上 下
192 / 206
番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し

第41話 最終章 死地のその先7ーージャラールはといえば

しおりを挟む
(前注 ホラーサーンはアムダリヤ川南岸の肥沃な地を指し、広大である。その4大都城は、バルフ、ヘラート、ニーシャプール、メルブである)

 ここで少しジャラールの動きを見てみる。

 これより先、スルターンがカスピ海の孤島にて亡くなるのは、秋を過ぎ、冬を迎えた頃である。そのスルターンの死をみとり、ウルゲンチに至ったものの、ジャラールは拒絶される。この時まだモンゴル軍はウルゲンチへ至っておらぬものの、そこへ向けて進軍中であった。ここまでは本編の方で述べた。



 カンクリ勢を自らの旗下に引き入れること及びウルゲンチを拠点とすることの2つをあきらめたジャラールは次にホラーサーン地方に拠ることを考えたようである。

 一帯は既にモンゴルに降伏しておったとはいえ、それはあくまでスルターン・ムハンマドの追討を至上命令とするジェベらのモンゴル軍がその途上にある都城や城市をついでに服従させたに過ぎず、実質は素通りしたに過ぎなかったこと。すなわち、留まるモンゴル軍はわずかであった。

 ニーシャープールやメルヴがセルジューク朝の首都であったことからも明らかな通り、特に豊かな地であり、何より人が多い。ウルゲンチが駄目ならば、ホラーサーンを拠点にとジャラールが考えても不思議はない。

 ただし地形による防衛力は決して高くはなく、それにもかかわらずここに拠らんとしたということは、モンゴル勢に対抗しうる大勢力を己の下に集結できるとジャラールが考えておったことを示しておる。

 そしてこれはジャラールが父に示し続けた献策――『軍勢を集結して一大決戦に持ち込む』というものと合致しており、この者の考えは一貫しておるといえよう。その大義名分としてはイスラーム世界を守るためで十分なはずであり、そしてその盟主は新スルターンたる己であるはずであった。

 ジャラールはナサー経由でニーシャープールを目指すべくウルゲンチを発ったと伝えられる。それゆえその経路は南に広がるカラクム砂漠を抜けてファラーワの砦へと至る隊商路をとったことは疑い得ない。(これは、九世紀ホラーサーンを支配したターヒル朝の三代アブド・アッラーにより北辺を守るために建設されたと伝えられる砦である)つまり、アルプ・エル・カンがウルゲンチへ向かったルートを逆に逃げたのである。

 ウルゲンチを発し、何とかブジルの追撃をかわしたジャラールは決して恵まれた状況ではなかった。その率いる手勢は三百にも満たない。スルタンの位を継承したといっても、まさにそれは名ばかりのものであったのである。

 更には無理な強行軍が祟って、騎馬の疲弊が色濃く、足を痛める馬が続出した。ゆえに先述のナサー近郊(先の砦から隊商なら四日の旅程のところ)に至る頃には、新たな馬群を手に入れる必要に迫られた。

 そのためにジャラールは自らの気性に最も合った方法を選んだ。わずかな手勢を以て、この地に駐屯しておったモンゴル部隊に奇襲を仕掛け、ほぼ壊滅に追いやり、軍馬・武器・糧食を奪うを得た。この後、途上にて逆にモンゴル軍の襲撃を受けたが、からくも逃げ切った。武勇ゆえと考えて良かろう。この者の場合、明らかに猪突猛進型のそれであったとはいえ。

 何故ならば後に続く二人、前皇太子たるウーズラーグ・シャーと王子アク・シャーは、同じ部隊からの襲撃を受け、逃げのびることができなかったからである。史家ジュワイニーは捕虜となって二日後に殺されたとし、ナサウィーは戦死したと伝える。恐らくナサウィーが正しい。捕らえられ先代スルターンの息子達と判明したならば、ほぼ間違いなくチンギスの下に連行されたであろうから。
 
 ジャラールはニーシャープール近郊に留まり、都城内へはまず斥候を発し、情報を収集した。ここを拠点とすることを考えてのことであった。しかし斥候により、チンギスの息子トゥルイがアムダリヤ川を渡河、西へ進軍中との報がもたらされたならば、あきらめざるを得なかった。

