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第3部 仇(あだ)
95 ホジェンド戦2:ティムール・マリクとブジル1
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ただホジェンド側には食料尽きるまで戦い抜くぞとは行かぬ事情もあった。冬を越せる程度は準備しておった。にもかかわらず、その訪れを警戒せねばならなかった。それまでには、ここを放棄するか否かの決断をしなければならぬ。
この水上城塞の軍勢では、川が凍りついた後のモンゴル軍の攻撃をしのげぬだろうことは、城主ティムール・マリクには明らかであった。
またたとえ寒さが厳しくなく、幸いにして氷が騎馬で渡れるほどの厚さにならなくとも、氷により船の航行の自由が奪われ、我が水軍は無力となってしまう。
そうなれば、奴らが船橋を造るのを最早防げぬ。何より逃げることができなくなることが最大の問題であった。
更に悪いことには敵の動きの少なさ、積極的に攻めて来ぬところを見ると、どうも冬を待っておるのではと疑わずにはおれぬ。
攻め来たってもやつらはすぐに帰るだろう。取るものを取れば。この地の多くの者同様ティムールもまたそう考えておった。
しかしその予想は外れつつある。サマルカンド陥落の報が入ったは春の始まり。それが今では秋の深まり行く中、夏鳥はとうの昔に去り、冬鳥の気の早い者が川面に見られるようになっておった。
帰らぬか。この地で一年を越すか。その想いはやはりスルターンの約束と結びつく。
たとえモンゴル軍が攻め来たっても、そなたは川が凍るまで持ちこたえてくれれば良い。それまでには我が騎馬隊が至り、モンゴル軍を駆逐しようぞとの。
その言葉を手紙にてわざわざ送って来たのは、スルターンがモンゴルの隊商を殺害した後のことであった。それを信じ、水上城塞をより堅固なものとし、装甲船を建造した。
そして、それらをあのモンゴルの使者どもに見せつけるため、わざわざここに立ち寄らせ、自ら会った。スルターンには使者が来たら、川を渡らせ、そのままサマルカンドへ至らせよとの命を受けておったので、そんなことをする必要もなかったのだが。
遂にここを捨てねばならぬか。その時が迫っておるのをティムールは認めざるを得なかった。いかにそれを望まぬとしても。
その季節の移り行きの様をながめておった者がもう一人。タタル氏族出身で、名をブジルといった。
この者はむしろ自らの内にある心の変化に、わずかばかりの驚きさえ感じておった。
身を焼き焦がさんばかりの焦燥。それが不思議と徐々にやわらいでおったのだ。
冬、来たらば。
そしてその冬は間近い。
ならば、ようやくと。
かつての恥辱を晴らすその時、殺されたブグラーのあだを果たすその時と。
この者はかつてそのブグラーと共にスルターンの下へチンギスの使者として赴いた。オトラルにての隊商虐殺の責を問うためであった。その際、ホジェンドを経由したために、その城主たるティムールと深い因縁を持つことになった。
その因縁ゆえにホジェンド征討に加わるを願い出て――やはり使者として赴いたスイケトゥ及びタタルの領袖たるシギ・クトクのとりなしもあり――許されて、今、ここにおるのだった。
ただ、その見つめる先はホジェンドの水上城塞ではなかった。それより下流の城市ファナーカト、その近くでアーハンガラーン川(今のアングレン川)がシルダリヤ川に合流する、その水面であった。
待っておったのだ。罠を仕掛けて。獲物が自らそこに至るのを。
(ブジルとティムールの因縁の話は、第1部終章の「問責の使者の1後編~2後編」にあります)
この水上城塞の軍勢では、川が凍りついた後のモンゴル軍の攻撃をしのげぬだろうことは、城主ティムール・マリクには明らかであった。
またたとえ寒さが厳しくなく、幸いにして氷が騎馬で渡れるほどの厚さにならなくとも、氷により船の航行の自由が奪われ、我が水軍は無力となってしまう。
そうなれば、奴らが船橋を造るのを最早防げぬ。何より逃げることができなくなることが最大の問題であった。
更に悪いことには敵の動きの少なさ、積極的に攻めて来ぬところを見ると、どうも冬を待っておるのではと疑わずにはおれぬ。
攻め来たってもやつらはすぐに帰るだろう。取るものを取れば。この地の多くの者同様ティムールもまたそう考えておった。
しかしその予想は外れつつある。サマルカンド陥落の報が入ったは春の始まり。それが今では秋の深まり行く中、夏鳥はとうの昔に去り、冬鳥の気の早い者が川面に見られるようになっておった。
帰らぬか。この地で一年を越すか。その想いはやはりスルターンの約束と結びつく。
たとえモンゴル軍が攻め来たっても、そなたは川が凍るまで持ちこたえてくれれば良い。それまでには我が騎馬隊が至り、モンゴル軍を駆逐しようぞとの。
その言葉を手紙にてわざわざ送って来たのは、スルターンがモンゴルの隊商を殺害した後のことであった。それを信じ、水上城塞をより堅固なものとし、装甲船を建造した。
そして、それらをあのモンゴルの使者どもに見せつけるため、わざわざここに立ち寄らせ、自ら会った。スルターンには使者が来たら、川を渡らせ、そのままサマルカンドへ至らせよとの命を受けておったので、そんなことをする必要もなかったのだが。
遂にここを捨てねばならぬか。その時が迫っておるのをティムールは認めざるを得なかった。いかにそれを望まぬとしても。
その季節の移り行きの様をながめておった者がもう一人。タタル氏族出身で、名をブジルといった。
この者はむしろ自らの内にある心の変化に、わずかばかりの驚きさえ感じておった。
身を焼き焦がさんばかりの焦燥。それが不思議と徐々にやわらいでおったのだ。
冬、来たらば。
そしてその冬は間近い。
ならば、ようやくと。
かつての恥辱を晴らすその時、殺されたブグラーのあだを果たすその時と。
この者はかつてそのブグラーと共にスルターンの下へチンギスの使者として赴いた。オトラルにての隊商虐殺の責を問うためであった。その際、ホジェンドを経由したために、その城主たるティムールと深い因縁を持つことになった。
その因縁ゆえにホジェンド征討に加わるを願い出て――やはり使者として赴いたスイケトゥ及びタタルの領袖たるシギ・クトクのとりなしもあり――許されて、今、ここにおるのだった。
ただ、その見つめる先はホジェンドの水上城塞ではなかった。それより下流の城市ファナーカト、その近くでアーハンガラーン川(今のアングレン川)がシルダリヤ川に合流する、その水面であった。
待っておったのだ。罠を仕掛けて。獲物が自らそこに至るのを。
(ブジルとティムールの因縁の話は、第1部終章の「問責の使者の1後編~2後編」にあります)
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