上 下
4 / 18

しおりを挟む

「さてと、これだけあれば大丈夫だろう」

 薬草を少しだけ頂戴して、生えやすいように余計な雑草も根こそぎ引っこ抜いた。
 ルリも手伝いたいと言ってくれたのだが、どれが雑草でどれが薬草なのか分かっていなかったので好意だけは受け取った。
 なので暇を持て余したルリは俺の頑張りをニコニコしながら近くで見ているだけ。

 俺が立ち上がり、額にかいた汗を拭っているとルリが駆け寄ってくる。

「お、お疲れ様です。お兄ちゃん」
「お兄ちゃん!?」
「ぴぇい!? だ、ダメでしたか?」

 ルリは右手を軽く握り、胸に当てると俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
 そんな呼ばれ方をするとは思わなかったので俺は声を荒らげて驚いてしまい、その呼び方では怒られると思ったのか、ルリは瞳をうるうるとさせ上目遣いで訊ねられる。

「ううん。すごくいい……まるで高原に吹き抜ける爽やかな風のようだ」
「そ、そうですか。少し早いですけど、お、お昼ご飯にしませんか?」

 俺の意味不明な返しにハテナを沢山浮かべながらご飯にしようと提案してきた。
 そこまで大きくない島でも行ったり来たりして、更には草むしりもしたからかご飯と言われると腹が減ってきた。

「いつも済まないな」
「そ、それは言わない約束ですよ。お兄ちゃん」

 セリフはまるで寝たきりのお父さんを諭すようにする娘のようだった。
 と言ってもルリは嬉しそうにしているし、お父さんではなく、お兄ちゃんと言っているのだが。

 ◆

 ルリの美味しいご飯を食べ終え、俺は一人でまた俺が漂着していた砂浜へと再び舞い戻ることにした。
 何やらルリは他にすることがあるそうで、俺についてくることはなかった。
 でもその方がルリのためでもある。
 目的の砂浜に辿り着くと、早速横になっているルビィちゃんであろう人物が目に入った。

「居た……まだ寝てるのか?」

 向きは反対側に寝転がっているが、呼吸をしていて小さく腹が動いているだけ。
 あんなに大事そうに抱えていた手帳は、今や寝ている隣に背を向けるようにして置かれている。
 茶色く古びた手帳は俺が見つけたリュックの中に入っていたもので間違いない。

 起こさないように取り返せば大丈夫だろう。

 俺は恐る恐るルビィちゃんとやらの領域に侵入し、彼女の近くまでやってきた。
 余程眠たいのか俺が近寄っても目覚める気配はない。

 手帳に手をつけようとした瞬間──

「な、なんだ!?」

 手帳には触ることが出来ず、俺は何故か宙に浮いていた。
 いきなり浮遊出来る能力に目覚めてしまった、なんてことはない。
 理由はシンプルで俺は両手両足、四箇所別々に引っ張られ大の字に無理やりなるよう上手いこと近くの木々を使って罠が張られていたのだ。

「掛かったわね!」

 狸寝入りをしていたのか、バサッと飛び上がり、俺に向かって人差し指を突きつけていた。
 陽の光に反射して輝く赤い髪と初めて目を開けた姿を見たので綺麗なモスグリーンの瞳がとても印象的だ。
 服は黄色のネグリジェにもパジャマにもルームウェアにも見える短めの物を着ている。

 どうやら俺はまんまと彼女の手のひらの上で踊らされていたようだ……。

「ルビィちゃん……なんだよな?」
「えぇ、そうよ。私がルビィだけど──あんたルリの匂いがするわね」
 
 静止したムササビのように上空に浮かんでいる俺を怪訝そうな目で見つめ、ゆっくりと近付き鼻をクンクンと動かすと、ルリの匂いがすると言い出し警戒を強めていた。

「あのー……どうして俺は捕らえられているのでしょうか?」

 下手に出る。
 ヘタに上から目線だとルビィちゃんを怒らせかねない。
 ルリ曰く、ライオンのような人らしいので、もしカンカンに怒らせでもしたら俺はすぐにでもあの世行きだ。

