167 / 206
番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第16話 ジョチ2&3の矢1
しおりを挟む
ジョチ2
人物紹介
モンゴル側
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
人物紹介終了
攻め手に加わっておらぬジョチ部隊。といって、攻囲を解く訳にも行かぬ。それでは明らかな軍令違反となってしまう。ただ、やはり手持ち無沙汰であった。ゆえに愛馬の世話をして暇をつぶしておった。そんな、ようやく春の日射しの暖かみが感じられる日中のこと。
「翁」
久しぶりにジョチがそう呼んでくれたので、想わず顔をほころばせたクナンであった。預かった子供の頃からしばらくは、いつも、そう呼んでくれたのであった。しかし、その後に続いた問いに、想わず顔をくもらせた。
「父上は、跡継ぎを誰にするか、決めておられるのだろうか? 何ゆえ、跡継ぎを明言されぬのだろうか?」
もちろん、クナンとしてもジョチ様ですと答えたいところだし、自身、そう願うが、しかし、その件について、カンから聞いたことはなかった。正直、己も知りたく想うが、そもそも、尋ねられる類いのことではない。
果たして、己の心中が顔に現れておったのか、それとも、なかなか答えが返って来ぬことから、そこに想い及んだのか、
「よい。今の問いは忘れよ。我は自らの天幕に戻る」との言があった。
そこで日頃想うところを正直に答えた。
「おそらく、自身が死ぬということが、あまり現実のこととして捉えられておられぬのではないかと」
「年を取ると、そのように考えるものなのか? 翁自身も、そう想うのか?」
「ハハ。全くその通りで。といっても、日によってころころ変わる有様です。早晩くたばると想うときもあれば、いつまでも長生きするぞと想うときも、またあります」
実直に述べたゆえか、ジョチがこのところまとわせておった憂いをほどいた笑顔を見せてくれ、ゆえにクナンは再び顔をほころばせるを得たのだった。
3の矢1
人物紹介
ホラズム側
クトルグ・カン ウルゲンチの政府軍の実質的な総指揮官。
人物紹介終わり
同日――そしてそれは、オグルたちと会見して、2日後でもあった――のクトルグ。場所もやはりオグルたちと会った居室。今し方、ある人物と面会を終えたばかりであった。
そもそも初老に近いということもあり、この男、あえてそうせずとも、そうなってしまうのだが、このところはより一層、張り付いた如くとなっておったその厳めしき顔。そこに珍しくも笑みを浮かべておった。
あの者ならば、第3の矢となりうるかもしれぬ。まさに神が我の元に送ってくださったか。正直、シャイフとオグルの策だけでは、何かが足りぬと想っておった。この押し込められた状況を打開するには。
あの者であったか。我が運命を開ける鍵は。
その想いつめたがごとき表情、何かにとりつかれたが如くの表情。ただ経験上、我が運命を開くを得た者は、往々にして、あのような表情をしておった。
我は知るぞ! あのような表情の者のみに見えるものがあることを。
日没後の礼拝の時刻まではまだ間があったが、クトルグ・カンは早速にもその場で数珠を手にして、天上の神に感謝を捧げた。
人物紹介
モンゴル側
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
人物紹介終了
攻め手に加わっておらぬジョチ部隊。といって、攻囲を解く訳にも行かぬ。それでは明らかな軍令違反となってしまう。ただ、やはり手持ち無沙汰であった。ゆえに愛馬の世話をして暇をつぶしておった。そんな、ようやく春の日射しの暖かみが感じられる日中のこと。
「翁」
久しぶりにジョチがそう呼んでくれたので、想わず顔をほころばせたクナンであった。預かった子供の頃からしばらくは、いつも、そう呼んでくれたのであった。しかし、その後に続いた問いに、想わず顔をくもらせた。
「父上は、跡継ぎを誰にするか、決めておられるのだろうか? 何ゆえ、跡継ぎを明言されぬのだろうか?」
もちろん、クナンとしてもジョチ様ですと答えたいところだし、自身、そう願うが、しかし、その件について、カンから聞いたことはなかった。正直、己も知りたく想うが、そもそも、尋ねられる類いのことではない。
果たして、己の心中が顔に現れておったのか、それとも、なかなか答えが返って来ぬことから、そこに想い及んだのか、
「よい。今の問いは忘れよ。我は自らの天幕に戻る」との言があった。
そこで日頃想うところを正直に答えた。
「おそらく、自身が死ぬということが、あまり現実のこととして捉えられておられぬのではないかと」
「年を取ると、そのように考えるものなのか? 翁自身も、そう想うのか?」
「ハハ。全くその通りで。といっても、日によってころころ変わる有様です。早晩くたばると想うときもあれば、いつまでも長生きするぞと想うときも、またあります」
実直に述べたゆえか、ジョチがこのところまとわせておった憂いをほどいた笑顔を見せてくれ、ゆえにクナンは再び顔をほころばせるを得たのだった。
3の矢1
人物紹介
ホラズム側
クトルグ・カン ウルゲンチの政府軍の実質的な総指揮官。
人物紹介終わり
同日――そしてそれは、オグルたちと会見して、2日後でもあった――のクトルグ。場所もやはりオグルたちと会った居室。今し方、ある人物と面会を終えたばかりであった。
そもそも初老に近いということもあり、この男、あえてそうせずとも、そうなってしまうのだが、このところはより一層、張り付いた如くとなっておったその厳めしき顔。そこに珍しくも笑みを浮かべておった。
あの者ならば、第3の矢となりうるかもしれぬ。まさに神が我の元に送ってくださったか。正直、シャイフとオグルの策だけでは、何かが足りぬと想っておった。この押し込められた状況を打開するには。
あの者であったか。我が運命を開ける鍵は。
その想いつめたがごとき表情、何かにとりつかれたが如くの表情。ただ経験上、我が運命を開くを得た者は、往々にして、あのような表情をしておった。
我は知るぞ! あのような表情の者のみに見えるものがあることを。
日没後の礼拝の時刻まではまだ間があったが、クトルグ・カンは早速にもその場で数珠を手にして、天上の神に感謝を捧げた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
よあけまえのキミへ
三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。
落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。
広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。
