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トイレと包丁

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 朝、何かを焼く音がして目が覚める。
 これは最近の日常になっていた。
 ルリが料理をしているのだ。

 さっきまで隣に居たのか暖かな温もりと、寝る前に散々言いつけていた俺の股間はわがままで今日も今日とてそびえたつ。

 ルビィちゃんが居る手前、料理が出来ても俺にくっついて来ることはないだろう。
 そのルビィちゃんは料理をしているルリの後ろ姿を眺めたり自分の足元を見たりを繰り返していた。

 何やってんだ?

「おはよう。よく寝れたか?」

 前屈みになりながらルビィちゃんの元へ行き、よく寝れたか訊ねる。
 すると、口をあわあわと動かして何かを訴えていた。

「……きなさいよ」
「どうした?」
「トイレに連れていきなさいよ! もう我慢の限界……」

 声を押し殺しながらもルリに聞こえたら恥ずかしいのかお股を抑えて俺に再三訴えかける。

 どうやらトイレに行きたかったが、ルリは料理してて声を掛けづらいし、俺は眠っていたので見向きもされていなかったようだ。
 きっと昨日から痛みと尿意を我慢していたのだろうな。
 そう思うとちょっと面白い。
 だが本人は面白くないようで。

「は、早くしなさいよっ!」
「はいはい」

 ルビィちゃんと向かい合うように抱っこをしてトイレへ運んでいく。
 その際にルリは俺たちに気付き、不思議そうに首を傾げて料理をしながら眺められる。
 目的地に辿り着き……と言っても家の中にあるのだが、怪我をしているルビィちゃんにとっては歩くのが過酷で誰かを頼らなければ辿り着けなかった。

 とりあえずルビィちゃんをトイレに座らせ、俺はその場を立ち去ろうとしたが、服の裾を掴まれる。

「下ろして」
「え? もうルビィちゃんのこと降ろしてるけど?」

 寝ぼけているのだろうか?

「ズ・ボ・ン! 痛くて自分じゃ下ろせない」

 下ろす違いだったようだ。

「わ、分かった……み、見ないように努力するから」

 ズボンを下ろす場所を記憶し、俺は背を向けながら下ろしていく。
 上手くいったようでズボンは地面まで下ろすことに成功する。
 もう用は済んだで立ち去ろうとするが、再び裾を掴まれてしまう。
 反射でルビィちゃんの顔を見そうになるが、グッと堪える。

「ま、待って! 上げられないからここに居て。耳は塞いでて!」

 だそうだ。

 言われた通り耳は手で塞ぎ、終わるのを待つ……なんとも初めての感覚だ。

 しばらくすると、クイッと裾を引っ張られる。
 どうやら用を出せたようだ。

「んで、どうすればいい?」
「手を下に下ろして」

 言われた通りに手を下ろすと、その手をルビィちゃんが握り俺の手はズボンを握るようにしてくれる。

 なるほど、そのまま上げれば良いんだな。
 下げるのは簡単に出来たので上げるのも楽勝だろう。

 そう高を括っていた。

「ば、バカ! そこは……ひゃん!?」

 何処に触れたのか分からないが、俺は左腕を抑えられ、ルビィちゃんはそれを剥がそうとするが変な声を上げ、片足で立ち上がろうとしたが体制を崩す。

「うわぁ──!?」

 そうして俺たちはトイレから追い出されるような形となり、リビングに戻される。
 ワンルームにトイレとお風呂は別々に配備されてはいるが、これをリビングと呼んでもいいのだろうか。

 俺の上に下半身を露出させたルビィちゃんが乗っかっている形。
 もちろん見ないように努力はしている。
 だがズボンは上げるのを失敗して、トイレに残されていた。
 短パンくらい短いズボンだからか上げづらかったのだろう。

「つ、ツバサ、お兄ちゃん?」

 包丁と包丁を持ったルリが、ニコニコと笑顔で微笑み何やら後ろはゴゴゴゴと、今にでも火山が噴火する寸前でゆっくり、またゆっくりと近付いてくる。
 要するに何故かルリは怒っていたのだ。

「ま、待ってくれ!? は、話せば分かる!」

 右手を前にかざし、無実を主張する。
 あんなもので刺されたらいくら軟膏があると言えど一溜りもない。

「そ、そうよ! コイツを殺りなさい!」

 ルビィちゃんは上半身を少しだけ起こして、俺に指差し半べそをかいて今にでも殺して欲しそうにしていた。
 まさに恩を仇で返すタイプなのである。

「は、はぁ……ご飯にしましょうか。る、ルビィちゃん、私が履かせます」

 ☆

 ルビィちゃんが俺を殺せと命令したからか、ルリは興が冷めてくれ俺はまだ生きていた。
 生の喜びに感謝をしながら三人でご飯を頂きながら今朝のことを説明している。

「そ、そうだったんですね。早とちりしてしまい、す、すみません」

 包丁から箸に切り替わったルリは大人しく、至って冷静に話を聞き俺に謝る。

「ううん、分かればいいんだ分かれば……」

 普通の人は目の前に包丁を両手に装備した人を見たことがあるのだろうか。
 ちょっとしたホラーだ。うっかり転んでしまったりしたものなら俺の腹にグサリ……なんてこともあったかもしれない。

 今後はもう少し考えて行動をしないといけないな、と思いつつルビィちゃんの世話はルリが見てくれるようだ。
 たぶん嫌だと思うが、俺にやらせるよりかはいいのだろう。

「それより今日はどうする?」
「そ、そうですねぇ……に、人数も増えましたしベッドでも作ろうかなと」
「手伝おうか?」

 ベッドを作ると大掛かりになるし、一人で出来るか少し不安だ。

「だ、大丈夫です。つ、ツバサお兄ちゃんは好きなことをしていてください」

 だがルリは怪力の持ち主。
 俺が手伝うよりは一人で作った方が楽なのだろう。

「そうか? 手伝って欲しかったら声を掛けてくれよ」
「は、はい。ありがとう、ごさいます」
「ルビィちゃんはどうする? てか足は昨日よりどうだ?」
「ちゃんは要らない。足も昨日よりは良くなった。あ、ありがとう……」

 最後は声を小さくして俺にお礼を言っていた。
 ちゃんとお礼が言える子でオジサン嬉しい……。
 目から感動と言う名の汗が出てきたので、前腕で目元を隠す。

「な、なんで泣いているんですか?」
「嬉し涙だ、やい!」
「は、はぁ……?」

 ルリに心配そうに訊ねられたので小粋に返すと、呆れられたと言うか訳の分からないような反応をされてしまった。
 まぁ別にそこまで泣いている訳でもないしな。
 ルビィは相変わらずバカを見るような目をしてるし。

「じゃあ俺はもう一度高台まで行ってみようかな」
「あ、アンタあそこまで行ったの!? 私みたいになるわよ」

 テーブルをバンっと強く肘で叩き、俺が高台に行ったことを驚き、自分みたいになると諭される。

「アンタじゃなくて、ツバサな。ルビィが居ると思って上がってみたけど俺も木の棒が無きゃ──」

 アンタ呼ばわりされるのがあまり好きではなかったし、やっと俺の名前を名乗ることが出来たのでキメ顔で言っていると、無くなっているのに今気付いた。
 いつもテーブルか壁に立て掛けてある木の棒が見当たらないのだ。

「どうしたのよ」
「木の棒がない!? 何処で落とした!? 高台に登った時はあったよなぁ!?」

 昨日の記憶を遡る。
 砂浜に行った時も高台に登った時も確かに木の棒を手にしていた。
 まさか落ちかけた時に木の棒を落っことしてしまったのだろうか。

「はぁ……バカね。私の家に置いてきたじゃないの」
「あ、そうか」

 呆れた溜め息をひとつ零し、木の棒を何処へ置いてきたのか教えてくれる。

 ルビィを運ぶ時に邪魔だから置いてきたんだった。
 改めて自分のアホさを身に染みて実感した。

「取りに行ってから高台に行くかぁ。ルビィは家から持ってきて欲しいものとかあったりするか?」
「手帳……」

 自分の物で特に持ってきて欲しい物はないようで、俺の手帳を所望している。
 あの洞穴の中に私物らしい私物は見つからなかったしな。

「それも忘れてたな。そんな訳で夜になって帰ってこなかったら俺も転んだと思っててくれ」
「わ、分かりました。で、でも気を付けてくださいね?」

 冗談で言ってみたのだが、ルリは一度ゆっくりと頷き俺を心配していた。
 この時の俺はまさか、あんな目に遭うとは思ってもみなかった。
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