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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第35話 最終章 死地のその先1
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人物紹介
ホラズム側
シャイフ・カン 北城本丸守備の指揮官。
オグル・ハージブ 堰破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられ、これを成功させた。
クトルグ・カン ウルゲンチの政府軍の実質的な総指揮官。
人物紹介終わり
その夕刻。
南城の内は全く静かであった。
そしてやはり泥濘。まさにあの作戦の成功のゆえであり、堰の破壊が徹底的であったのだろう。流れがすっかり変わってしまい、水が無くなることはなく、またあらゆる街路に泥濘が入り込んでおった。更には、晩春ということもあり、凍り付くこともない。
本丸を出て、ここに至る前に通った北城の内を想い出さざるを得なかった。本丸と南城をつなぐ地下道は泥に埋まり、地上を歩いてきたのだった。やはり、そこも泥濘にまみれており、死体がたくさんほったらかしにされておった。あるいは、せいぜい脇にどけられておるくらいであった。その様は戦慣れしたシャイフであれ、怖じ気を感じずにはおれなかった。
ようやくそれから解き放たれたのは、ここまで案内してくれたその者の配下に礼を言い、館へと入ったときのことであった。
オグルと再会したゆえであった。よもやということを考え、鎧兜に身を包む己とは異なり、平服の上下にチョパン――毛皮では暑すぎるゆえであろう――をまとっておった。
変わったものばかりではなかった。
変わらぬもの。それは、ひげ面の中に浮かぶ友人の懐かしさをたたえた表情であり、恐らく己も同じものをうかべておるに違いない。
「あのときは、隊商宿に呼ばれたのであったが、一宅を与えられたのだな」
その館は、クトルグ・カンの司令部兼居所の近くにあり、何かあれば、すぐに呼べるようにとの配慮のゆえであろう。側近たるシャイフ並みとまでは行かなくとも、それに準ずる扱いであるは確かであった。
「うむ。ようやく、我も少しは認められたらしい」
気恥ずかしげな表情を浮かべて、そう言う。
「当たり前のことよ。堰の破壊工作という大功を挙げ、次にはモンゴル軍の南城侵攻に際しても勇を示したと聞くぞ」
「うむ。大通りの一隊を委ねられた。多少なりとも撃退の一助にはなったと想う」
「我なら、迎撃部隊の指揮官を委ねておるところよ」
「それは言い過ぎだ」
そこで2人が浮かべておったものが、笑顔という明確なものに変わる。
堰破壊の作戦のあと、2人は満足に話してはおらなかった。オグルは工作隊を早くに南城に無事に送り届けねばならぬとして、本丸に立ち寄ることもなかった。きまじめすぎるオグルらしいといえば、オグルらしい。
直接にその功を成し遂げたさまを聞き、それを肴に酒をのみかわしたきものだとずっと想って来た。その喜びはどんな美酒をも上回る酔い心地を約束してくれておるゆえに。
ただ、こたびもまたそれはお預けにせねばならぬようだ。ここでシャイフは、それを口に出す。
「策があるのだ」と。
その後、やはりクトルグ・カンの下に赴いた2人は、その策を許され、また援軍を約束された。
アルプ・エル・カンという者が率いる1隊とのこと。意外なことに、マムルークの部隊という。
ホラズム側
シャイフ・カン 北城本丸守備の指揮官。
オグル・ハージブ 堰破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられ、これを成功させた。
クトルグ・カン ウルゲンチの政府軍の実質的な総指揮官。
人物紹介終わり
その夕刻。
南城の内は全く静かであった。
そしてやはり泥濘。まさにあの作戦の成功のゆえであり、堰の破壊が徹底的であったのだろう。流れがすっかり変わってしまい、水が無くなることはなく、またあらゆる街路に泥濘が入り込んでおった。更には、晩春ということもあり、凍り付くこともない。
本丸を出て、ここに至る前に通った北城の内を想い出さざるを得なかった。本丸と南城をつなぐ地下道は泥に埋まり、地上を歩いてきたのだった。やはり、そこも泥濘にまみれており、死体がたくさんほったらかしにされておった。あるいは、せいぜい脇にどけられておるくらいであった。その様は戦慣れしたシャイフであれ、怖じ気を感じずにはおれなかった。
ようやくそれから解き放たれたのは、ここまで案内してくれたその者の配下に礼を言い、館へと入ったときのことであった。
オグルと再会したゆえであった。よもやということを考え、鎧兜に身を包む己とは異なり、平服の上下にチョパン――毛皮では暑すぎるゆえであろう――をまとっておった。
変わったものばかりではなかった。
変わらぬもの。それは、ひげ面の中に浮かぶ友人の懐かしさをたたえた表情であり、恐らく己も同じものをうかべておるに違いない。
「あのときは、隊商宿に呼ばれたのであったが、一宅を与えられたのだな」
その館は、クトルグ・カンの司令部兼居所の近くにあり、何かあれば、すぐに呼べるようにとの配慮のゆえであろう。側近たるシャイフ並みとまでは行かなくとも、それに準ずる扱いであるは確かであった。
「うむ。ようやく、我も少しは認められたらしい」
気恥ずかしげな表情を浮かべて、そう言う。
「当たり前のことよ。堰の破壊工作という大功を挙げ、次にはモンゴル軍の南城侵攻に際しても勇を示したと聞くぞ」
「うむ。大通りの一隊を委ねられた。多少なりとも撃退の一助にはなったと想う」
「我なら、迎撃部隊の指揮官を委ねておるところよ」
「それは言い過ぎだ」
そこで2人が浮かべておったものが、笑顔という明確なものに変わる。
堰破壊の作戦のあと、2人は満足に話してはおらなかった。オグルは工作隊を早くに南城に無事に送り届けねばならぬとして、本丸に立ち寄ることもなかった。きまじめすぎるオグルらしいといえば、オグルらしい。
直接にその功を成し遂げたさまを聞き、それを肴に酒をのみかわしたきものだとずっと想って来た。その喜びはどんな美酒をも上回る酔い心地を約束してくれておるゆえに。
ただ、こたびもまたそれはお預けにせねばならぬようだ。ここでシャイフは、それを口に出す。
「策があるのだ」と。
その後、やはりクトルグ・カンの下に赴いた2人は、その策を許され、また援軍を約束された。
アルプ・エル・カンという者が率いる1隊とのこと。意外なことに、マムルークの部隊という。
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