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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第23話 3の矢――終話
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人物紹介
ホラズム側
オグル・ハージブ 堰破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられる。
トガン オトラルから逃げて来た武将。堰破壊作戦に志願して加わる。
人物紹介終わり
「おい。見てみろ。おい。早く。早く」
そう言いつつ、トガンは外套にくるまって寝ている男を無理矢理起こしかける。
「待ってください。ちょっと、痛い。痛いですって」
「はは。いいから、見てみろ。オグル様はやったんだ」
肩を貸してやり立たせると、
「本当だ。ああ、確かに川幅が」
とその者もまた喜びの声を発する。
「無駄では無かったんですね」
もう1人が――こちらは、自分の足で立っておった――まるでほっとした如くに言う。敵に追われる恐怖のときが過ぎ去っても、次は不安にさいなまれておったのだろう。
同じ曙光の中、トガンたちが目を向けるは、砂漠の先にあるウルゲンチ。そこへ注ぐ運河は光の帯の如くに見えた。果たして、堰を壊すを得て川幅が広がっておるのか、徐々に明るさの増す中、それを確かめようと、見つめておったのだ。
そして、何とか、逃げおおせたようだった。既に敵と遭遇してから1両日以上経っていることから、敵は追跡をあきらめたと見て、良い。
付き従うは2人のみ。ただ、馬1頭が転倒して足を痛めてしまっておった。幸いであったのは、それが敵をまいた後であったこと。
トガンの隊は敵に遭遇するや、十人隊ごとにバラバラに逃げ、また、逃げる途中ではぐれもした。無事逃げてくれておることを祈るしかない。
ウルゲンチに戻るか? 正直、迷うところであった。オグルの言葉が、気になっておった。トガンが出発する直前、1人でわざわざ側らに来て告げられたのだった。
「もし逃げ延びるを得たならば、ジャラール・ウッディーンの下に赴いてはどうか? あの方はモンゴルと戦うべく、軍を集められよう。そなたの力も必要とされるはず。
そして、ウルゲンチ戦は厳しきものとなろう。死地と呼ぶ他ないものに。我らはモンゴル軍をそこに引き入れんとしておるのだ。そなたら、若者が加わるべきか、疑問に想うところ」
更に付け加えて、
「我がジャラール・ウッディーンを逃がしたことは、カンクリ勢の内では、まことに評判が悪い。仮にそなたら若者が頼るべきよすがを保つ助けとなるならば、我のなしたことも、また、それほど悪くないとなろう」
オグルの厳しき顔は、そこまで告げて、ようやく和んだ。
(策が成り、モンゴルの騎馬は封じられた。しかし、それはカンクリにとっても同じこと。我は騎将として以外、何か役立ち得るのか?ならば、オグルの言う如く・・・・・・。
今回のことで、何か、分かった気もする。今までは自らの力にて、どうやれば黒トクに勝てるか? そればかりを考えておった。まさに、目を見開かされる想いであった。
ジャラールの下に赴けば、今回以上のことがなしうるかもしれぬ。それでこそ、ブーザールの仇も討てるし、ソクメズ様のご恩に応えることもできるのではないか?)
トガンは、その後の会話も無論憶えておった。
「オグル様は行かないのですか?」
「いや、我は工作隊を無事に都城に送り届けねばならぬ」
「ならば、わたくしも、また」
「必要ない。分からぬか? 我の言っておることが。見たくないのだ。人が死ぬのは。特に若者がな。そんな我が武将をしておるのも何とも皮肉な話ではあるが。戦無き世というものを見てみたきとは想うが。
そなたにも母御がおられよう」
「はい。オトラルに一緒に住んでおりましたが、今は戦禍を避けて、アムダリヤ川を渡り、ヘラートへと向かいました」
「そうか。あすこは、我らと同族のアミーン・アル・ムルクが治めておる。心配は要らぬな」
「はい。実はブハーラーに最初に逃げたのですが、あの都城も危ないというので、更に逃げたのです」
オグルの表情に変化が見られたので、何だろうと想ったが、そこでオグルがブハーラーの守将だったことを想い出した。ただ、それについては何も言われずに、
「生きておられるなら、何よりだ。我の母は、我が生まれたときに亡くなった。命を粗末にするなと言うのは、そのゆえもある。
かようなさだめを背負うは、我のみではないし、また、死なずとも、その危険を冒して母御というのは子を産むもの」
苦しみの声が、すぐかたわらから聞こえ、トガンの内での一昨夜の会話は途切れた。転倒の際に肩を打撲しており、ひどく痛むようだった。
「悪い。悪い」
そう言いながら、再び地面に横たわらせる。
この者を安全なところに送り届けて・・・・・・。トガン自身、それはもう1人に頼めば良いことは分かっておった。
