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第3部 仇(あだ)
101:ヤンギカント戦:ティムール・マリクとブジル7
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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
モンケウル:ジョチ家の家臣。シジウト氏族。
ブジル:百人隊長。タタル氏族
ホラズム側
ティムール・マリク:元ホジェンド城主。
人物紹介終わり
モンケウル率いる千百人隊は、1騎当たり2頭ほどの替え馬を伴い、更には、できるだけ馬の足を痛めぬようにと、ゆっくりとしたペースで、草と水の得やすきシルダリヤ沿いを進む。
本来は既に南に飛んで行っておるはずの白鳥の中にものんびり屋がおるのか、数は少ないものの、その大きさと優美さのゆえに目立つということもあり、しばしば将兵の目を引く。
もっとも彼らの目には、何より是非食いたきものとして映ったは疑い得ないが。とはいえ、少しばかり狩りになどということが許されるはずもない。
ジャンド(現クズロルダ近郊)を発してから7日ほどかけて、ヤンギカント(現カザリンスク近郊)より少しばかり離れた地に至り、一端、馬を止める。敵の夜襲を恐れるゆえ、この日はここに泊まることとし、城下へ斥候を発する。
払暁のとき、鳥たちが鳴き交わす中を、城市へと向けて進軍した。その途上、出撃して来た敵部隊と遭遇するや、まさに馬蹄にて踏みにじり、逃走に転じた敵将を追い行くこととなった。そして、その先頭に立つは、ブジル隊に他ならなかった。
少しでもその追跡を食い止めんとしてであろう、恐らく意図的に馬速を落としたと想われる敵騎馬が、逃走を続けつつ後方に向けて矢を放つ。
更には最早ここまでということか。逃走を止め、あるいは剣を抜き、あるいは弓矢を構えて――刺し違えんとの決意をもってであろう――我らへと突進を試みる。
ブジルは、それらの者たちについては、他の者に任せ、当の者を追い行く。いつしか、従えるは3騎のみとなっておった。
ただティムールの方は、最早配下はおらぬ。自馬の足を気遣う素振りもなく、というよりその余裕のあろうはずもなく、ひたすらに逃げ行かんとする。限界近くまで馬足を上げておるに違いない。
追う我らもまた然り。いきなり、共に追う一騎が、馬もろとも転ぶ。生きていることを願いつつ、ブジルは追うを続けた。
敵の背は見えるものの、矢で射るを試みるかは迷うところであった。それをなせば、自ずと馬速が落ちる。当たれば良いが、外れたならば、再び追いつける保証はない。そして確実に当てるには、明らかに距離が離れすぎておった。
ただ、己が脱落したとしても、こちらは残り2騎で追えるのであるから、分が有る状況ではあるのだが。
他方で追跡を続けるならば、敵馬がバテる可能性もあれば、転ぶ可能性もあった。もちろん自馬がそうなることもありえたが。
ゆえに矢を射るか迷いつつも、追跡を続けるブジルであった。そうしておるうちに、少しずつ敵影が大きくなって来た。
「よし。敵はバテたぞ」
左右を走る僚騎に確認の意も込めて、声をかける。
「もう、これで、こちらのものと言えましょう」
「必ずや首を持ち帰りましょうぞ」
との言に対して、
「無論だ。だが油断するな」
と応じたものの、罠とは想えなかった。こちらは3騎。わざと馬速を落としてやり合うには、明らかに分が悪い。あくまで念のため。その心積もりであった。
そろそろ矢を試みるのも有りかと想えるほどに距離が詰まった時、敵がいきなり左へ転じた。
「来るぞ」
ブジルもまた馬首を左方へ、即ち敵の逃げる先へ転じると同時に、叫んでおった。
ただ、刺し違え狙いではなかろうとは想う。
