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三十
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しかして勘太郎は沙雪を引き離されたのが気に入らなかったようで、沙雪に近づけばそっと肩を抱き寄せた。
「一ノ宮…」
「怜さん、沙雪は僕の婚約者だよ?愛してたっていいじゃないか」
抗議の声を上げようとする怜の言葉に重ねるように、少しばかり声量を上げて怜を見る。
その声に驚き沙雪が勘太郎を見上げ、次いで周りを見回す。
皆の視線が勘太郎の言葉により自らに集中しているのを目と肌で感じ取った。
「もう、勘太郎さんたら…」
「…あ、ごめん。きちんと話したかったよね。つい怜さんに対抗して大声になっちゃったよ」
普段からボート部で声を出しているために、勘太郎は声がよく通る。
苦笑交じりに沙雪を見る勘太郎の、その困ったような申し訳ないような、叱られてシュンとしている子犬のような表情に、小さく微笑み沙雪は口を開いた。
どうにも、勘太郎のこういう顔に弱いのである。
「事実ですから、構いません」
「と、いう事は沙雪…本当に一ノ宮様と…?」
宮子の問いに沙雪は微笑んで頷く。勘太郎もまた、沙雪の肩を抱き寄せながら頷いた。
その二人の笑みは何とも幸せそうであり、周りの男性陣は表情をこわばらせた。
そんな中、沙雪は辺りを見回して一礼し、勘太郎もそれに続いて頭を下げる。
「兄と公子姉様の婚約披露会ではありますが、私からもお報せさせてください」
微笑み話し出す沙雪に、一同再度彼女に注目する。とはいえ、半数は聞きたくなさそうな表情をしているが。
「この度、私西園寺沙雪は、こちらの一ノ宮家ご長男であられる、一ノ宮勘太郎様と婚姻のお約束を致しました。未熟で至らない二人ではございますが、温かく見守ってくださいませ」
沙雪のこの報告は一同に様々な反応をもたらした。
女性客、宮子、彩子、公子は微笑みながら拍手をし、おめでとうと口々に祝いを述べている。
だが、沙雪に恋い焦がれていた者達は拍手こそ取り敢えずしているものの、嫉妬と羨望の入り混じった視線を勘太郎に向けている。
それもそうだろう。中には、相手にされないとわかっていながらも沙雪に熱烈な恋文を送ったり、贈り物をしている者だっていた。
パーティーで会うたびに交際を申し込み、日々アプローチもしていた。
それを突然、はたから見ればぽっと出の男に愛しの姫君を取られてしまったのだから。しかもその相手は、世間的には放蕩息子と呼ばれる勘太郎。
相手にされないと、そう自らに言い聞かせてはいたものの、いざこうして取られてしまうと悔しさが溢れる。
「只今沙雪からご紹介にあずかりました、一ノ宮勘太郎です。皆さん、僕を苛めず仲良くしてくださいね?」
にこりと微笑みながら周りを見回し一礼する。
一同その笑みに思わず笑みを返してしまう。あれだけ恨み辛みを向けていたのにも関わらず、勘太郎の笑みは人をつらせてしまう魅力があった。
だが、勘太郎が顔を上げると同時に沙雪が寄り添う姿を見れば、皆一様に歯を噛み締め漢泣きである。
「沙雪ったらやっぱりモテるわねぇ」
「沙雪姉様ですもの」
そんな男性陣の所業に宮子が呟けば、彩子が即答する。その綾子の言葉に宮子も“それもそうね”と頷き同意した。彩子も宮子も、沙雪至上主義な感が垣間見える。
二人が見守る未来の夫婦は寄り添い合ったまま、何か楽しそうに笑みを向け合い話している。
何とも幸せそうな雰囲気が辺りに舞っていた。
ふと宮子が怜と公子の方を見れば、勘太郎を突き刺さんばかりに見つめる怜と、そんな怜を見上げ、静かに深くため息をつく公子の姿を見た。
「?」
「どうやら怜は、大切な大切な妹君を奪われたのが悔しくて仕方ないようだ」
宮子が怜と公子の様子に訝し気に首を傾げていれば、後ろから声が聞こえ、振り返る。
「倉科様…」
「光でいいですよ、宮子嬢」
「では光様。でも悔しがっているのは怜様だけではないと思いますけど?」
苦笑しながら宮子は光を見る。周りの男性陣と共に、光もまた、苦々しい顔で勘太郎と沙雪に視線を向けている。
怜の幼馴染である倉科光。
源氏物語になぞらえ“今光”と呼ばれるほど整った容姿を持つ彼は、怜と並べば落ちぬ女はいないとまで言われ、その容姿ゆえに数多の女性たちと浮名を流している。まさに現代の光源氏である。
「確かに。僕は沙雪と結婚できる、すると信じて疑ってませんでしたよ。なんせ怜と二人で、沙雪が生まれた時からずっと一緒にいて見守ってきましたから」
だから、沙雪のこともおのずと自らの手中に収められる、愛らしい幼馴染を妻にできる。そう信じていたのに。
「ちょっと、忌々しいなぁ…」
