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十三

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それからまた少し落ち着きを取り戻した沙雪は手早く着物を整え、高山の元へ向かっていた。
勘太郎はしっかりと沙雪の手を繋ぎ、時折目が合えば安心させるように微笑んだ。その笑顔に、沙雪も安心したように穏やかな笑みを返す。

「高山さん」

階下の高山の部屋をノックし、程なくして高山が顔をのぞかせた。
この時間ではすべての仕事を終えているはずの高山は、それなのに仕事着であるメイド服のままであった。

「沙雪様、どうかなさいましたか?おや、一ノ宮様…」
「夜分にも関わらず、先程はありがとうございました。どうしても沙雪に会いたくって」
「いえ、勘太郎様は何も悪くありません。私を心配なさってくれて…」

庇い合うふたりに苦笑し、高山はある程度事情を飲み込んだのか頷いた。

「お二人共、落ち着きなさいまし。現在、使用できる客室が離れしかございません。そちらでも宜しいですか?」
「…、勿論。充分ありがたいです」

高山の読みの鋭さに一瞬驚くも、笑みを浮かべ頷く勘太郎に、高山も頷く。

「では、ご案内致します。お嬢様は…」
「…私、は…」

正直、部屋には戻りたくなかった。
鍵はかけられる。怜もさすがにもう部屋から出て行っているであろうが、彼の自室は隣の部屋だ。
隣とはいえ怜がいると思うと、自室とはいえひとりですごしたくなかった。それにあのベッドに寝転んだ瞬間、きっと先程のことを思い出してしまうに違いない。それは今の沙雪には何よりも恐ろしいことである。
何より、今ここにある勘太郎の温もりから離れたくなかった。

「……沙雪様も、参りましょうか」
「え…?」
「以前から、お嬢様の部屋の窓枠のガタつきが気になっていたのです。沙雪様に万が一があってはなりませんので、いい機会と思って修理が終わるまでの間、離れにご滞在ください。ついでに、家具の模様替えも致します。明日の園遊会でお泊りになられるご友人方は本館の客間で休んでいただきますし、明日もお嬢様の寝る場所は問題ないでしょう」

沙雪の逡巡を読み取ったのか、高山は頷く。窓枠の修理や模様替えなど高山の思い付きかもしれないが、彼女の心遣いが嬉しかった。

「ありがとう、高山さん」
「いえ…それではご案内致します」

微笑み頷く高山が歩き出し、勘太郎と沙雪も続く。
西園寺家は先祖代々広大な土地を所有している。真が幼少のころは純和風の屋敷だったところを、会社を継いだのを機会に西洋式の大きな屋敷に建て替え、広大な洋風の庭園を造園しても、未だ全所有地の三分の二は手付かずの森である。
そして離れはそんな庭と森を隔てるように建てられていた。元は屋敷の建て替えの際に仮の家として住んでいたものだが、屋敷と同じ洋風建築で建てられており、パーティーに用いるのに便利なホールも造りつけられ、室数も多く使い勝手が良いようだ。
明日の園遊会には遠方からの招待客も多くいる為、この離れがゲストルームとなるようだ。

「一ノ宮様のお部屋はこちら。お嬢様は隣のお部屋をお使いください。明朝、お支度の時間より少し前に参りますので、それまではごゆっくりお過ごしください。沙雪様、夜着はいかがなさいますか?」
「ありがとう、高山さん。袴の下に単を着ているので、このままでいいです」
「畏まりました。恐れ入ります、沙雪様。それでは、おやすみなさいませ」

一礼し、去っていく高山を見送り、沙雪と勘太郎は顔を見合せた。
まだ二人とも眠くなる時間ではない。いつもなら日記を書いたり、手紙を書いたり、時には電話をしている時間である。

「…少し、外歩こうか」
「はい、勘太郎様」

首を傾げて問う勘太郎に、沙雪もにこりと微笑み頷く。
そして二人はまた手を繋ぎ、一度入った離れから出て庭へと足を踏み出した。
遠くから二人を見つめる視線には、気付かぬままに…。
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