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十五
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一方、勘太郎と沙雪は庭園の端にある薔薇園に備え付けてあるベンチに二人並んで腰掛けていた。
この薔薇園は幼い頃から薔薇が好きであった沙雪のために造られたもので、今では沙雪が自ら手入れをしている。
丁寧に育てられた薔薇たちは白薔薇が多く、月明かりに照らされ神々しいまでに美しかった。
「沙雪」
「はい、勘太郎さま…んにゃっ!」
呼び掛けに答えるなり額を指でつつかれ、沙雪は鳴き声のような声を上げてからハッとした表情で勘太郎を見上げた。先程から、沙雪特訓中である。
「ちーがーう。呼び捨て、もしくはさん付けでしょ?」
晴れて思いを通じあわせた二人。ならばとこれまでに少しばかり変化をもたらそうと勘太郎が発案したのが、名前の呼び方なのである。
だが、勘太郎が呼び捨てを希望してはみたものの、沙雪は照れくさいのか一向に呼んでくれない。そこで出た妥協案がさん付けなのだが。
「昔からの癖なんです…」
と、何度も間違えてしまうのである。間違いに気づいた時のその表情もなんとも愛らしくて仕方が無いと思ってしまう勘太郎だが、その愛らしい声で早く変化を感じたいのもまた事実である。
「もー、次、様だったらお仕置きだからね?」
「そんな、勘太郎様…あっ」
お約束かの如く間違え、思わず口をふさぐ沙雪。
その目は少々怯えているようにも見えるが、先ほどのような恐怖はない。
勘太郎への信頼が見て取れ、勘太郎は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「期待を裏切らないなぁ…全く。はい、お仕置きー。目、閉じて?」
にこにこと微笑み、沙雪を見る勘太郎に、恐る恐るといった様子で言われたとおりに目を閉じる。
何が起きるのか少々怯えながらも大人しくしていれば顎を掬われ、そっと口づけられた。
怜の荒い口付けとは全く違う、優しく温かい口付け。
これでも両家の子女である。結婚前にこんなことを、という気持ちも頭を過るが勘太郎とこれ以上ないほど触れ合えるこの口付けは拒む気持ちすら浮かばない。むしろ愛しさが増すばかりであった。
「……お仕置き」
唇を僅かに離し呟く勘太郎。何かを喋るだけで唇が何度も触れ、沙雪はその度に頬が赤くなるのを感じた。
「これがお仕置き、ですか…?」
「うん。といいたいけれど…僕が沙雪にもっと触れたくて、お仕置きと言い訳しただけなんだけど」
未だ離れない唇が、話す度に何度も触れる感触に擽ったい感覚を覚え、そして勘太郎の正直な言葉に思わず沙雪は小さく笑う。
「なんて嬉しいお仕置きなんでしょう?」
そんな沙雪からまた少し離れ、勘太郎は今度はきつく抱きしめる。そんな勘太郎の広い背に腕を回し抱き着けば、頭の上から勘太郎の声がした。
「次は本当にお仕置きしちゃおうかな。反対に、きちんと言えたらご褒美だ」
〝ご褒美〟の言葉に沙雪はピクリと反応する。リボンや宝石箱や外国のお菓子など、昔から勘太郎のご褒美は沙雪にとって嬉しいものばかりなのである。そんな期待を込めて見上げてくる沙雪に、勘太郎は微笑み頷く。
「言ってみて?」
優しく頭を撫でられ、それに促されるように沙雪は頷き口を開いた。
「勘太郎…さん」
「沙雪…すごく嬉しい。よく出来ました」
沙雪に呼ばれ嬉しそうに笑みを深くすれば、再度顎を掬い口付けた。
沙雪が目を閉じその唇を受け入れれば、ゆっくりと探るように勘太郎の舌が割り入ってくる。
「……んっ」
一度驚きはしたものの、そんな勘太郎も受け入れ沙雪は勘太郎の首に腕を回し密着した。
伯爵家の娘という肩書を今だけは忘れ、一人の女として勘太郎の愛を受け止めたかったのかもしれない。
少しばかり大胆な沙雪に少々驚くも、彼女に後頭部に手を添えさらに深く口づける。
おずおずと応える沙雪の舌から名残惜しそうに唇を離せば、上気した頬で瞳を潤ませ自らを見上げてくる愛しき少女。
「勘太郎、さん…」
「ねぇ、沙雪。僕と、結婚してくれる?」
上気が収まらない沙雪の頬に触れ小さく首を傾げる。沙雪は一度きょとんとするも、勘太郎の言葉をゆっくり消化すれば、更に頬を真っ赤に染めて勘太郎を見上げ、自らの手で口元を覆った。
「私が…勘太郎さんと…?」
呟きながら勘太郎を見つめる。
沙雪は十六歳。もう少しで女学校も卒業である。そろそろ周りも結婚の話が出始め、花嫁修業に出ると学校を途中で退学して行くものも少なくはない。