ウルゲンチに戻ろうと想えば、戻れることも。実際のところは、昨日1日、怪我人1人を馬に乗せ、もう1頭には交互に乗る形で、更に遠ざかっておった。
ジャラール・ウッディーン。その名がすでにトガンの心の中では希望の光を帯びだしておった。
ホラズム側
オグル・ハージブ 堰破壊を試みる工作隊の護衛の指揮官に任じられる。
トガン オトラルから逃げて来た武将。堰破壊作戦に志願して加わる。
人物紹介終わり
「おい。見てみろ。おい。早く。早く」
そう言いつつ、トガンは外套にくるまって寝ている男を無理矢理起こしかける。
「待ってください。ちょっと、痛い。痛いですって」
「はは。いいから、見てみろ。オグル様はやったんだ」
肩を貸してやり立たせると、
「本当だ。ああ、確かに川幅が」
とその者もまた喜びの声を発する。
「無駄では無かったんですね」
もう1人が――こちらは、自分の足で立っておった――まるでほっとした如くに言う。敵に追われる恐怖のときが過ぎ去っても、次は不安にさいなまれておったのだろう。
同じ曙光の中、トガンたちが目を向けるは、砂漠の先にあるウルゲンチ。そこへ注ぐ運河は光の帯の如くに見えた。果たして、堰を壊すを得て川幅が広がっておるのか、徐々に明るさの増す中、それを確かめようと、見つめておったのだ。
そして、何とか、逃げおおせたようだった。既に敵と遭遇してから1両日以上経っていることから、敵は追跡をあきらめたと見て、良い。
付き従うは2人のみ。ただ、馬1頭が転倒して足を痛めてしまっておった。幸いであったのは、それが敵をまいた後であったこと。
トガンの隊は敵に遭遇するや、十人隊ごとにバラバラに逃げ、また、逃げる途中ではぐれもした。無事逃げてくれておることを祈るしかない。
ウルゲンチに戻るか? 正直、迷うところであった。オグルの言葉が、気になっておった。トガンが出発する直前、1人でわざわざ側らに来て告げられたのだった。
「もし逃げ延びるを得たならば、ジャラール・ウッディーンの下に赴いてはどうか? あの方はモンゴルと戦うべく、軍を集められよう。そなたの力も必要とされるはず。
そして、ウルゲンチ戦は厳しきものとなろう。死地と呼ぶ他ないものに。我らはモンゴル軍をそこに引き入れんとしておるのだ。そなたら、若者が加わるべきか、疑問に想うところ」
更に付け加えて、
「我がジャラール・ウッディーンを逃がしたことは、カンクリ勢の内では、まことに評判が悪い。仮にそなたら若者が頼るべきよすがを保つ助けとなるならば、我のなしたことも、また、それほど悪くないとなろう」
オグルの厳しき顔は、そこまで告げて、ようやく和んだ。
(策が成り、モンゴルの騎馬は封じられた。しかし、それはカンクリにとっても同じこと。我は騎将として以外、何か役立ち得るのか?ならば、オグルの言う如く・・・・・・。
今回のことで、何か、分かった気もする。今までは自らの力にて、どうやれば黒トクに勝てるか? そればかりを考えておった。まさに、目を見開かされる想いであった。
ジャラールの下に赴けば、今回以上のことがなしうるかもしれぬ。それでこそ、ブーザールの仇も討てるし、ソクメズ様のご恩に応えることもできるのではないか?)
トガンは、その後の会話も無論憶えておった。
「オグル様は行かないのですか?」
「いや、我は工作隊を無事に都城に送り届けねばならぬ」
「ならば、わたくしも、また」
「必要ない。分からぬか? 我の言っておることが。見たくないのだ。人が死ぬのは。特に若者がな。そんな我が武将をしておるのも何とも皮肉な話ではあるが。戦無き世というものを見てみたきとは想うが。
そなたにも母御がおられよう」
「はい。オトラルに一緒に住んでおりましたが、今は戦禍を避けて、アムダリヤ川を渡り、ヘラートへと向かいました」
「そうか。あすこは、我らと同族のアミーン・アル・ムルクが治めておる。心配は要らぬな」
「はい。実はブハーラーに最初に逃げたのですが、あの都城も危ないというので、更に逃げたのです」
オグルの表情に変化が見られたので、何だろうと想ったが、そこでオグルがブハーラーの守将だったことを想い出した。ただ、それについては何も言われずに、
「生きておられるなら、何よりだ。我の母は、我が生まれたときに亡くなった。命を粗末にするなと言うのは、そのゆえもある。
かようなさだめを背負うは、我のみではないし、また、死なずとも、その危険を冒して母御というのは子を産むもの」
苦しみの声が、すぐかたわらから聞こえ、トガンの内での一昨夜の会話は途切れた。転倒の際に肩を打撲しており、ひどく痛むようだった。
「悪い。悪い」
そう言いながら、再び地面に横たわらせる。
この者を安全なところに送り届けて・・・・・・。トガン自身、それはもう1人に頼めば良いことは分かっておった。
ウルゲンチに戻ろうと想えば、戻れることも。実際のところは、昨日1日、怪我人1人を馬に乗せ、もう1頭には交互に乗る形で、更に遠ざかっておった。
ジャラール・ウッディーン。その名がすでにトガンの心の中では希望の光を帯びだしておった。
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