「コレよ。こんなもの見たことないわ」

 手帳を手に取り、左右にヒラヒラと動かしてみせる。
 
「見たことないって?」

 手帳を見たことがないのだろうか。

「ここに書いてあるのは何! 私にはサッパリ分からないんだけど!」

 おもむろに手帳を開き、そのページを俺の顔面に持ってくる。
 だが俺も分からない。近過ぎるのだ。

「もう少し離して見せてくれないか?」
「ほら、コレよ!」

 手帳との距離は離れ、見やすくなったのだが代わりにルビィちゃんの声が大きくなる。
 少し耳は痛いが、そんなことより手帳の中身を初めて確認することが出来た。
 中に書かれていたのは数式やパーセンテージ、それから何かの材料の絵。
 それらを釜に入れてかき混ぜている。

「んー……」
「どうなのよ、早く言いなさいよ!」

 何となく見たことがあるような気もするし、見たことがないかもしれない。
 ルビィちゃんは少々せっかちのようで唸る俺を怒鳴りながら急かしてくる。

「ごめんな。再現出来そうな気はするんだけど、なにぶん記憶喪失で……」
「そう、使えないわね」

 書いてあることが理解出来ないと分かると「ふんっ」なんて言いながらそっぽを向き、腕組みをしてバッサリと切り捨てられる。

「用はそれだけ? だったら降ろして欲しいんだけど、あと手帳も返してくれ」
「嫌よ。欲しかったら力づくで奪ってみなさい。じゃあね」

 再び手帳をヒラヒラと左右に振ると、宙ぶらりんになった俺を助けることはなく、そのまま手帳を持って何処かへ消え去ってしまう。

 今は照りつける太陽にジリジリと焼かれ、ザバーっと言う波の音だけが定期的に聞こえていた。
 身動きが取れないのを除くと、昨日の再放送だ。

「どうしよう……でも名前は分かったな」

 去り際に手帳をヒラヒラさせていたお陰で手帳の名前欄がハッキリと見えた。
 俺の名前は「ツバサ」と言うらしい。
 今まさにツバサが生え、飛んでいる気分なのは偶然か、はたまた必然なのか、それとも何かの嫌がらせか。
 どちらにせよこの状況はどうにかしたい。
 ルリには事前にここに来ることを伝えてはあるのだが、こんな状態を見られるのは凄く恥ずかしい。

 でも運命のイタズラか、後ろから足音がドンドンと近付いてくる。

「──お、お兄ちゃん!?」

 後ろから声がしてルリが駆け寄ってくる。
 振り向くと手には斧が握られていた。

「よ、よぉ。そんな装備で何してるんだ?」
「ま、薪を採りに来てました。お、お兄ちゃんこそ何をしてるんです?」

 まぁ疑問に思うよな。
 でも良かった。それで俺を一振り、なんてことはなさそうで。
 俺もルビィちゃんの罠にハマったことと、手帳はルビィちゃんが持ち去ってしまったこと、それと去り際に手帳に書いてあった名前を見ることが出来、俺の名前が分かったことを伝えた。

 宙ぶらりんになりながね!

「そう、でしたか。ひ、酷いことはされませんでした?」
「まぁ、この状態が酷くないって言うならされてないんじゃないかな」
「ご、ごめんなさい!? 今切りますね」

 酷いことをさらていないか、と心配してくれるのは嬉しいのだが、そろそろ手首が紫色に変色し始めていたので何とかして欲しかった。
 それに気付き、慌てながらもジャンプをして斧を使い木と俺を繋いでいる紐を切ってくれる。

「ありがとう、助かったよ。ルリが来てくれなかったらどうなってたことやら」
「ぶ、無事でよかったです。はい、これ。そ、そろそろ水分補給をしないと、た、倒れてしまいますよ」

 どうやらまた倒れるのを心配して水を届けにきてくれたようだった。

「サンキューな」
「えへへ」

 ありがとうばかりではありがとうを聞き過ぎてありがとうの価値がなくなりそうだったので、バリバリ日本語に聞こえる英語でお礼を言い、頭を撫でる。
 俺の撫でる手はまだ紫色から回復しておらず、手の感触もあまりないのだが、撫でられたルリは嬉しそうだし、良しとした。

 そうして俺たちは手を繋いで家へと戻る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

役立たず王子のおいしい経営術~幸せレシピでもふもふ国家再建します!!~

延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。 ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。 人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。 「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」 温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。 しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。 「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」 これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。 旧タイトル 「役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~」

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...