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第3部 仇(あだ)
64:オトラル戦27:突破作戦4日目の朝2
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人物紹介
ホラズム側
ソクメズ:騎馬隊副隊長
テグミッシュ:ソクメズの副官
モンゴル側
イェスンゲ:黒トク。次弟カサルの子供 (チンギスにとってはオイ)。
人物紹介終了
吹きすさぶ寒風の中を疾駆しておるのに、いつしか、それがもたらす痛みを顔に感じなくなっておった。果たして感覚が麻痺したのか、それとも、これから起こるであろうことに心のみでなく身も占められておる、そのゆえか。いずれにしろ、その疑念もろともにソクメズは断じた。
「テグミッシュ。そろそろだ。速度を少し落とせ」
かたわらにて騎馬を駆る副官に声をかける。そしその者からやはり後続へと伝えられる。
「別れるぞ」
やはりテグミッシュが復唱し、後続へと。それと共にそれまでひとかたまりにて進んで来た一団が、まるで縦に裂かれる如くに2つに割れた。これまた、あらかじめ決められたことであった。
そしてソクメズ率いる1隊は左へ、テグミッシュ率いる別隊は右へと向かい、そのまま大回りに旋回を始める。戸惑いつつも追って来るモンゴル軍をその後ろに引き連れてであった。
そのままぐるり回れば、そのモンゴル軍の横っ腹へと向かうことになる。もちろん、モンゴル軍もそれに気付かぬはずではない。こちらに備えんとする。
ただこちらの意を図りかねておるのだろう。動きに明らかに乱れが生じた。あの黒トクが率いて、なおであった。それが、通常採られぬ戦法ゆえであろう。
戦なら、まずは、勝とうとする、そして、それができねば、生き延びるために逃げようとする。そのどちらでもなかったゆえに。
自ら敵に挟まれる如くに動くバカがおる。そう想っておるのが丸わかりであった。
そうして、ソクメズは左から、テグミッシュは右から、モンゴル軍のどてっぱら――今では、こちらに馬首を向けんとしておったが――そこに突撃をかけた。
狙い通りであった。まさに乱戦。矢が乱れ飛び、槍が振るわれ、剣がなぎはらわれる。恐怖とその裏返しの勇猛さが、ここにおる多くの者の心を支配した。
ソクメズは槍を振るいつつ――この乱戦では、矢は自軍の兵を射かねなかった――目の端で黒トクの姿を求め続ける。
ただ敵味方入り乱れての乱戦では、なかなか想うようには行かぬ。まさに生き死にの境にて命のやり取りをしておる真っ最中であれば。
無論、ソクメズも敵中に一人孤立しておる訳ではない。そうであれば、既に討ち取られていよう。互いに背を守り合うべく、できるだけ味方で固まろうとする。
とはいえ、黒トクは是が非でも討ち取りたい。無論、大功を求めてではない。それを欲するは、この後、己が生きると想えばこそ。それが望み得ぬことは既に覚悟の内。
そうではなく、この後のモンゴルとの戦、特にウルゲンチにての決戦に黒トクがおっては、我らにとっての大患になりかねぬ。
刺し違えてでも。とはいえ、そこまでの想いがあっても、見つけられなければ、如何ともしがたい。
先に目に入ったのは、黒トクではなく、副官のテグミッシュであった。そして相手もこちらに気付いたらしい。互いに少しずつ近付く。テグミッシュもやはり少なからず味方を引き連れておる。そして2つの集団が一つになり、より大きなものとなった。それでソクメズは少し余裕ができた。
そして一端見回すを得れば、すぐに見つけることができた。まさに、かかげられた黒のトクのおかげであった。再び少し離れてしまったテグミッシュの方へ、にじり寄る。
