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朝とみかんとルビィちゃん
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──次の日の朝。
俺はジュウジュウと何かを炒めるような音と、鼻腔をくすぐる香ばしい香りがして目が覚める。
「そうか……俺は」
ぼんやりと意識が覚醒し始め、身体の節々が少し痛む。
砂浜で倒れていて、記憶が無いことに気付き、色々あってからルリの家に泊まらせてもらってたんだ。
完全に意識が覚醒したと同時に、あるものも完全に起き上がっていた。
ルリがくれた服は伸縮性バツグン、伸び伸びとしたシルエットがよく見える。
このまま俺が起き上がってしまうと大変なことになるのは明白だ。
昨日は裸を見られてしまったが、そういうのとは訳が違うのだ。
もう少しだけ横になっていよう。
二度寝をする訳ではないが、収まるまで目を瞑り鎮まるのを待つ。
でも俺の作戦は難航し始める。
「よいしょ、っと。あ、暖かいです」
料理を終えたルリが、再びベッドの中に潜り込み、俺の胸に自分の顔を当てグリグリとしているのだ。
きっとルリは俺がまだ寝ていると思っているから甘えているのだろう。
残念だが色々と起きている。
ここで目を開けてしまえば、ルリは恥ずかしい思いをしてしまうかもしれない。
そうなると気まずい。
わざと寝返りするか?
それだと俺がルリのことを嫌がっていると思われて悲しませるかもしれない。
ルリの気が済むまで待とう……。
色々考えた結果、俺は無の心になることを決め、頭の中は真っ黒な暗闇をイメージする。
だが、そんなイメージも直ぐに崩されることになる。
「ぴぇい? な、何やら硬いものがありますね」
ルリは抱き着くと俺の下腹部に不信感を抱き、握って確認すると不思議そうにしていた。
このままでは実に不味い。
俺は多少の痛みは覚悟の上、勢いよく回転させルリの抱擁を解き、ベッドから転がり落ちる。
目標はテーブルの近くにある木の棒。
こんなんで誤魔化せるか分からないけど。
何度も何度も目標に向かい転がり続ける。
「痛った!?」
落下した痛みとテーブルにぶつかった痛みを我慢し、テーブルに立て掛けていた木の棒を透かさず後ろに隠し、立ち上がる。
まだ治まりきれていないので前屈みだ。
「ぴ、ぴぇい? だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……木の棒を抱えたまま寝てたみたいだ」
ルリが俺のことを心配して駆け寄ってくる。
その行為自体は嬉しいのだが、今はあまり近くに寄って欲しくはなかった。
「き、木の棒ならずっとテーブルにありませんでしたか?」
「木の棒を抱えたまま寝てたみたいだ」
大事なことなので二度言い放つ。
「ぴぇ、で、でも──」
「そんなことより良い匂いがするな」
納得がいかない様子で、ルリももう一度言いたげだったが俺はテーブルを見てわざとらしく鼻を啜った。
「い、一緒に食べようと思って。つ、作ったんです」
「本当か!? 昨日のスープも美味しかったから楽しみだ」
無理やり話題を変えることに成功し、俺たちは朝食にする。
目玉焼きにサラダ、それから……ソーセージ。
さっきのことを思い出してしまい、苦笑いが出る。
「そ、ソーセージ嫌いです?」
不安そうに見つめるルリは今にも泣き出しそうになっていた。
「いいや、大好きだ」
この言い方もなんか変な気がする。
心の中で首を左右に振り雑念を払う。
このままでは泣かれてしまいかねないので意を決してソーセージを口に運ぶ。
「美味い……これもルリが作ったのか?」
「は、はい。昔おばあちゃんが作り方を教えてくれたんですよ」
ニッコリとした笑顔で答える。
ルリのおばあさんは何でも出来て凄い人だったんだな。
「へぇ。それで作れちゃうルリも凄いな」
「わ、私はまだまだ、です。い、いつかはグルグル巻の大きなソーセージを作るのが私の夢なんです」
自分の夢を語るルリの姿は、とても美しく眩しいものに俺は見えた。
「出来るといいな」