沙雪も年頃の乙女。勘太郎の申し出は嬉しいものに違いない。
けれど、沙雪は勘太郎の申し出に即答することができなかった。
この薔薇園は幼い頃から薔薇が好きであった沙雪のために造られたもので、今では沙雪が自ら手入れをしている。
丁寧に育てられた薔薇たちは白薔薇が多く、月明かりに照らされ神々しいまでに美しかった。
「沙雪」
「はい、勘太郎さま…んにゃっ!」
呼び掛けに答えるなり額を指でつつかれ、沙雪は鳴き声のような声を上げてからハッとした表情で勘太郎を見上げた。先程から、沙雪特訓中である。
「ちーがーう。呼び捨て、もしくはさん付けでしょ?」
晴れて思いを通じあわせた二人。ならばとこれまでに少しばかり変化をもたらそうと勘太郎が発案したのが、名前の呼び方なのである。
だが、勘太郎が呼び捨てを希望してはみたものの、沙雪は照れくさいのか一向に呼んでくれない。そこで出た妥協案がさん付けなのだが。
「昔からの癖なんです…」
と、何度も間違えてしまうのである。間違いに気づいた時のその表情もなんとも愛らしくて仕方が無いと思ってしまう勘太郎だが、その愛らしい声で早く変化を感じたいのもまた事実である。
「もー、次、様だったらお仕置きだからね?」
「そんな、勘太郎様…あっ」
お約束かの如く間違え、思わず口をふさぐ沙雪。
その目は少々怯えているようにも見えるが、先ほどのような恐怖はない。
勘太郎への信頼が見て取れ、勘太郎は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「期待を裏切らないなぁ…全く。はい、お仕置きー。目、閉じて?」
にこにこと微笑み、沙雪を見る勘太郎に、恐る恐るといった様子で言われたとおりに目を閉じる。
何が起きるのか少々怯えながらも大人しくしていれば顎を掬われ、そっと口づけられた。
怜の荒い口付けとは全く違う、優しく温かい口付け。
これでも両家の子女である。結婚前にこんなことを、という気持ちも頭を過るが勘太郎とこれ以上ないほど触れ合えるこの口付けは拒む気持ちすら浮かばない。むしろ愛しさが増すばかりであった。
「……お仕置き」
唇を僅かに離し呟く勘太郎。何かを喋るだけで唇が何度も触れ、沙雪はその度に頬が赤くなるのを感じた。
「これがお仕置き、ですか…?」
「うん。といいたいけれど…僕が沙雪にもっと触れたくて、お仕置きと言い訳しただけなんだけど」
未だ離れない唇が、話す度に何度も触れる感触に擽ったい感覚を覚え、そして勘太郎の正直な言葉に思わず沙雪は小さく笑う。
「なんて嬉しいお仕置きなんでしょう?」
そんな沙雪からまた少し離れ、勘太郎は今度はきつく抱きしめる。そんな勘太郎の広い背に腕を回し抱き着けば、頭の上から勘太郎の声がした。
「次は本当にお仕置きしちゃおうかな。反対に、きちんと言えたらご褒美だ」
〝ご褒美〟の言葉に沙雪はピクリと反応する。リボンや宝石箱や外国のお菓子など、昔から勘太郎のご褒美は沙雪にとって嬉しいものばかりなのである。そんな期待を込めて見上げてくる沙雪に、勘太郎は微笑み頷く。
「言ってみて?」
優しく頭を撫でられ、それに促されるように沙雪は頷き口を開いた。
「勘太郎…さん」
「沙雪…すごく嬉しい。よく出来ました」
沙雪に呼ばれ嬉しそうに笑みを深くすれば、再度顎を掬い口付けた。
沙雪が目を閉じその唇を受け入れれば、ゆっくりと探るように勘太郎の舌が割り入ってくる。
「……んっ」
一度驚きはしたものの、そんな勘太郎も受け入れ沙雪は勘太郎の首に腕を回し密着した。
伯爵家の娘という肩書を今だけは忘れ、一人の女として勘太郎の愛を受け止めたかったのかもしれない。
少しばかり大胆な沙雪に少々驚くも、彼女に後頭部に手を添えさらに深く口づける。
おずおずと応える沙雪の舌から名残惜しそうに唇を離せば、上気した頬で瞳を潤ませ自らを見上げてくる愛しき少女。
「勘太郎、さん…」
「ねぇ、沙雪。僕と、結婚してくれる?」
上気が収まらない沙雪の頬に触れ小さく首を傾げる。沙雪は一度きょとんとするも、勘太郎の言葉をゆっくり消化すれば、更に頬を真っ赤に染めて勘太郎を見上げ、自らの手で口元を覆った。
「私が…勘太郎さんと…?」
呟きながら勘太郎を見つめる。
沙雪は十六歳。もう少しで女学校も卒業である。そろそろ周りも結婚の話が出始め、花嫁修業に出ると学校を途中で退学して行くものも少なくはない。
沙雪も年頃の乙女。勘太郎の申し出は嬉しいものに違いない。
けれど、沙雪は勘太郎の申し出に即答することができなかった。
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