京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。
無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた
中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■
無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。
これは、別次元から来た女神のせいだった。
その次元では日本が勝利していたのだった。
女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。
なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。
軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか?
日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。
ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。
この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。
参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。
使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。
表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。
死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜
猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。
ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。
そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。
それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。
ただし、スキルは選べず運のみが頼り。
しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。
それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・
そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。
異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜
金華高乃
ファンタジー
死んだはずの僕が蘇ったのは異世界。しかもソーシャルゲームのように武器を召喚し激レア武器を持つ強者に軍戦略が依存している世界だった。
前世、高槻亮(たかつきあきら)は21世紀を生きた日本陸軍特殊部隊の軍人だった。しかし彼の率いる部隊は不測の事態で全滅してしまい、自身も命を失ってしまう。
しかし、目を覚ますとそこは地球とは違う世界だった。
二度目の人生は異世界。
彼は軍人貴族の長男アカツキ・ノースロードという、二十二歳にも関わらず十代前半程度でしかも女性と見間違えられるような外見の青年として生きていくこととなる。運命のイタズラか、二度目の人生も軍人だったのだ。
だが、この異世界は問題があり過ぎた。
魔法が使えるのはいい。むしろ便利だ。
技術水準は産業革命期付近。銃等の兵器類も著しい発展を迎える頃だから大歓迎であろう。
しかし、戦術レベルなら単独で戦況をひっくり返せる武器がソーシャルゲームのガチャのように出現するのはどういうことなのか。確率もゲームなら運営に批判殺到の超低出現確率。当然ガチャには石が必要で、最上位のレア武器を手に入れられるのはほんのひと握りだけ。しかし、相応しい威力を持つからかどの国も慢心が酷かった。彼の所属するアルネシア連合王国も他国よりはマシとは言え安全保障は召喚武器に依存していた。
近年は平穏とはいえ、敵国の妖魔帝国軍は健在だと言うのに……。
彼は思う。もし戦争になったらガチャ武器に依存したこの世界の軍では勝てない。だから、改革を進めよう。
これは、前世も今世も軍人である一人の男と世界を描いた物語。
【イラスト:伊於さん(Twitter:@io_xxxx)】
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
【完結】船宿さくらの来客簿
ヲダツバサ
歴史・時代
「百万人都市江戸の中から、たった一人を探し続けてる」
深川の河岸の端にある小さな船宿、さくら。
そこで料理をふるうのは、自由に生きる事を望む少女・おタキ。
はまぐり飯に、菜の花の味噌汁。
葱タレ丼に、味噌田楽。
タケノコご飯や焼き豆腐など、彼女の作る美味しい食事が今日も客達を賑わせている。
しかし、おタキはただの料理好きではない。
彼女は店の知名度を上げ、注目される事で、探し続けている。
明暦の大火で自分を救ってくれた、命の恩人を……。
●江戸時代が舞台です。
●冒頭に火事の描写があります。グロ表現はありません。
パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~
一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。
彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。
全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。
「──イオを勧誘しにきたんだ」
ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。
ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。
そして心機一転。
「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」
今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。
これは、そんな英雄譚。
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる