白き薔薇の下で永遠の純心を君に

綾峰由宇

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そんな沙雪の視線に勘太郎は人のいい、にっこりとした笑みを浮かべ頷いた。

「君は人の気持ちを直ぐに察するから、もう気づいているものだと思っていたけど…恋愛方面には疎いのかな?」
「そんな…勘太郎…様」

口元を小さな手で押えながら呟く沙雪の元へと席を立って近づき、白い頬を赤らめながら己を見つめる愛しい少女の傍らに膝を着く。
まるで物語で呼んだ異国の王子かのような所作で手をそっと握られた瞬間、沙雪もまた気づいた。
気づいたばかりのその気持ちを表すかの如く、頬を更に赤く染める。
勘太郎が沙雪に向ける気持ちと、沙雪が勘太郎に向ける気持ちは同じ。勘太郎がそう気付くに十分な反応であった。

「やっと気付いてくれた?沙ゆ……っ」

微笑みながら目の前の愛しい少女に呼びかけようとするが、その言葉は最後まで紡がれなかった。
沙雪の手が、突如何者かに奪われたのである。
何事かと勘太郎が咄嗟に視線をあげるのと、沙雪が抗議の声色を上げたのはほぼ同時であった。

「お兄様っ!」
「沙雪、こんな公衆の面前で何処の馬の骨ともわからん男に手を握られるなど、はしたないと思わないのか?」

沙雪の手を掴み、不機嫌を隠そうともしない声色と表情で彼女を嗜めているのは、沙雪が呼んだ通りの彼女の兄、西園寺怜であった。

「ちょっと怜さん、そんな言い方はないんじゃないかい?」
「勘太郎様」

勘太郎が立ち上がり怜に抗議しようとすれば、沙雪がそっと名を呼びそれを止めた。
沙雪に視線を向ければ、勘太郎にしか分からない程度に小さく首を振り、次いで怜を見上げてから彼に頭を下げ一礼した。

「申し訳ありませんでした、怜兄様。全て私の不注意です。以後気を付けます」

謝罪の言葉を述べきってから怜を見上げれば、先程の不機嫌さ等微塵も感じさせず、やはり沙雪とよく似た、人を惹きつける美しい笑みを浮かべている。
これで機嫌はひとまず治った…。
そう安堵し息を吐けば、沙雪は勘太郎に体ごと向いた。

「勘太郎様、明日のご予定はいかがですか?」
「沙雪と会えるためなら、他のどんな約束を破ってでも行くよ」

沙雪の問いに微笑み答える勘太郎に沙雪もまた愛くるしい笑みを返し小さく頷いた。

「では…、詳しいことは後ほどお電話で」

怜に聞かれたくない事でもあるのだろう、少しばかり小声になりながら沙雪は微笑み勘太郎を見上げた。

「わかった。電話の前で張ってる」
「もう、勘太郎様ったら…」
「行くぞ、沙雪」

沙雪がくすくすと笑いながら勘太郎に触れようとすれば、その腕を怜が掴み引っ張る。沙雪が見上げれば、今度は冷たく、不機嫌そうながら無理やり笑みを浮かべていた。
外では外での世間体というものがある。西園寺家の次期当主である怜が常に仏頂面をしている訳には行かぬのであろうが、沙雪には痛いほどに怜の怒りが伝わってきた。

「あ、はい…。では勘太郎様、また」
「うん、電話でね」

小さく微笑み合い、沙雪は怜に引っ張られてホテルを出ていく。時折躓きそうになる沙雪に届かぬというのに、支えようと勘太郎の腕は動いてしまう。それほどまでに、勘太郎は沙雪が愛しくて仕方がない。
だが、そんな沙雪を慮る余裕すらないのか、怜は彼女に振り向きもせずその場を離れていった。
そんな二人を見送りながら、勘太郎は小さくため息をついた。

「全く…怜さんの沙雪への溺愛っぷりは参っちゃうなぁ…」

これまでにも、何度も何度も沙雪とのいわゆるデートを繰り返しては来たものの、最終的にはどこで行方を掴んだのやら、怜の迎えが来てしまい、告白という目的を達成できずにいた。
今日だって、思いは伝わったであろうものの、肝心の「愛している」という旨の言葉は伝えられずじまいである。
本当に、怜の沙雪への思いは一般的な兄妹愛を遥かに超えているように感じる。

「……いや、まさか、ね」

そこまで思いを廻らせれば、勘太郎は馬鹿馬鹿しいとばかりに自嘲し、飲みかけのコーヒーを一気に飲み干す。
冷めて酸味が強まったコーヒーは、勘太郎の胸元をキツく締め上げるのであった。
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