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番外編 ウルゲンチ戦ーーモンゴル崩し
第13話 2の矢4
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人物紹介
ホラズム側
オグル・ハージブ かつてのブハーラーの守将。
シャイフ・カン かつてのサマルカンドの守将。
クトルグ・カン かつてのジャンドの城主。
戦況の推移とともに、3人ともウルゲンチに逃げて来たのである。
人物紹介終わり
オグルは住民勢の司令部となっておる大モスクに至り、用件を伝えた。「わたくしが行こう」と引き受けてくれたのは、住民勢の取りまとめの一人、平時はサマルカンド産を主に扱う紙の商いを生業としておる壮年の者であった。更にはそのようなことならば堰の修繕を監督しておる者も連れて行こうということで、その者の家に寄って行くことになり、そのせいでけっこうな時を食い、シャイフを待ちくたびれさせることになった。
しかしシャイフは文句の一つも言わず、「クトルグ・カンから許しが得られた。良策の進言をなさんとする者を、自らの眠りのために翌朝まで待たせるほど我は愚かではないとされ、今夜如何に遅くとも会って下さるとのことであった。すぐに行こう」と誘って来た。
クトルグの居所は、隊商宿の近くにある大邸宅であった。モンゴル軍の侵攻から一年以上、サマルカンドやブハーラーの陥落から半年以上も経っておれば、戦に巻き込まれるのを恐れて逃げた富豪も多く、そこもそうした空き家の一つを住民側が提供を申し出たものであった。住民勢にとっても大部隊を率いるクトルグは歓迎すべき相手であった。ただ内実を言えば、その空き家には家を持たぬ流民が住み着いており、その者たちは再び家を失う憂き目を見たのだが。ウルゲンチは逃げ出す者もおれば、ここのカンクリ勢の武力を頼んで逃げ込む地にもなっており、特にジョチが征討したシルダリヤ川沿いの地から多くの者が流亡して来ておったのだ。
シャイフを先頭にオグルそして二人の住民の順でクトルグの待つ部屋に向かうために中庭に入った。そこに詰める護衛の者たちはたき火で暖を取りつつ立っており、四人に道を開けた。既に切り株だけとなっておる果樹やブドウ棚の残骸らしきものが旧日の繁栄をしのばせるはずであるが、四人はそれに目を止めることもなく進む。その一番奥に立つ護衛隊長にシャイフとオグルは腰に吊るす剣を、住民たちはその懐剣を預けてから、邸宅の中に入るを許され、一室に案内された。
四人でしばしそこで待っていると、まずクトルグが姿を見せて、「策の話は家臣が来るまでしばし待て」と言い渡し、どっかと一つのみ置かれた椅子に腰掛ける。四人を歓迎しておるという雰囲気は決してオグルには感じられなかった。シャイフが右、オグルが左に、そして住民たちは二歩ほど下がった位置に立って、クトルグと正対した。
「どうして、そこもとは逃げぬのだ」との問いがクトルグの口から発された。
オグルは果たして誰に問うておるのかと他の三人を見るが、返答しようとする様子はない。そもそも本丸を託しておるシャイフにかような問いを発するはずはなかった。またここを住み慣れた地とする住民に問うとも想えぬ。己が問われておるのだと想い至り、改めてクトルグの方を見やると、その鋭き眼光が己を睨め付けており、顔は不機嫌そのものであった。オグルはすぐに答えることができなかった。
会見に先立ち、頭の中で練っておったのは、作戦に不備がないか、見落としがないかということのみであった。シャイフを呼ぶ前に、その点については住民と話を持ったとはいえ、オグル自身が堰というものを良く知らぬ。どこぞで見たことはあるかもしれぬが、意識してそれと認めたことはなかった。
またそれを壊すということがどういうことなのか、正直言って十分に分かってはおらなかった。住民からの受け売りに過ぎぬ。本来なら住民共共一度そこに赴いてから詳細な計画を練るべきであろうが、城外へ出るにも当然クトルグの許しが必要となるし、何よりモンゴルの攻囲を突破せねばならぬ。犠牲が出るであろうし、下手をすると却ってモンゴル側の警戒心をあおることになりかねぬとの結論に至り、下見無しで行うことについては住民と合意しておった。堰とそれをどう壊すかについては、住民に委ねざるを得ない。経路沿いの敵軍の布陣も分からぬ。出たとこ勝負である観は否めなかった。