俺は単純にルリのことを応援したくなった。
それと同時にルリの夢を手伝いたくもなった。
「はいっ!」
応援されて嬉しそうにしていた。
「あっ。と、所で手帳を探しに行くんですよね?」
思い出したかのように訊ねてきた。
実際、ルリに言われるまで忘れてたしな。
「そうだけど、何かあったか?」
「わ、私もご一緒しても構わないでしょうか?」
「もちろん。ルリが居た方が心強いしな」
「あ、ありがとう、ご、ございます」
下を俯き顔を赤くしていた。
二人しか居なかった島なので誰かに頼られたことがないからか、恥ずかしそうにしている。
それがまた可愛く思えてしまった。
いかんいかん、毎朝あれだったら俺の精神がもたない。
今日中に野宿出来そうな場所を見つけないとな。
「ルリも何かあったら遠慮なく言って欲しい」
「そ、それならず、ずっと一緒に暮らしてくれませんか?」
「それって所謂……プロポ──」
「ぴ、ぴぇい!? ち、違います。そ、そういう意味で言った訳ではないです?」
自分の言った意味に指摘されてから気付き、目をぐるぐる回し、手をバタバタと左右に振り、何故か最後は疑問形だ。
それだけでとてもパニックになっているのは見て分かる。
「い、一緒に居ると安心するんです。ず。ずっと一人でしたから?」
「だと思ったよ。からかってごめんな? ルリが一緒に暮らして欲しいって言うなら俺は大歓迎だ……ただ──」
今朝の問題もある。
「ただ?」
「どうやら俺は寝相が悪いらしい。今日みたいにベッドから落ちるかもしれない。だから俺は床で寝させてもらうよ」
我ながら完璧な誤魔化し方だと思う。
「わ、分かりました。わ、私も床で一緒に寝ます」
ちっがーーーう!
「ベッドがあるのに使われないのはベッドも可哀想だろ。ルリはベッドを使ってくれ」
「そ、それだと……何だか申し訳なくなってしまいます」
「俺は居候なんだから、そこら辺は気にしないでくれ」
「で、でも……」
自分だけベッドを使うのが申し訳ないらしく、気にしないでくれと言っても少々困惑しているようだった。
まぁそこは寝る時にでも考えればいいだろう。
「それより食べたらすぐに向かおう。せめて名前くらい分からないと不便なんだよな」
「わ、分かりました」
ルリの美味しい朝ご飯を堪能して俺たちは外に出る。
天気も良く、朝だと言うのに外に出るとジリジリとした暑さが俺たちを襲う。
どうして中は涼しいのか、なんて思いログハウスを見ると大きな気が重なって家に過度な直射日光が入らないように工夫がされていた。
「す、水分を摂らないと、き、昨日みたいに熱中症になってしまいますよ?」
「あぁ、ありがとう」
竹で出来た水筒を手渡してくれる。
首にぶら下げられるようになっているので手が塞がる心配もない。
ルリは本当によく出来た子だな。
そうして俺たちは我が物顔に生え渡る草木を抜けて砂浜へとやってきた。
目印は無くとも焚き火をしていた反対方向だったのでそれを伝えるとルリが後ろでナビゲートしてくれたのだ。
「んー……」
「あ、ありましたか?」
辺りを見渡すも、俺の探している手帳は何処にも見当たらなかった。
もしかしたら、波に攫われたかと思って少しだけ海に入ってみるもそれらしき物体は見当たらない。
「……ない」
鳥や動物にでも持ち帰られてしまったのだろうか。
膝から崩れ落ちるほどの落胆をする。
そんな俺の状態を見て、ルリは声を掛けたいけれど、どう声を掛けたら良いか分からずにあわあわしている。
そんなことは露知らず、落胆すると同時に地面には昨日は見掛けなかった紫色の粒が落ちていた。
指で摘むとブヨブヨとして柑橘系のいい香りがする。
「何だこれ?」
「み、みかんの実です」
やっと声を掛けるキッカケを見つけたルリは俺の元に駆け寄ってしゃがみ込むと、俺が持っている物体をまじまじと見つめ答えてくれる。
「みかんの実? みかんってもっと大きくて楕円形じゃなかったっけ。色もオレンジな気もするし」
「ぴぇい? み、みかんの実はみかんの実、ですよ?」
首を傾げて、俺が何を言っているのか通じないようだった。
ルリがこれをみかんの実だと言うのならこれがみかんの実なのだろう。