「黒トクを討つぞ」と声をかける。
皆まで説明する必要はなかった。テグミッシュもまたやはり煮え湯を呑まされた口である。
まさに血路を開きつつ進む。黒トクは動かぬのか動けぬのか、いつもの機動は見せぬ。
――動けぬとしたら、こちらが乱戦に持ち込んだゆえ。
――動かぬとしたら、こちらを待ち構えておるのである。
矢がかすめる。それくらいなら、まだ良い。それが味方に当たるなら、まさに身の守りを一枚一枚はがされるに等しい。
槍が飛び込んで来れば、こちらも突き返す。
かたわらのテグミッシュがうめき、そちらを見ると、馬から転がり落ちた。矢で射られたのか槍で突かれたのか、判然とせぬし、といって、確かめる余裕も無い。
弓を捨てたのが悔やまれた。
「誰か。弓を渡せ」
そう怒鳴るも、応える者はおらぬ。
この乱戦である。すぐ近くに敵がおっては、無論、矢をつがえる間などあろうはずもない。ある者は槍に、ある者は剣にと持ち替えておった。
せめてもの一太刀をあびせねば。ただ、それを願い、少しずつとはいえ、近づき行く。当然敵兵も安々と接近を許すはずもなく、次から次へと身を割り込ませて進路をふさがんとする。
倒しても倒しても至れぬ。そして敵を一兵倒せば、味方もまた一兵が地に崩れ落ちる。
そもそも大きく数にて劣る。ゆえに、こちらが先に全滅するは明らかであり、勝敗も、また。
(至れぬか。ならば・・・・・・)
ソクメズはやおら手に持つ槍を放った。黒トクを狙ったのであったが、ただ、それはあらぬところに落ちた。もちろん、当たることまでは期待しておらぬ。挑発せんとしたのである。
それで、黒トクが怒って、こちらに馳せ来れば・・・・・・と。
(来ぬか。どうやら阿呆ではないらしい)
腰の剣を抜き敵を斬りふせようとしたとき、顔に激しい痛みを感じ、次には全身を打つ激しい痛みが。意識が薄れるとともに痛みも薄れ、やがて死による安息が、この者の身体と魂を覆った。
ホラズム側
ソクメズ:騎馬隊副隊長
テグミッシュ:ソクメズの副官
モンゴル側
イェスンゲ:黒トク。次弟カサルの子供 (チンギスにとってはオイ)。
人物紹介終了
吹きすさぶ寒風の中を疾駆しておるのに、いつしか、それがもたらす痛みを顔に感じなくなっておった。果たして感覚が麻痺したのか、それとも、これから起こるであろうことに心のみでなく身も占められておる、そのゆえか。いずれにしろ、その疑念もろともにソクメズは断じた。
「テグミッシュ。そろそろだ。速度を少し落とせ」
かたわらにて騎馬を駆る副官に声をかける。そしその者からやはり後続へと伝えられる。
「別れるぞ」
やはりテグミッシュが復唱し、後続へと。それと共にそれまでひとかたまりにて進んで来た一団が、まるで縦に裂かれる如くに2つに割れた。これまた、あらかじめ決められたことであった。
そしてソクメズ率いる1隊は左へ、テグミッシュ率いる別隊は右へと向かい、そのまま大回りに旋回を始める。戸惑いつつも追って来るモンゴル軍をその後ろに引き連れてであった。
そのままぐるり回れば、そのモンゴル軍の横っ腹へと向かうことになる。もちろん、モンゴル軍もそれに気付かぬはずではない。こちらに備えんとする。
ただこちらの意を図りかねておるのだろう。動きに明らかに乱れが生じた。あの黒トクが率いて、なおであった。それが、通常採られぬ戦法ゆえであろう。
戦なら、まずは、勝とうとする、そして、それができねば、生き延びるために逃げようとする。そのどちらでもなかったゆえに。
自ら敵に挟まれる如くに動くバカがおる。そう想っておるのが丸わかりであった。
そうして、ソクメズは左から、テグミッシュは右から、モンゴル軍のどてっぱら――今では、こちらに馬首を向けんとしておったが――そこに突撃をかけた。