確かに追いつきつつあったとはいえ、敵が生存をあきらめる理由はない。不利とはいえ、絶対的なものではない。あくまで逃げ切る気であろう。ただそのためには、こちらに一撃を食らわさねばならぬと結論付けたに過ぎぬ。なら、十中八九、矢であろう。
僚騎も半ば己に平行して追う。できれば、この形にて――即ち、背後からこちらが矢を射かけられれば最も望ましい。
当然、それを嫌ってであろう、敵は更に内側に回り込まんとする。
馬扱いの差ゆえか、それとも馬の違いゆえか、こちらは御しきれず、大きく外側にふくらむ。
そのせいで背後を追い切れぬ。
敵が矢をつがえるのが見えた。
行きあいで矢を射かけ合うことになる。
それでも3対1は変わらぬ。
こちらに当然、分がある。
そしてまさに矢から指を離さんとした時、目に衝撃があった。弓矢が手を離れ落ちるのも構わず、何とか必死で両手で手綱を引く。急であったため、危うく前方に投げ出されそうになりながらも、馬を止めるを得た。
片方の視界が無かった。目を射られたのか。手で触って確かめるも、ただ矢は刺さっておらぬ。目をかすめて行ったか。
ふと僚騎が側らに留まっておるのに気付く。
「愚か者。何をしておる。追わぬか」
「最早、間に合いませぬ。それよりも目の方は大丈夫ですか」
「ああ。大事ない。恐らく矢羽根がかすめたのであろう。良いから早く追え。そなたらが追わぬなら、我が追わねばならぬ」
2騎はしぶしぶという感じで離れ、再び追跡に入った。
ブジルは、そこに敵に対する恐れを見ない訳には行かなかった。
(最早、追いつこうとはせぬであろう。クソッタレ)
将たる己が撃たれては、配下が怯えても当然のこと。矢が当たったのはたまたまかもしれぬが、馬扱いは相手に分があった。
どうやら、目がくらんだのは一時的なものであったようであり、視力が回復したブジルは急ぎ追うことにしたのだが、予想が的中することになった。やがて僚騎がとぼとぼと力なく戻って来るのに出会ったのであった。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
モンケウル:ジョチ家の家臣。シジウト氏族。
ブジル:百人隊長。タタル氏族
ホラズム側
ティムール・マリク:元ホジェンド城主。
人物紹介終わり
モンケウル率いる千百人隊は、1騎当たり2頭ほどの替え馬を伴い、更には、できるだけ馬の足を痛めぬようにと、ゆっくりとしたペースで、草と水の得やすきシルダリヤ沿いを進む。
本来は既に南に飛んで行っておるはずの白鳥の中にものんびり屋がおるのか、数は少ないものの、その大きさと優美さのゆえに目立つということもあり、しばしば将兵の目を引く。
もっとも彼らの目には、何より是非食いたきものとして映ったは疑い得ないが。とはいえ、少しばかり狩りになどということが許されるはずもない。
ジャンド(現クズロルダ近郊)を発してから7日ほどかけて、ヤンギカント(現カザリンスク近郊)より少しばかり離れた地に至り、一端、馬を止める。敵の夜襲を恐れるゆえ、この日はここに泊まることとし、城下へ斥候を発する。
払暁のとき、鳥たちが鳴き交わす中を、城市へと向けて進軍した。その途上、出撃して来た敵部隊と遭遇するや、まさに馬蹄にて踏みにじり、逃走に転じた敵将を追い行くこととなった。そして、その先頭に立つは、ブジル隊に他ならなかった。
少しでもその追跡を食い止めんとしてであろう、恐らく意図的に馬速を落としたと想われる敵騎馬が、逃走を続けつつ後方に向けて矢を放つ。
更には最早ここまでということか。逃走を止め、あるいは剣を抜き、あるいは弓矢を構えて――刺し違えんとの決意をもってであろう――我らへと突進を試みる。
ブジルは、それらの者たちについては、他の者に任せ、当の者を追い行く。いつしか、従えるは3騎のみとなっておった。