 次にヘラートに拠るべきか否かの議論となり、

「頼りとすべきアミーン・アル・ムルクは既に逃走したと聞きます。また、迫っておるモンゴル軍はニーシャープールを陥落させたならば、ヘラートに至るでしょう。ここは避けましょう。」

 との臣下の進言を入れて、ジャラールは更に南に向かった。時に西暦1221年2月10日頃のことであった。

 それほど進む間もなく、ジャラール達はモンゴル軍が追って来ておることに気付いた。1人の武将にしんがりを委ね、更には迫るモンゴル軍を逃走経路とは異なる街道へ導くよう策を授けた。その上で、ズーザンにて待つと伝えて別れた。

 荒涼たる地を長駆逃げて、ジャラールは合流予定地のズーザンに辿り着くを得た。史家ジュワイニーは愛馬が足を痛めるのもかまわずに四十パラサング(二百キロ以上)もの距離を駆け通したと伝える。弟2人の末路を想えば疑う必要はあるまい。とりあえずではあれ、そのおかげでモンゴル軍をまくを得たのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚された俺は余分な子でした

KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。 サブタイトル 〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ナナムの血

りゅ・りくらむ
歴史・時代
8世紀中頃のボェの国(チベット) 御家争いを恐れ、田舎の館に引きこもっていたナナム・ゲルツェン・ラナンは、ある日突然訪ねて来た異母兄ティ・スムジェによってナナム家の家長に祭り上げられる。 都に上り尚論(高官)となったラナンは、25歳になるまで屋敷の外に出たこともなかったため、まともに人と接することが出来なかった。 甥である王(ツェンポ)ティソン・デツェンや兄マシャンの親友ルコンに助けられ、次第に成長し、東方元帥、そして大相(筆頭尚論)となるまでのナナム・ゲルツェン・ラナン(シャン・ゲルツェン:尚結賛)の半生を書きました。 参考文献はWebに掲載しています。

池田恒興

竹井ゴールド
歴史・時代
 織田信長の乳兄弟の池田恒興の生涯の名場面だけを描く。  独断と偏見と創作、年齢不詳は都合良く解釈がかなりあります。  温かい眼で見守って下さい。  不定期掲載です。

内政チート講座(´・ω・`)漫画つき~

パルメさん(´・ω・`)
歴史・時代
(´・ω・`)漫画村のきつねっこに、投稿していた内政ネタ記事と、その漫画。 (´●ω●`)この記事を読んだおかげで、貧乏な村が大帝国になりました! by 内政オリ主A (´†ω†`)ゴブリンの大物量相手でも、一方的に倒せるようになりました!銃最高です! by 軍事指導者B (´✖ω✖`)どんどん産業を作って、平民どもが金持ちになった!なぜだ! by 暴君Cさん (´;ω;`)騙されちゃ駄目よ!内政チートは基礎がないと出来ないの! by 常識人D

勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?

シトラス=ライス
ファンタジー
 漆黒の勇者ノワールは、突然やってきた国の皇子ブランシュに力の証である聖剣を奪われ、追放を宣言される。 かなり不真面目なメンバーたちも、真面目なノワールが気に入らず、彼の追放に加担していたらしい。 結果ノワールは勇者にも関わらずパーティーを追い出されてしまう。 途方に暮れてたノワールは、放浪の最中にたまたまヨトンヘイム冒険者ギルドの受付嬢の「リゼ」を救出する。 すると彼女から……「とっても強いそこのあなた! 助っ人冒険者になりませんか!?」  特にやることも見つからなかったノワールは、名前を「ノルン」と変え、その誘いを受け、公僕の戦士である「助っ人冒険者」となった。  さすがは元勇者というべきか。 助っ人にも関わらず主役級の大活躍をしたり、久々に食事やお酒を楽しんだり、新人の冒険者の面倒を見たりなどなど…………あれ? 勇者だったころよりも、充実してないか?  一方その頃、勇者になりかわったブランシュは能力の代償と、その強大な力に振り回されているのだった…… *本作は以前連載をしておりました「勇者がパーティーをクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?」のリブート作品になります。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

処理中です...