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第3部 仇(あだ)
91:母と子7:イラクのスルターン2
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人物紹介
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。
ルクン・ウッディーン:スルターンの息子、ゆえに王子。現在、イラクの地を委ねられておる。
ギヤース・ウッディーン:スルターンの息子、ゆえに王子。
人物紹介終了
別の息子のギヤース・ウッディーンとその母を、ここまで逃避行を共にして来た后妃たちと共に――テルケンと共にイーラール城に赴いた后妃たちとは別の者たちである――カールーン城に送ることを決めた。無論自らが生き残った時に備えてである。
ギヤースは己も他の王子と同様、父上の下に留まり、お役に立ちたいと申し出たが、スルターンはそのためにはまずはそなたが生き残ることだと告げて、許さなかった。
他方で己が生き残るための潜伏場所を見つけ出さなければならなかった。この城の南西に位置するルリスターン(現在のロレスターン)の支配者たるハザール・アスプを召喚すべく使者を発した。その領地内に最適なところがないかを尋ねるためであった。
この者はかつてセルジューク朝のアター・ベグであり、その崩壊後、小王国として独立したのである。背景として、トルコ・モンゴル系では、重臣をアター・ベグとして王子に授ける慣習があり、そもそもある程度の軍勢を自ら抱えておることに加え、王子の権威を後ろ盾に、より強大化する者たちがおったのである。
次にスルターンはルクン配下の現地の武将たちに同じ問いを発した。安全な避難所となりましょうし、またモンゴル軍を迎え撃つこともできましょうとして駱駝山を勧められた。
実際自ら赴いて調べ、武将たちの推薦するだけの険阻なところではあったが、その最中にある不安に駆られ、結局のところ断った。
「ここには隠れられるところもなく、ここの砦ではモンゴル軍の攻撃を持ちこたえられるはずもない」
と己の見方とは異なることをあえて述べて。
スルターンにとってはモンゴル軍に見つからぬことが何より大事であり、隠れ潜めるところでなければならなかった。迎え撃つことなど考えてもおらなければ、それに適した地か否かなど、どうでも良いことであった。
このルクンの三万の軍勢がおることが却って問題である。自ずとモンゴル軍の耳目を集めよう。それゆえこの地一帯は、己の潜伏先とはなりえぬと想えて来ておった。
呼び出しておったハザール・アスプが到着した。ハザールは謁見用の天幕にて、足下の絨毯に七度も接吻するほど大げさに忠誠を誓ってみせた。
それに気を良くしたスルターンはこの者にふんわりした客人用の椅子に座ることを許し、しばし酒とご馳走と女たちの歌舞にて歓待し、遠路の苦労をねぎらった。
その後にスルターンは自らの天幕に戻り、代わりにイマドともう一人の腹心を送り、三人でどこか良い潜伏先はないかを議論させた。ハザールは、ルリスターンとその南東に位置するファールスとの境にある山に籠もり、防衛拠点とするよう勧めた。そこならば、周辺の地は肥沃ゆえ糧食の心配はありませんし、また十万の歩兵を集めることができ、十分にモンゴル軍に対抗できますと。
その報告を受けたスルターンは、他人のはかりごとに対する持ち前の勘の良さから、ハザールの本当の狙いを見抜いた。これまで争って来たファールスのアター・ベグに対する敵意から出た策であり、我らを両者の間に置いてまんまと盾代わりに用いんとしておると。
「モンゴル軍が去ったならば、これらアター・ベグどもを征伐してくれよう」そう吐き捨てると、ハザールを追い返すべく命じた。
注1.ロレスターン、ファールス共に現在のイランの州の名になっており、グーグルマップでは「イラン ロレスターン」「イラン ファールス」で検索可能であり、およその地方が分かる。この時、セルジューク朝の遺臣が独立した勢力(アター・ベグ朝と呼ばれる)となり、各々割拠しておったのである。無論、現在の州とおおよその位置は同じであれ、その境域の広さは異なる。
注2.アミールはそもそも高位の武官を指し、高位の文官を指すワジールと対応するアラビア語である。この地がイスラーム化されると共に、ペルシア語世界にも入ったのである。