ただティムールの方は、最早配下はおらぬ。自馬の足を気遣う素振りもなく、というよりその余裕のあろうはずもなく、ひたすらに逃げ行かんとする。限界近くまで馬足を上げておるに違いない。
追う我らもまた然り。いきなり、共に追う一騎が、馬もろとも転ぶ。生きていることを願いつつ、ブジルは追うを続けた。
敵の背は見えるものの、矢で射るを試みるかは迷うところであった。それをなせば、自ずと馬速が落ちる。当たれば良いが、外れたならば、再び追いつける保証はない。そして確実に当てるには、明らかに距離が離れすぎておった。
ただ、己が脱落したとしても、こちらは残り2騎で追えるのであるから、分が有る状況ではあるのだが。
他方で追跡を続けるならば、敵馬がバテる可能性もあれば、転ぶ可能性もあった。もちろん自馬がそうなることもありえたが。
ゆえに矢を射るか迷いつつも、追跡を続けるブジルであった。そうしておるうちに、少しずつ敵影が大きくなって来た。
「よし。敵はバテたぞ」
左右を走る僚騎に確認の意も込めて、声をかける。
「もう、これで、こちらのものと言えましょう」
「必ずや首を持ち帰りましょうぞ」
との言に対して、
「無論だ。だが油断するな」
と応じたものの、罠とは想えなかった。こちらは3騎。わざと馬速を落としてやり合うには、明らかに分が悪い。あくまで念のため。その心積もりであった。
そろそろ矢を試みるのも有りかと想えるほどに距離が詰まった時、敵がいきなり左へ転じた。
「来るぞ」
ブジルもまた馬首を左方へ、即ち敵の逃げる先へ転じると同時に、叫んでおった。
ただ、刺し違え狙いではなかろうとは想う。
確かに追いつきつつあったとはいえ、敵が生存をあきらめる理由はない。不利とはいえ、絶対的なものではない。あくまで逃げ切る気であろう。ただそのためには、こちらに一撃を食らわさねばならぬと結論付けたに過ぎぬ。なら、十中八九、矢であろう。
僚騎も半ば己に平行して追う。できれば、この形にて――即ち、背後からこちらが矢を射かけられれば最も望ましい。
当然、それを嫌ってであろう、敵は更に内側に回り込まんとする。
馬扱いの差ゆえか、それとも馬の違いゆえか、こちらは御しきれず、大きく外側にふくらむ。
そのせいで背後を追い切れぬ。
敵が矢をつがえるのが見えた。
行きあいで矢を射かけ合うことになる。
それでも3対1は変わらぬ。
こちらに当然、分がある。
そしてまさに矢から指を離さんとした時、目に衝撃があった。弓矢が手を離れ落ちるのも構わず、何とか必死で両手で手綱を引く。急であったため、危うく前方に投げ出されそうになりながらも、馬を止めるを得た。
片方の視界が無かった。目を射られたのか。手で触って確かめるも、ただ矢は刺さっておらぬ。目をかすめて行ったか。
ふと僚騎が側らに留まっておるのに気付く。
「愚か者。何をしておる。追わぬか」
「最早、間に合いませぬ。それよりも目の方は大丈夫ですか」
「ああ。大事ない。恐らく矢羽根がかすめたのであろう。良いから早く追え。そなたらが追わぬなら、我が追わねばならぬ」
2騎はしぶしぶという感じで離れ、再び追跡に入った。
ブジルは、そこに敵に対する恐れを見ない訳には行かなかった。
(最早、追いつこうとはせぬであろう。クソッタレ)
将たる己が撃たれては、配下が怯えても当然のこと。矢が当たったのはたまたまかもしれぬが、馬扱いは相手に分があった。
どうやら、目がくらんだのは一時的なものであったようであり、視力が回復したブジルは急ぎ追うことにしたのだが、予想が的中することになった。やがて僚騎がとぼとぼと力なく戻って来るのに出会ったのであった。
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