190 / 206
番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第39話 最終章 死地のその先5
しおりを挟む
チャガンが到着すると、敵勢の先頭近くにて一際激しく斬り込んで来ておる者がおった。豪快にその膂力にてモンゴル兵を圧倒しておった。あの者は。どこか見覚えがあった。アム・ダリヤ岸にての刹那の斬り合いが想い浮かぶ。
チャガンは名を知らぬが、アルプ・エル・カンであった。
自ら受けに向かう。この者は次代のシギ・クトクと期待されておる者だが、得手とするところが少し異なる。シギ・クトクが文武両道であるのに対し、武芸に長じておった。モンゴルなら当然、弓となろうが、西夏出身である。その国家はやはり遊牧民族たるタングート族が母体であるも、実質は漢族との混成国家である。自ずと武芸の方も、その影響が入り込む。チャガンの得手とするところは、その系譜の内にある剣術である。その物珍しさが、チンギスお気に入りの理由でもあった。
とはいえ、小柄なチャガンである。大段平を振り回す訳ではない。剣も小振りである。ただ、その優れた反射神経と身軽な体を活かして、相手のふところに入って、そのノド頸を果敢に狙う。
その2本の剣が合わさったとき、先の初手合わせとは異なり、馬上でないというのが、アルプに有利に働いた。大地がしっかりとその踏み込みを受け止めてくれる分、その剛力にて押す形となった。
しかし、アルプが圧倒したのは序盤のみ。その力をチャガンは受け止めるのではなく、受け流し始める。剣に微妙な角度をつけて、いなすのである。
人は自分の体を想い通りに動かせるものではないし、ましてや、その先にある剣となれば、なおさらである。また、人の視覚というのも、ありのままを見ているのではないし、動いているものに対してとなれば、一層不完全となる。
更には、この2者をうまく連動させる必要があった。無論、修練あってのものであるが、それを積みさえすれば誰にでもなしえるというものではない。天性のものに多くを依る。
小柄な体に加え、顔も小作りにして、うるわしき目鼻立ちであり、更には激しい動きのために上気した顔は、まさに薄化粧を施した如くに見える。更にチャガンは、アルプを幻惑する動きをする。
ゆえに、アルプは怒声を発することになる。
「踊り子の如くクルクルと回りおって。まともに斬り合え。それでも男か」
そもそも鬼に似ていると評されるその形相が、怒りのために、まさに、その化身の如くとなる。
他方、チャガンは笑みを浮かべる如くである。ただ、意識してではない。極度の集中のゆえ、戦うに際して不必要な緊張や力みというものが全く消失し、表情が緩むゆえに過ぎない。
「この野郎。ヘラヘラしおって」
怒り心頭に発したアルプは裂帛の気合いを、その怒号にのせ、剣撃を真上から食らわす。その全体重を乗せて。まるで兜ごと頭蓋を砕かんと。
もしチャガンが恐怖に呑まれておったならば、あるいはそうでなくともわずかにでも感じたならば、想わず後ろに下がり、2撃目を招くことになっておったろう。
しかしそれと無縁なチャガンにとって、ただ、それは力任せの大振りにしか過ぎず、横にひらりとそれてかわし、アルプにたたらを踏ませる。
そして自ずと前のめりになり、丁度、かたわらに首を差し出す格好となったところで、チャガンは兜と鎧の隙間へやはりひらりと剣を舞わせる。
血しぶきが吹き上がり、チャガンを濃い紅に染め上げる。未だ笑みを消さぬそその姿は、天のおくった血塗れの天女の如くに見え、残る奴隷軍人たちは急ぎきびすを返すこととなった。
後書きです。
アルプとチャガンの初手合わせは第3部第75話『サマルカンド戦8:アルプ・エル・カン』にあります。
また、アルプがウルゲンチに合流した経緯は、番外編第1話『アルプ・エル・カン』にあります。
チャガンは名を知らぬが、アルプ・エル・カンであった。
自ら受けに向かう。この者は次代のシギ・クトクと期待されておる者だが、得手とするところが少し異なる。シギ・クトクが文武両道であるのに対し、武芸に長じておった。モンゴルなら当然、弓となろうが、西夏出身である。その国家はやはり遊牧民族たるタングート族が母体であるも、実質は漢族との混成国家である。自ずと武芸の方も、その影響が入り込む。チャガンの得手とするところは、その系譜の内にある剣術である。その物珍しさが、チンギスお気に入りの理由でもあった。
とはいえ、小柄なチャガンである。大段平を振り回す訳ではない。剣も小振りである。ただ、その優れた反射神経と身軽な体を活かして、相手のふところに入って、そのノド頸を果敢に狙う。
その2本の剣が合わさったとき、先の初手合わせとは異なり、馬上でないというのが、アルプに有利に働いた。大地がしっかりとその踏み込みを受け止めてくれる分、その剛力にて押す形となった。
しかし、アルプが圧倒したのは序盤のみ。その力をチャガンは受け止めるのではなく、受け流し始める。剣に微妙な角度をつけて、いなすのである。
人は自分の体を想い通りに動かせるものではないし、ましてや、その先にある剣となれば、なおさらである。また、人の視覚というのも、ありのままを見ているのではないし、動いているものに対してとなれば、一層不完全となる。
更には、この2者をうまく連動させる必要があった。無論、修練あってのものであるが、それを積みさえすれば誰にでもなしえるというものではない。天性のものに多くを依る。
小柄な体に加え、顔も小作りにして、うるわしき目鼻立ちであり、更には激しい動きのために上気した顔は、まさに薄化粧を施した如くに見える。更にチャガンは、アルプを幻惑する動きをする。
ゆえに、アルプは怒声を発することになる。
「踊り子の如くクルクルと回りおって。まともに斬り合え。それでも男か」
そもそも鬼に似ていると評されるその形相が、怒りのために、まさに、その化身の如くとなる。
他方、チャガンは笑みを浮かべる如くである。ただ、意識してではない。極度の集中のゆえ、戦うに際して不必要な緊張や力みというものが全く消失し、表情が緩むゆえに過ぎない。
「この野郎。ヘラヘラしおって」
怒り心頭に発したアルプは裂帛の気合いを、その怒号にのせ、剣撃を真上から食らわす。その全体重を乗せて。まるで兜ごと頭蓋を砕かんと。
もしチャガンが恐怖に呑まれておったならば、あるいはそうでなくともわずかにでも感じたならば、想わず後ろに下がり、2撃目を招くことになっておったろう。
しかしそれと無縁なチャガンにとって、ただ、それは力任せの大振りにしか過ぎず、横にひらりとそれてかわし、アルプにたたらを踏ませる。
そして自ずと前のめりになり、丁度、かたわらに首を差し出す格好となったところで、チャガンは兜と鎧の隙間へやはりひらりと剣を舞わせる。
血しぶきが吹き上がり、チャガンを濃い紅に染め上げる。未だ笑みを消さぬそその姿は、天のおくった血塗れの天女の如くに見え、残る奴隷軍人たちは急ぎきびすを返すこととなった。
後書きです。
アルプとチャガンの初手合わせは第3部第75話『サマルカンド戦8:アルプ・エル・カン』にあります。
また、アルプがウルゲンチに合流した経緯は、番外編第1話『アルプ・エル・カン』にあります。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記
ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。
というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
浮雲の譜
神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。
峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる