ちを繋げるんでしょうって、私一人やきもきしていたんですから。お兄様をせっついたこともありますし」

くすくす笑いながら見上げてくる彩子に、沙雪は思わず真っ赤になって両頬を手で押さえた。
言われてみれば確かに、自分はずっと勘太郎の事ばかりであった気がする。家に居れば早く明日が来て勘太郎に会えないかと考え、勘太郎と会っていればこの時がずっと続けばいいのにと思っていたのだ。

「私ってば…鈍いのね…」
「さっきから言っているじゃないですか」

沙雪の言葉に頷けば、彩子は辺りを見回す。先ほどもどこかへ行ったと聞いたが、それにしても戻りが遅い。
沙雪がいるときは沙雪の傍に居ないと気が気でない勘太郎が、こんなに長い間戻ってこないのも珍しい。家に居ても沙雪欠乏症が発症するのだ。今はいつでも一緒に居られるのに何をしているのだろうか。

「お兄様、遅いですね、沙雪姉様」
「そうね…。どこかで飲むと言ってお兄様のお友達と行ってしまったんだけど…」
「…ねぇ、沙雪。貴女、自分で思うよりモテることをそろそろ自覚すべきと思うわ…?」

宮子の言葉に沙雪は首を傾げ、親友の顔を見つめる。公子も宮子の言わんとすることに気付き、少々落ち着きがなくなってきた。
公子も、怜の異常な沙雪への執着は感づいている。沙雪を手元に戻すためならば、手段を選ばない可能性もある。

「私たち女は口、男は腕力で行動に出るものよ?沙雪」

宮子の言葉に漸く合点がいったのが、沙雪は立ち上がり辺りを見回す。
だが一瞬考え、ふむ、と頷いてまた椅子に座った。そんな沙雪に、宮子と公子の方が慌ててしまう。

「沙雪!止めに行かなくていいの?」
「そうですよ沙雪さん、一ノ宮様に何かあったら…」
「大丈夫ですよ、お兄様なら」

沙雪を急かす宮子と公子に、彩子は微笑み、沙雪も彩子と共に頷き、沙雪はにこやかに口を開くのであった。
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