冗談交じりのような、本心なような、曖昧な呟きを残し“失礼。婦女子に聞かせる話ではありませんでしたね”と綺麗な笑みを宮子に向けてから、光はまた友人たちの輪の中へと戻っていった。
「一ノ宮…」
「怜さん、沙雪は僕の婚約者だよ?愛してたっていいじゃないか」
抗議の声を上げようとする怜の言葉に重ねるように、少しばかり声量を上げて怜を見る。
その声に驚き沙雪が勘太郎を見上げ、次いで周りを見回す。
皆の視線が勘太郎の言葉により自らに集中しているのを目と肌で感じ取った。
「もう、勘太郎さんたら…」
「…あ、ごめん。きちんと話したかったよね。つい怜さんに対抗して大声になっちゃったよ」
普段からボート部で声を出しているために、勘太郎は声がよく通る。
苦笑交じりに沙雪を見る勘太郎の、その困ったような申し訳ないような、叱られてシュンとしている子犬のような表情に、小さく微笑み沙雪は口を開いた。
どうにも、勘太郎のこういう顔に弱いのである。
「事実ですから、構いません」
「と、いう事は沙雪…本当に一ノ宮様と…?」
宮子の問いに沙雪は微笑んで頷く。勘太郎もまた、沙雪の肩を抱き寄せながら頷いた。
その二人の笑みは何とも幸せそうであり、周りの男性陣は表情をこわばらせた。
そんな中、沙雪は辺りを見回して一礼し、勘太郎もそれに続いて頭を下げる。
「兄と公子姉様の婚約披露会ではありますが、私からもお報せさせてください」
微笑み話し出す沙雪に、一同再度彼女に注目する。とはいえ、半数は聞きたくなさそうな表情をしているが。
「この度、私西園寺沙雪は、こちらの一ノ宮家ご長男であられる、一ノ宮勘太郎様と婚姻のお約束を致しました。未熟で至らない二人ではございますが、温かく見守ってくださいませ」
沙雪のこの報告は一同に様々な反応をもたらした。
女性客、宮子、彩子、公子は微笑みながら拍手をし、おめでとうと口々に祝いを述べている。
だが、沙雪に恋い焦がれていた者達は拍手こそ取り敢えずしているものの、嫉妬と羨望の入り混じった視線を勘太郎に向けている。
それもそうだろう。中には、相手にされないとわかっていながらも沙雪に熱烈な恋文を送ったり、贈り物をしている者だっていた。
パーティーで会うたびに交際を申し込み、日々アプローチもしていた。
それを突然、はたから見ればぽっと出の男に愛しの姫君を取られてしまったのだから。しかもその相手は、世間的には放蕩息子と呼ばれる勘太郎。
相手にされないと、そう自らに言い聞かせてはいたものの、いざこうして取られてしまうと悔しさが溢れる。
「只今沙雪からご紹介にあずかりました、一ノ宮勘太郎です。皆さん、僕を苛めず仲良くしてくださいね?」
にこりと微笑みながら周りを見回し一礼する。
一同その笑みに思わず笑みを返してしまう。あれだけ恨み辛みを向けていたのにも関わらず、勘太郎の笑みは人をつらせてしまう魅力があった。
だが、勘太郎が顔を上げると同時に沙雪が寄り添う姿を見れば、皆一様に歯を噛み締め漢泣きである。
「沙雪ったらやっぱりモテるわねぇ」
「沙雪姉様ですもの」
そんな男性陣の所業に宮子が呟けば、彩子が即答する。その綾子の言葉に宮子も“それもそうね”と頷き同意した。彩子も宮子も、沙雪至上主義な感が垣間見える。
二人が見守る未来の夫婦は寄り添い合ったまま、何か楽しそうに笑みを向け合い話している。
何とも幸せそうな雰囲気が辺りに舞っていた。
ふと宮子が怜と公子の方を見れば、勘太郎を突き刺さんばかりに見つめる怜と、そんな怜を見上げ、静かに深くため息をつく公子の姿を見た。
「?」
「どうやら怜は、大切な大切な妹君を奪われたのが悔しくて仕方ないようだ」
宮子が怜と公子の様子に訝し気に首を傾げていれば、後ろから声が聞こえ、振り返る。
「倉科様…」
「光でいいですよ、宮子嬢」
「では光様。でも悔しがっているのは怜様だけではないと思いますけど?」
苦笑しながら宮子は光を見る。周りの男性陣と共に、光もまた、苦々しい顔で勘太郎と沙雪に視線を向けている。
怜の幼馴染である倉科光。
源氏物語になぞらえ“今光”と呼ばれるほど整った容姿を持つ彼は、怜と並べば落ちぬ女はいないとまで言われ、その容姿ゆえに数多の女性たちと浮名を流している。まさに現代の光源氏である。
「確かに。僕は沙雪と結婚できる、すると信じて疑ってませんでしたよ。なんせ怜と二人で、沙雪が生まれた時からずっと一緒にいて見守ってきましたから」
だから、沙雪のこともおのずと自らの手中に収められる、愛らしい幼馴染を妻にできる。そう信じていたのに。
「ちょっと、忌々しいなぁ…」
冗談交じりのような、本心なような、曖昧な呟きを残し“失礼。婦女子に聞かせる話ではありませんでしたね”と綺麗な笑みを宮子に向けてから、光はまた友人たちの輪の中へと戻っていった。
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