「食べれるんだよな?」
「は、はい。甘くて酸っぱくて美味しいですよ。で、でも──」
食べられるかどうか確認すると、ルリは首を縦に振って肯定してくれたのだが、何か言いたげな様子だ。
「でも?」
「い、一度に沢山食べるとお腹を壊します。き、気を付けてください」
確か俺の知っているみかんも食べ過ぎるとお腹を下すはずだ。
何にでも限度というものがある、今はひとつしか食べる気はないけど今後のためにちゃんと覚えておかないとな。
「分かった。それじゃあひとつだけ」
「あ、洗いますね」
ルリは俺の持っていたみかんの実を取り上げ、自分の手をお皿のようにしてそこに水を入れみかんの実を洗ってくれる。
「は、はい。どうぞ、く、口を開けてください」
これは俗に言う「あーん」と言う行為なのではなかろうか。
男が女の人にやってもらいたいことベストIIIに入るあーんと言うやつだ。
膝枕と同じくらい人気なのだ。
「あーん」
俺は早くして欲しくて堪らず口を開ける。
するとルリはそこにゆっくりと入れてくれる。
噛み締めると洗いきれていなかったのか多少ジャリっと音がして砂の味がしたがそれもまたスパイス。
噛めば噛むほど甘酸っぱい恋のような味が口いっぱいに広がった。
「どう、ですか?」
「青春だ……」
「せ、青春?」
ついそんなことを口にしてしまい、ルリは困惑気味だった。
無理もない。味の感想を聞いているのに青春なんて答えられたら誰だって困るだろう。
「気にしないでくれ。これって日持ちとかするのかな?」
「は、はい。涼しい場所で保存をすれば、いっ、一週間ほどは」
「なら集めて帰ろうか」
咳払いをひとつし、誤魔化しながらこのみかんの実とやらについて訊ねると一週間ほどは保存が聞くらしい。
ならば集めておいて損は無い。
「て、手帳は良いんですか?」
「見当たらないしな。名前くらい分かれば良かったんだけど、好きなように呼んでくれ」
「は、はぁ……」
本来の目的であった手帳のとのを訊ねられたが、見渡してもそれらしき物は見つからない。
見つからないのならば悔やんでも仕方ないし、名前はルリが気に入った呼び名で呼んでくれてもいい。
俺としては"ノブナガ"なんて如何にも強くてカッコイイ名前なので自分でそう名乗ろうか考えながら、みかんの実を採取していく。
砂浜に半円を描くように並べられたみかんの実。
どうしてこんな風に並べられているのか、これって実は海の物だったりするんだろうか?
なんて歩きながら砂浜に落ちたみかんの実を採取していると、ルリが俺の服の裾を掴み、引き止められた。
「どうした?」
「そ、そっちはルビィちゃんの、りょ、領域です……」
裾からはプルプルという震えが伝わってくる。
みかんの実も沢山取れたし、ルリを不安がらせるのもよくない。
「なら帰ろう──」
「ど、どうしました?」
帰ろうと踵を返そうとした瞬間、俺の目にはとんでもない物が映ってしまった。
遠くで女の子が葉っぱを布団のように使い、眠っている。
きっとあれがルリの言うルビィちゃんと言う人なのだろう。
輝く赤髪のツインテール……如何にも宝石のルビィを彷彿とさせる。
だが問題はそこではない。
彼女は大事そうに俺の手帳を抱きしめて寝ているのだ。
ルリが居る手前、このままルビィちゃんの領域へ踏み入るのは止めておいた方がいいだろう。
それにルリはルビィちゃんがあそこに居るのに気が付いてないようだしな。
「ううん、戻るか。薬草も探さないとだし」
「は、はい!」
戻ると分かると裾から伝わる震えはなくなった。
ルリにとってルビィちゃんとやらはそれだけ恐怖の対象なのだ。
一旦帰ったらまた一人でここに来よう。
そんなことを考えながら薬草を探し、見つかることはなく、ルリの家に帰ってきた。
「あ、あった……」
「ぴぇい?」
灯台もと暗し、とでも言うのだろうか。
薬草はルリの家のすぐ側……と言うかログハウスに隣接する形で生えていたのだ。
後ろの部分だから気付かなかったんだけど、無駄な労力を消費してしまった。
だが島の何処に何が生えて何が採れるかが分かっただけでも良しとしよう。
何事も前向きに考えないとな!