スルターンの称号が定着するまでは、アミールが多くのイスラーム朝で王号として用いられた。この時代にては、モンゴル語のノヤン、トルコ語のベグと同義とみなして問題ない。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。
ルクン・ウッディーン:スルターンの息子、ゆえに王子。現在、イラクの地を委ねられておる。
ギヤース・ウッディーン:スルターンの息子、ゆえに王子。
人物紹介終了
別の息子のギヤース・ウッディーンとその母を、ここまで逃避行を共にして来た后妃たちと共に――テルケンと共にイーラール城に赴いた后妃たちとは別の者たちである――カールーン城に送ることを決めた。無論自らが生き残った時に備えてである。
ギヤースは己も他の王子と同様、父上の下に留まり、お役に立ちたいと申し出たが、スルターンはそのためにはまずはそなたが生き残ることだと告げて、許さなかった。
他方で己が生き残るための潜伏場所を見つけ出さなければならなかった。この城の南西に位置するルリスターン(現在のロレスターン)の支配者たるハザール・アスプを召喚すべく使者を発した。その領地内に最適なところがないかを尋ねるためであった。
この者はかつてセルジューク朝のアター・ベグであり、その崩壊後、小王国として独立したのである。背景として、トルコ・モンゴル系では、重臣をアター・ベグとして王子に授ける慣習があり、そもそもある程度の軍勢を自ら抱えておることに加え、王子の権威を後ろ盾に、より強大化する者たちがおったのである。
次にスルターンはルクン配下の現地の武将たちに同じ問いを発した。安全な避難所となりましょうし、またモンゴル軍を迎え撃つこともできましょうとして駱駝山を勧められた。
実際自ら赴いて調べ、武将たちの推薦するだけの険阻なところではあったが、その最中にある不安に駆られ、結局のところ断った。
「ここには隠れられるところもなく、ここの砦ではモンゴル軍の攻撃を持ちこたえられるはずもない」
と己の見方とは異なることをあえて述べて。
スルターンにとってはモンゴル軍に見つからぬことが何より大事であり、隠れ潜めるところでなければならなかった。迎え撃つことなど考えてもおらなければ、それに適した地か否かなど、どうでも良いことであった。
このルクンの三万の軍勢がおることが却って問題である。自ずとモンゴル軍の耳目を集めよう。それゆえこの地一帯は、己の潜伏先とはなりえぬと想えて来ておった。
呼び出しておったハザール・アスプが到着した。ハザールは謁見用の天幕にて、足下の絨毯に七度も接吻するほど大げさに忠誠を誓ってみせた。
それに気を良くしたスルターンはこの者にふんわりした客人用の椅子に座ることを許し、しばし酒とご馳走と女たちの歌舞にて歓待し、遠路の苦労をねぎらった。
その後にスルターンは自らの天幕に戻り、代わりにイマドともう一人の腹心を送り、三人でどこか良い潜伏先はないかを議論させた。ハザールは、ルリスターンとその南東に位置するファールスとの境にある山に籠もり、防衛拠点とするよう勧めた。そこならば、周辺の地は肥沃ゆえ糧食の心配はありませんし、また十万の歩兵を集めることができ、十分にモンゴル軍に対抗できますと。
その報告を受けたスルターンは、他人のはかりごとに対する持ち前の勘の良さから、ハザールの本当の狙いを見抜いた。これまで争って来たファールスのアター・ベグに対する敵意から出た策であり、我らを両者の間に置いてまんまと盾代わりに用いんとしておると。
「モンゴル軍が去ったならば、これらアター・ベグどもを征伐してくれよう」そう吐き捨てると、ハザールを追い返すべく命じた。
注1.ロレスターン、ファールス共に現在のイランの州の名になっており、グーグルマップでは「イラン ロレスターン」「イラン ファールス」で検索可能であり、およその地方が分かる。この時、セルジューク朝の遺臣が独立した勢力(アター・ベグ朝と呼ばれる)となり、各々割拠しておったのである。無論、現在の州とおおよその位置は同じであれ、その境域の広さは異なる。
注2.アミールはそもそも高位の武官を指し、高位の文官を指すワジールと対応するアラビア語である。この地がイスラーム化されると共に、ペルシア語世界にも入ったのである。
スルターンの称号が定着するまでは、アミールが多くのイスラーム朝で王号として用いられた。この時代にては、モンゴル語のノヤン、トルコ語のベグと同義とみなして問題ない。
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