狙い通りであった。まさに乱戦。矢が乱れ飛び、槍が振るわれ、剣がなぎはらわれる。恐怖とその裏返しの勇猛さが、ここにおる多くの者の心を支配した。
ソクメズは槍を振るいつつ――この乱戦では、矢は自軍の兵を射かねなかった――目の端で黒トクの姿を求め続ける。
ただ敵味方入り乱れての乱戦では、なかなか想うようには行かぬ。まさに生き死にの境にて命のやり取りをしておる真っ最中であれば。
無論、ソクメズも敵中に一人孤立しておる訳ではない。そうであれば、既に討ち取られていよう。互いに背を守り合うべく、できるだけ味方で固まろうとする。
とはいえ、黒トクは是が非でも討ち取りたい。無論、大功を求めてではない。それを欲するは、この後、己が生きると想えばこそ。それが望み得ぬことは既に覚悟の内。
そうではなく、この後のモンゴルとの戦、特にウルゲンチにての決戦に黒トクがおっては、我らにとっての大患になりかねぬ。
刺し違えてでも。とはいえ、そこまでの想いがあっても、見つけられなければ、如何ともしがたい。
先に目に入ったのは、黒トクではなく、副官のテグミッシュであった。そして相手もこちらに気付いたらしい。互いに少しずつ近付く。テグミッシュもやはり少なからず味方を引き連れておる。そして2つの集団が一つになり、より大きなものとなった。それでソクメズは少し余裕ができた。
そして一端見回すを得れば、すぐに見つけることができた。まさに、かかげられた黒のトクのおかげであった。再び少し離れてしまったテグミッシュの方へ、にじり寄る。
「黒トクを討つぞ」と声をかける。
皆まで説明する必要はなかった。テグミッシュもまたやはり煮え湯を呑まされた口である。
まさに血路を開きつつ進む。黒トクは動かぬのか動けぬのか、いつもの機動は見せぬ。
――動けぬとしたら、こちらが乱戦に持ち込んだゆえ。
――動かぬとしたら、こちらを待ち構えておるのである。
矢がかすめる。それくらいなら、まだ良い。それが味方に当たるなら、まさに身の守りを一枚一枚はがされるに等しい。
槍が飛び込んで来れば、こちらも突き返す。
かたわらのテグミッシュがうめき、そちらを見ると、馬から転がり落ちた。矢で射られたのか槍で突かれたのか、判然とせぬし、といって、確かめる余裕も無い。
弓を捨てたのが悔やまれた。
「誰か。弓を渡せ」
そう怒鳴るも、応える者はおらぬ。
この乱戦である。すぐ近くに敵がおっては、無論、矢をつがえる間などあろうはずもない。ある者は槍に、ある者は剣にと持ち替えておった。
せめてもの一太刀をあびせねば。ただ、それを願い、少しずつとはいえ、近づき行く。当然敵兵も安々と接近を許すはずもなく、次から次へと身を割り込ませて進路をふさがんとする。
倒しても倒しても至れぬ。そして敵を一兵倒せば、味方もまた一兵が地に崩れ落ちる。
そもそも大きく数にて劣る。ゆえに、こちらが先に全滅するは明らかであり、勝敗も、また。
(至れぬか。ならば・・・・・・)
ソクメズはやおら手に持つ槍を放った。黒トクを狙ったのであったが、ただ、それはあらぬところに落ちた。もちろん、当たることまでは期待しておらぬ。挑発せんとしたのである。
それで、黒トクが怒って、こちらに馳せ来れば・・・・・・と。
(来ぬか。どうやら阿呆ではないらしい)
腰の剣を抜き敵を斬りふせようとしたとき、顔に激しい痛みを感じ、次には全身を打つ激しい痛みが。意識が薄れるとともに痛みも薄れ、やがて死による安息が、この者の身体と魂を覆った。
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