俺はジュウジュウと何かを炒めるような音と、鼻腔をくすぐる香ばしい香りがして目が覚める。
「そうか……俺は」
ぼんやりと意識が覚醒し始め、身体の節々が少し痛む。
砂浜で倒れていて、記憶が無いことに気付き、色々あってからルリの家に泊まらせてもらってたんだ。
完全に意識が覚醒したと同時に、あるものも完全に起き上がっていた。
ルリがくれた服は伸縮性バツグン、伸び伸びとしたシルエットがよく見える。
このまま俺が起き上がってしまうと大変なことになるのは明白だ。
昨日は裸を見られてしまったが、そういうのとは訳が違うのだ。
もう少しだけ横になっていよう。
二度寝をする訳ではないが、収まるまで目を瞑り鎮まるのを待つ。
でも俺の作戦は難航し始める。
「よいしょ、っと。あ、暖かいです」
料理を終えたルリが、再びベッドの中に潜り込み、俺の胸に自分の顔を当てグリグリとしているのだ。
きっとルリは俺がまだ寝ていると思っているから甘えているのだろう。
残念だが色々と起きている。
ここで目を開けてしまえば、ルリは恥ずかしい思いをしてしまうかもしれない。
そうなると気まずい。
わざと寝返りするか?
それだと俺がルリのことを嫌がっていると思われて悲しませるかもしれない。
ルリの気が済むまで待とう……。
色々考えた結果、俺は無の心になることを決め、頭の中は真っ黒な暗闇をイメージする。
だが、そんなイメージも直ぐに崩されることになる。
「ぴぇい? な、何やら硬いものがありますね」
ルリは抱き着くと俺の下腹部に不信感を抱き、握って確認すると不思議そうにしていた。
このままでは実に不味い。
俺は多少の痛みは覚悟の上、勢いよく回転させルリの抱擁を解き、ベッドから転がり落ちる。
目標はテーブルの近くにある木の棒。
こんなんで誤魔化せるか分からないけど。
何度も何度も目標に向かい転がり続ける。
「痛った!?」
落下した痛みとテーブルにぶつかった痛みを我慢し、テーブルに立て掛けていた木の棒を透かさず後ろに隠し、立ち上がる。
まだ治まりきれていないので前屈みだ。
「ぴ、ぴぇい? だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……木の棒を抱えたまま寝てたみたいだ」
ルリが俺のことを心配して駆け寄ってくる。
その行為自体は嬉しいのだが、今はあまり近くに寄って欲しくはなかった。
「き、木の棒ならずっとテーブルにありませんでしたか?」
「木の棒を抱えたまま寝てたみたいだ」
大事なことなので二度言い放つ。
「ぴぇ、で、でも──」
「そんなことより良い匂いがするな」
納得がいかない様子で、ルリももう一度言いたげだったが俺はテーブルを見てわざとらしく鼻を啜った。
「い、一緒に食べようと思って。つ、作ったんです」
「本当か!? 昨日のスープも美味しかったから楽しみだ」
無理やり話題を変えることに成功し、俺たちは朝食にする。
目玉焼きにサラダ、それから……ソーセージ。
さっきのことを思い出してしまい、苦笑いが出る。
「そ、ソーセージ嫌いです?」
不安そうに見つめるルリは今にも泣き出しそうになっていた。
「いいや、大好きだ」
この言い方もなんか変な気がする。
心の中で首を左右に振り雑念を払う。
このままでは泣かれてしまいかねないので意を決してソーセージを口に運ぶ。
「美味い……これもルリが作ったのか?」
「は、はい。昔おばあちゃんが作り方を教えてくれたんですよ」
ニッコリとした笑顔で答える。
ルリのおばあさんは何でも出来て凄い人だったんだな。
「へぇ。それで作れちゃうルリも凄いな」
「わ、私はまだまだ、です。い、いつかはグルグル巻の大きなソーセージを作るのが私の夢なんです」
自分の夢を語るルリの姿は、とても美しく眩しいものに俺は見えた。
「出来るといいな」
俺は単純にルリのことを応援したくなった。
それと同時にルリの夢を手伝いたくもなった。
「はいっ!」
応援されて嬉しそうにしていた。
「あっ。と、所で手帳を探しに行くんですよね?」
思い出したかのように訊ねてきた。
