(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

文字の大きさ
上 下
172 / 206
番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し

第21話 モンゴル軍の動き7

しおりを挟む
  人物紹介
 モンゴル側
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。万人隊長。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

トルン・チェルビ:チンギスの側近。千人隊長。コンゴタン氏族。

カダアン:千人隊長。スニト氏族。

 トルンもカダアンも、ウルゲンチ攻めでは、ボオルチュに配下として授けられておる。王子に授けられた将(たとえば、クナン)をのぞいて、万人・千人隊長は平時はチンギスに直属している。

  人物紹介終了



 翌夜のこと。
 突然けたたましき立て続けの馬群のいななきが夜天にこだました。それに驚き、起き出すはめになったのは北城内に留まっておったモンゴル部隊であり、それを率いるトルン・チェルビも例外ではなかった。

 先の軍議でのことに悶々とし、寝付けぬ夜が多かった。やはり、この夜も同様であり、ようやく寝つけたかどうかという頃であった。

 すわ敵襲かと急ぎ軍装に身を包むと階下に降りた。そこには既に人だかりがしており、何事だと問うと、水があふれて来ておりますとのことであった。

 人をかきわけ中庭に出てみると、靴先が水につかった。近くで大雨でも降っておるのかと夜空を見上げても、建物に限られ真上の空しか見えぬ。水に足を取られつつ、建物の外に出て再び見上げるが、空にあるは満天の星である。自軍のかがり火に照らされて、馬群も見えるが見渡すことはできぬ。

 トルンは建物内に戻り、今度は窓から射し込む月明かりを頼りに屋上に上がる。

 この地には油壺を用いるあかりがあり、便利なものとは想うが、油に限りがある以上、これを用いるは必要最小限に留めておった。獣の脂も使えるとのことであったが、それは兵の食べ物として取っておかねばならぬ。

 屋上にては監視の隊のだんのためもあり、盛大にかがり火を焚いており、その明るさのために、トルンは一瞬目がくらんだ。油と異なり、木材は付近の住宅を壊せば、いくらでも手に入った。

「敵は攻めて来ておらぬのだな」

 夜警を委ねた百人隊長に問いつつ、東の方をうかがう。

 炎の残像が消えて行くにつれ、敵のたくかがり火が点々と見えて来るが、本丸の輪郭はいつもの如く暗闇の中に沈んでおった。こちらに向かっておる松明の群れも見えぬ。しかし月は出ておるのだ。それを頼りに近付いて来ておるのかもしれぬ。

 返事がないので、隊長の方を見ると、かがり火の揺らめきの中で困った顔がこちらを見ておった。恐らく同じことを考えておるのだろうと想い至り、

「敵はこちらに悟られぬよう努めよう。しかし往々にしてボロは出るもの。怪しきところが見えたら、何であれ速やかに報告しろ」

「はい」

 ようやく返事を聞けたところで、この隊長は下の状況を知らぬのだと気付き、

「下では水があふれておる。敵の仕業であるやもしれぬ。ならば、これに乗じて夜襲を仕掛けて来る可能性が高い」

 トルンの隊は北城西門より侵攻し、北城内に突出する形で拠点を確保しており、いつ敵の夜襲を受けてもおかしくない状況であった。

 再び本丸の方を見やる。やはり敵の動きの兆しは見えなかった。本丸のあるだろうところの右隣にも別の灯りが見えた。チャアダイの将の拠点である。本丸より遠くにあるのに灯りが大きいのは、こちらと同じく敵の夜襲を警戒して、盛大に松明を燃やしておるからに他ならぬ。少なくともその灯りの様はいつも通りだが、ただそれで敵夜襲を受けておらぬとまでは遠すぎて判断が付きかねた。

 北に目をやる。暗闇に沈んでおった。そこにはジョチの将がやはり拠点を築いておったが、既にそれは撤収されておった。



 それを知った当時、トゥルンは
「ならばいずれかの将に拠点を築かせるべきでしょう」
 と進言したのだった。

 ただ、上官のボオルチュは。
「あすこに拠点を築けるのは、北城北門にて大部隊が控えておればこそ。ジョチ大ノヤンの助けが得られぬ以上、敵に攻め込まれたら孤立しかねぬ。そして他の軍を北門に回すのも避けたきことなのだ。
 ジョチ大ノヤンの反対を押し切る形で我らがウルゲンチ攻めを続行しておることは、モンゴル兵の全ての知るところ。下手に他の軍が赴けば、ささいなことで同士討ちが起こらぬとも限らぬ。
 無論ジョチ大ノヤンであれチャアダイ大ノヤンであれ他のいずれの将であれ、決してそれを命じはせぬし許しもせぬであろう。そんなことになれば、王子であってもジャサクにて裁かれることとなろうゆえ。しかし兵とはそのあるじの気持ちを進んで汲むもの。時には必要以上に」
 とし、首を縦に振らなかった。

 そう言われても納得できぬトゥルンは
「そんなことで、この戦に勝てるのですか」
 と想わず声を荒げた。

 ただボオルチュからは何の叱責の言葉も出ず、「すみません。つい」との言葉のみで許された。

 またホラズム側がそこを拠点とした訳ではないゆえ、あらためて手を打つ必要はないこと。更には、北へと逃げ出す敵は増えようが、本丸の軍勢が減るのは却って我らに好都合であるというのが、ボオルチュの考えであり、カダアンらも同じ考えを示したので、トルンも従った。

 その苦々しき想いが心中によみがえらんとするのを抑えつつ、近くに目を戻した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

連合艦隊司令長官、井上成美

ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。 毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!

処理中です...