(モンゴル軍と遭遇したなら)
心中は不安と憂慮に満たされておった。それでもこの策しかない。そう想いなし、それを訴えるためにここに来た。
しかし問われたことは何故逃げぬかということだ。己の中に答えを探すが、すぐには見つからなかった。オグルはその時々で正しいと想えることに従って来ただけであった。そうして後から振り返れば、あれはやはり正しかったと想えることもあれば、否、己は間違っておったかと後悔することもあった。ブハーラーから逃げたこと、他方で今回は逃げなかったこともまた同様であった。決して己の中に確信や絶対的な根拠がある訳ではなかった。
何故か。まだ戦えると想います。まだ逃げる時ではないと想います。それが正直なところであった。ただその程度の答えを求めてクトルグが改めて問うておる訳ではなかろうとは、オグルにも推し測るを得た。そうして、まごまごしておると。
「まあ、理由などどうでも良いと、わしも想っておる。ただ、何であれ、そこもとが逃げなかったことは良きこと。ゆえに、ここに来るのを許した」
オグルは大きく息を吐いた。その姿を見られたゆえか、
「とはいえ、ジャラールの件を許した訳ではないぞ。そこもとが勝手をなしたために、あの者を討ち漏らした」
と釘を刺された。その後クトルグは黙り込み、それゆえ皆で沈黙の中、待った。
家臣が来たところで、シャイフがまずその策の大要を説明し、詳細は住民たちが説明した。オグルは地下通路の水没に備え、予め十分な食糧と武器の予備などを本丸に運んで置く必要があることなど、足りぬところを補った。
クトルグが「モンゴル軍の方はどうするのだ。みすみす行かしてはくれまい」と問うたのに対し、
「北城の北門は攻囲が手薄と聞きますゆえ、そこを抜けたいと考えます。本丸までは地下道にて赴き、そこからは夜の間に突破を図りたいと考えます。許されるなら護衛隊はわたくしが率いたいと考えております」とオグルが答えた。
「なるほど。少なくとも自ら赴いてなす覚悟はあるということか」
としてクトルグは作戦を認め、己が取り上げ各所に配しておったオグルの配下を戻すことを約束し、更に
「必要ならばシャイフ・カンの手を借りよ。そもそもそのつもりでの今回の申し出なのだろう。吉報を待っておるぞ」
と四人に去るを許した。
ホラズム側
オグル・ハージブ かつてのブハーラーの守将。
シャイフ・カン かつてのサマルカンドの守将。
クトルグ・カン かつてのジャンドの城主。
戦況の推移とともに、3人ともウルゲンチに逃げて来たのである。
人物紹介終わり
オグルは住民勢の司令部となっておる大モスクに至り、用件を伝えた。「わたくしが行こう」と引き受けてくれたのは、住民勢の取りまとめの一人、平時はサマルカンド産を主に扱う紙の商いを生業としておる壮年の者であった。更にはそのようなことならば堰の修繕を監督しておる者も連れて行こうということで、その者の家に寄って行くことになり、そのせいでけっこうな時を食い、シャイフを待ちくたびれさせることになった。
しかしシャイフは文句の一つも言わず、「クトルグ・カンから許しが得られた。良策の進言をなさんとする者を、自らの眠りのために翌朝まで待たせるほど我は愚かではないとされ、今夜如何に遅くとも会って下さるとのことであった。すぐに行こう」と誘って来た。
クトルグの居所は、隊商宿の近くにある大邸宅であった。モンゴル軍の侵攻から一年以上、サマルカンドやブハーラーの陥落から半年以上も経っておれば、戦に巻き込まれるのを恐れて逃げた富豪も多く、そこもそうした空き家の一つを住民側が提供を申し出たものであった。住民勢にとっても大部隊を率いるクトルグは歓迎すべき相手であった。ただ内実を言えば、その空き家には家を持たぬ流民が住み着いており、その者たちは再び家を失う憂き目を見たのだが。ウルゲンチは逃げ出す者もおれば、ここのカンクリ勢の武力を頼んで逃げ込む地にもなっており、特にジョチが征討したシルダリヤ川沿いの地から多くの者が流亡して来ておったのだ。
シャイフを先頭にオグルそして二人の住民の順でクトルグの待つ部屋に向かうために中庭に入った。そこに詰める護衛の者たちはたき火で暖を取りつつ立っており、四人に道を開けた。既に切り株だけとなっておる果樹やブドウ棚の残骸らしきものが旧日の繁栄をしのばせるはずであるが、四人はそれに目を止めることもなく進む。その一番奥に立つ護衛隊長にシャイフとオグルは腰に吊るす剣を、住民たちはその懐剣を預けてから、邸宅の中に入るを許され、一室に案内された。