実際、ルリに言われるまで忘れてたしな。
「そうだけど、何かあったか?」
「わ、私もご一緒しても構わないでしょうか?」
「もちろん。ルリが居た方が心強いしな」
「あ、ありがとう、ご、ございます」
下を俯き顔を赤くしていた。
二人しか居なかった島なので誰かに頼られたことがないからか、恥ずかしそうにしている。
それがまた可愛く思えてしまった。
いかんいかん、毎朝あれだったら俺の精神がもたない。
今日中に野宿出来そうな場所を見つけないとな。
「ルリも何かあったら遠慮なく言って欲しい」
「そ、それならず、ずっと一緒に暮らしてくれませんか?」
「それって所謂……プロポ──」
「ぴ、ぴぇい!? ち、違います。そ、そういう意味で言った訳ではないです?」
自分の言った意味に指摘されてから気付き、目をぐるぐる回し、手をバタバタと左右に振り、何故か最後は疑問形だ。
それだけでとてもパニックになっているのは見て分かる。
「い、一緒に居ると安心するんです。ず。ずっと一人でしたから?」
「だと思ったよ。からかってごめんな? ルリが一緒に暮らして欲しいって言うなら俺は大歓迎だ……ただ──」
今朝の問題もある。
「ただ?」
「どうやら俺は寝相が悪いらしい。今日みたいにベッドから落ちるかもしれない。だから俺は床で寝させてもらうよ」
我ながら完璧な誤魔化し方だと思う。
「わ、分かりました。わ、私も床で一緒に寝ます」
ちっがーーーう!
「ベッドがあるのに使われないのはベッドも可哀想だろ。ルリはベッドを使ってくれ」
「そ、それだと……何だか申し訳なくなってしまいます」
「俺は居候なんだから、そこら辺は気にしないでくれ」
「で、でも……」
自分だけベッドを使うのが申し訳ないらしく、気にしないでくれと言っても少々困惑しているようだった。
まぁそこは寝る時にでも考えればいいだろう。
「それより食べたらすぐに向かおう。せめて名前くらい分からないと不便なんだよな」
「わ、分かりました」
ルリの美味しい朝ご飯を堪能して俺たちは外に出る。
天気も良く、朝だと言うのに外に出るとジリジリとした暑さが俺たちを襲う。
どうして中は涼しいのか、なんて思いログハウスを見ると大きな気が重なって家に過度な直射日光が入らないように工夫がされていた。
「す、水分を摂らないと、き、昨日みたいに熱中症になってしまいますよ?」
「あぁ、ありがとう」
竹で出来た水筒を手渡してくれる。
首にぶら下げられるようになっているので手が塞がる心配もない。
ルリは本当によく出来た子だな。
そうして俺たちは我が物顔に生え渡る草木を抜けて砂浜へとやってきた。
目印は無くとも焚き火をしていた反対方向だったのでそれを伝えるとルリが後ろでナビゲートしてくれたのだ。
「んー……」
「あ、ありましたか?」
辺りを見渡すも、俺の探している手帳は何処にも見当たらなかった。
もしかしたら、波に攫われたかと思って少しだけ海に入ってみるもそれらしき物体は見当たらない。
「……ない」
鳥や動物にでも持ち帰られてしまったのだろうか。
膝から崩れ落ちるほどの落胆をする。
そんな俺の状態を見て、ルリは声を掛けたいけれど、どう声を掛けたら良いか分からずにあわあわしている。
そんなことは露知らず、落胆すると同時に地面には昨日は見掛けなかった紫色の粒が落ちていた。
指で摘むとブヨブヨとして柑橘系のいい香りがする。
「何だこれ?」
「み、みかんの実です」
やっと声を掛けるキッカケを見つけたルリは俺の元に駆け寄ってしゃがみ込むと、俺が持っている物体をまじまじと見つめ答えてくれる。
「みかんの実? みかんってもっと大きくて楕円形じゃなかったっけ。色もオレンジな気もするし」
「ぴぇい? み、みかんの実はみかんの実、ですよ?」
首を傾げて、俺が何を言っているのか通じないようだった。
ルリがこれをみかんの実だと言うのならこれがみかんの実なのだろう。
「食べれるんだよな?」
「は、はい。甘くて酸っぱくて美味しいですよ。で、でも──」
食べられるかどうか確認すると、ルリは首を縦に振って肯定してくれたのだが、何か言いたげな様子だ。
