(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

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第3部 仇(あだ)

75:サマルカンド戦5

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  人物紹介
 ホラズム側
タガイ・カン:テルケン・カトンの弟。スルターンにとっては叔父。カンクリの王族。サマルカンド城代。

バリシュマス・カン、サルシグ・カン、ウラグ・カン、シャイフ・カン:サマルカンドの守将。カンクリ勢。

アルプ・エル・カン:サマルカンドの守将。マムルーク部隊を率いる。

 モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主。

トゥルイ:チンギスと正妻ボルテの間の第4子。

ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。

バラ・チェルビ:トゥルイ家の家臣。ジャライル氏族。

ジェベ:チンギスの臣。四狗の一人。ベスト氏族。

  人物紹介終了



 タガイ・カンの大部隊は続々と城外に出ておった。タガイは部隊を前軍・中軍・後軍に分けた。前日のバリシュマスの血気に当てられたタガイは、前軍の将の役回りを譲ろうとせず自ら率いることにし、中軍はシャイフ・カンに、後軍はウラグ・カンに任せておった。

 前軍は城門から出たところで、他の部隊を待たずに逃走を始めた。待っておっては、時がかかりすぎ、敵に囲まれる恐れがあった。更には、バリシュマスの隊のなす突撃に乗じる必要があった。それを迎え撃たんとしておるモンゴル部隊の左側を抜ける計画であった。

 シギ・クトクを含め、その隊の少なからずはその動きに気付いた。しかしまたもや対応が遅れた。そもそも前方で敵味方が退くことを知らぬ命のやり取りをしておる状況が、この者に大きな難題をもたらすことになった。

 新たな部隊を防ぐために動くならば、カンへの道を空けることになってしまう。ボオルチュの万人隊がおる。更にはカンの近衛隊ケシクテン万人隊もおる。通常なら我が動いても支障なきはず。しかしである。この突撃隊の尋常ならざる様が動くことを躊躇させた。

 ならば本来これに対して動くべきは、東門側を任されたジャライルのバラ・チェルビということになろう。しかしバラはバラで対応に追われておった。果敢な突撃を受けておったのだ。

 東城壁にある二門、その両方からであった。敵軍の突撃の激しさもあるが、何より自軍の兵の犠牲を嫌って、バラはその突撃を無理矢理抑えるのではなく、一端突破を許し、その後追撃する策へと変更した。



 敵の各軍は動かぬシギ・クトク部隊の横を抜けると、その先にて一つに合わさり、そのまま馬を疾駆させた。

 ただモンゴル側も黙って見逃す気はない。バラは半数、千人隊5隊を率いて追撃にかかった。同時に北門側を囲むトゥルイへも伝令を送り、敵兵の出撃を知らせ、追撃の応援を依頼した。



 そしてトゥルイが城の囲みに千人隊5隊を残し、残り15の千人隊を率いて追撃にかからんとした時のことであった。北門側でも動きがあった。敵軍が出撃して来た。

 その性格やこれまでの戦の経験、また好む戦のやり方などにより、対応は二つに別れた。あくまで命令を遵守し追撃にかからんとする者、そうではなく、まずは目の前の敵を迎え討たんとする者に。上は千人隊長から下は一兵卒まで。ゆえに指揮系統は乱れに乱れ、互いに進路をさえぎり、互いの動きの邪魔をする状況にトゥルイ隊は陥ったのである。

 更に出撃部隊の動きにより、一層戸惑うこととなった。バラの方からは、東門側で城内の騎馬隊が逃走を試みておるとの連絡が来ておった。対して北門出撃の部隊は歩兵を主力とし、攻撃しては来るものの、突破を図ることはなかった。こちらが押し返せば、引き下がり間合いを保つという戦い振りであった。トゥルイが逃走の意思なしと結論付けるまでしばしの時間がかかったのであった。



 ボオルチュの方は至急チンギスに追撃の許可を求めておった。シギ・クトクの軍は敵を迎え撃つために動けぬと判断し、ならば自らが万人隊を率いてこれを追わんと。



 またモンゴル軍側が何の備えもしておらぬ訳ではなかった。敵軍が逃走を図るのではないかということは、先の住民軍の動きから、またブハーラー攻囲の時のこともあり予期しておったのだ。このサマルカンド駐留軍はブハーラーに倍するとの情報を得ておったが、それでもなおありうるとして。チンギスはジェベの万人隊をアムダリヤ川との間に配備しておった。



 結果として、逃走軍のすぐ後ろをバラの隊が追い、やや遅れてボオルチュの隊、更にその後方からトゥルイの隊が追撃に入っておった。そしてジェベが前方で待ち構えるという状況であった。
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