四人でしばしそこで待っていると、まずクトルグが姿を見せて、「策の話は家臣が来るまでしばし待て」と言い渡し、どっかと一つのみ置かれた椅子に腰掛ける。四人を歓迎しておるという雰囲気は決してオグルには感じられなかった。シャイフが右、オグルが左に、そして住民たちは二歩ほど下がった位置に立って、クトルグと正対した。
「どうして、そこもとは逃げぬのだ」との問いがクトルグの口から発された。
オグルは果たして誰に問うておるのかと他の三人を見るが、返答しようとする様子はない。そもそも本丸を託しておるシャイフにかような問いを発するはずはなかった。またここを住み慣れた地とする住民に問うとも想えぬ。己が問われておるのだと想い至り、改めてクトルグの方を見やると、その鋭き眼光が己を睨め付けており、顔は不機嫌そのものであった。オグルはすぐに答えることができなかった。
会見に先立ち、頭の中で練っておったのは、作戦に不備がないか、見落としがないかということのみであった。シャイフを呼ぶ前に、その点については住民と話を持ったとはいえ、オグル自身が堰というものを良く知らぬ。どこぞで見たことはあるかもしれぬが、意識してそれと認めたことはなかった。
またそれを壊すということがどういうことなのか、正直言って十分に分かってはおらなかった。住民からの受け売りに過ぎぬ。本来なら住民共共一度そこに赴いてから詳細な計画を練るべきであろうが、城外へ出るにも当然クトルグの許しが必要となるし、何よりモンゴルの攻囲を突破せねばならぬ。犠牲が出るであろうし、下手をすると却ってモンゴル側の警戒心をあおることになりかねぬとの結論に至り、下見無しで行うことについては住民と合意しておった。堰とそれをどう壊すかについては、住民に委ねざるを得ない。経路沿いの敵軍の布陣も分からぬ。出たとこ勝負である観は否めなかった。
(モンゴル軍と遭遇したなら)
心中は不安と憂慮に満たされておった。それでもこの策しかない。そう想いなし、それを訴えるためにここに来た。
しかし問われたことは何故逃げぬかということだ。己の中に答えを探すが、すぐには見つからなかった。オグルはその時々で正しいと想えることに従って来ただけであった。そうして後から振り返れば、あれはやはり正しかったと想えることもあれば、否、己は間違っておったかと後悔することもあった。ブハーラーから逃げたこと、他方で今回は逃げなかったこともまた同様であった。決して己の中に確信や絶対的な根拠がある訳ではなかった。
何故か。まだ戦えると想います。まだ逃げる時ではないと想います。それが正直なところであった。ただその程度の答えを求めてクトルグが改めて問うておる訳ではなかろうとは、オグルにも推し測るを得た。そうして、まごまごしておると。
「まあ、理由などどうでも良いと、わしも想っておる。ただ、何であれ、そこもとが逃げなかったことは良きこと。ゆえに、ここに来るのを許した」
オグルは大きく息を吐いた。その姿を見られたゆえか、
「とはいえ、ジャラールの件を許した訳ではないぞ。そこもとが勝手をなしたために、あの者を討ち漏らした」
と釘を刺された。その後クトルグは黙り込み、それゆえ皆で沈黙の中、待った。
家臣が来たところで、シャイフがまずその策の大要を説明し、詳細は住民たちが説明した。オグルは地下通路の水没に備え、予め十分な食糧と武器の予備などを本丸に運んで置く必要があることなど、足りぬところを補った。
クトルグが「モンゴル軍の方はどうするのだ。みすみす行かしてはくれまい」と問うたのに対し、
「北城の北門は攻囲が手薄と聞きますゆえ、そこを抜けたいと考えます。本丸までは地下道にて赴き、そこからは夜の間に突破を図りたいと考えます。許されるなら護衛隊はわたくしが率いたいと考えております」とオグルが答えた。
「なるほど。少なくとも自ら赴いてなす覚悟はあるということか」
としてクトルグは作戦を認め、己が取り上げ各所に配しておったオグルの配下を戻すことを約束し、更に
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と四人に去るを許した。
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