「でも?」
「い、一度に沢山食べるとお腹を壊します。き、気を付けてください」
確か俺の知っているみかんも食べ過ぎるとお腹を下すはずだ。
何にでも限度というものがある、今はひとつしか食べる気はないけど今後のためにちゃんと覚えておかないとな。
「分かった。それじゃあひとつだけ」
「あ、洗いますね」
ルリは俺の持っていたみかんの実を取り上げ、自分の手をお皿のようにしてそこに水を入れみかんの実を洗ってくれる。
「は、はい。どうぞ、く、口を開けてください」
これは俗に言う「あーん」と言う行為なのではなかろうか。
男が女の人にやってもらいたいことベストIIIに入るあーんと言うやつだ。
膝枕と同じくらい人気なのだ。
「あーん」
俺は早くして欲しくて堪らず口を開ける。
するとルリはそこにゆっくりと入れてくれる。
噛み締めると洗いきれていなかったのか多少ジャリっと音がして砂の味がしたがそれもまたスパイス。
噛めば噛むほど甘酸っぱい恋のような味が口いっぱいに広がった。
「どう、ですか?」
「青春だ……」
「せ、青春?」
ついそんなことを口にしてしまい、ルリは困惑気味だった。
無理もない。味の感想を聞いているのに青春なんて答えられたら誰だって困るだろう。
「気にしないでくれ。これって日持ちとかするのかな?」
「は、はい。涼しい場所で保存をすれば、いっ、一週間ほどは」
「なら集めて帰ろうか」
咳払いをひとつし、誤魔化しながらこのみかんの実とやらについて訊ねると一週間ほどは保存が聞くらしい。
ならば集めておいて損は無い。
「て、手帳は良いんですか?」
「見当たらないしな。名前くらい分かれば良かったんだけど、好きなように呼んでくれ」
「は、はぁ……」
本来の目的であった手帳のとのを訊ねられたが、見渡してもそれらしき物は見つからない。
見つからないのならば悔やんでも仕方ないし、名前はルリが気に入った呼び名で呼んでくれてもいい。
俺としては"ノブナガ"なんて如何にも強くてカッコイイ名前なので自分でそう名乗ろうか考えながら、みかんの実を採取していく。
砂浜に半円を描くように並べられたみかんの実。
どうしてこんな風に並べられているのか、これって実は海の物だったりするんだろうか?
なんて歩きながら砂浜に落ちたみかんの実を採取していると、ルリが俺の服の裾を掴み、引き止められた。
「どうした?」
「そ、そっちはルビィちゃんの、りょ、領域です……」
裾からはプルプルという震えが伝わってくる。
みかんの実も沢山取れたし、ルリを不安がらせるのもよくない。
「なら帰ろう──」
「ど、どうしました?」
帰ろうと踵を返そうとした瞬間、俺の目にはとんでもない物が映ってしまった。
遠くで女の子が葉っぱを布団のように使い、眠っている。
きっとあれがルリの言うルビィちゃんと言う人なのだろう。
輝く赤髪のツインテール……如何にも宝石のルビィを彷彿とさせる。
だが問題はそこではない。
彼女は大事そうに俺の手帳を抱きしめて寝ているのだ。
ルリが居る手前、このままルビィちゃんの領域へ踏み入るのは止めておいた方がいいだろう。
それにルリはルビィちゃんがあそこに居るのに気が付いてないようだしな。
「ううん、戻るか。薬草も探さないとだし」
「は、はい!」
戻ると分かると裾から伝わる震えはなくなった。
ルリにとってルビィちゃんとやらはそれだけ恐怖の対象なのだ。
一旦帰ったらまた一人でここに来よう。
そんなことを考えながら薬草を探し、見つかることはなく、ルリの家に帰ってきた。
「あ、あった……」
「ぴぇい?」
灯台もと暗し、とでも言うのだろうか。
薬草はルリの家のすぐ側……と言うかログハウスに隣接する形で生えていたのだ。
後ろの部分だから気付かなかったんだけど、無駄な労力を消費してしまった。
だが島の何処に何が生えて何が採れるかが分かっただけでも良しとしよう。
何事も前向きに考えないとな!
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