(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

文字の大きさ
上 下
99 / 206
第3部 仇(あだ)

57:オトラル戦20:2人の指揮官2

しおりを挟む
  人物紹介
 ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。

カラチャ・ハース=ハージブ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。

 モンゴル側
チャアダイ:チンギス・カンの第2子

オゴデイ:同上の第3子
  人物紹介終了



 しかし無情にも時は過ぎ行き、そしてモンゴル軍は結局のところ撤退しなかった。そして兵はますますやせ細り、馬の数はますます減った。



 遂に籠城が二月余りを越えた時に、カラチャはイナルチュクに二人きりでの面会を求めた。許しが出たので、約束の刻限に本丸の最上階にある居室を訪ねた。

 カラチャの意を誤解して、結束をより確かなものとするための小さな宴をとでも想ったのか、召使いが小テーブルに食事や酒を整えておった。

「長居はせぬゆえ、この者たちを早く部屋から出してくれ」と告げた。

 許しも求めずに、椅子に腰を落とした。イナルチュクとはテーブル越しに対面する形となる。さすがに兜は着けておらぬとはいえ、カラチャがほぼ軍装で訪れたのに対し、イナルチュクは軍装を解き、ゆったりした服に身を包んでおった。

 イナルチュクも自らの誤解に気付いたろうが、そのことについては今更と想ったのか、何も言おうとせぬ。カラチャは早速に用件に入った。

「この状況ではやがて食べる物も尽きましょう。保って、あと数週間。そうなればたとえ城を守り通したとしても、待つのは飢え死にのみ。イナルチュク・カンは、開城降伏の道は考えておられぬのか」

 イナルチュクにぎょろりとにらみつけられた。

 返答は「それはありえぬ」とだけ。随分落ち着いた声との印象をカラチャは受けた。それはカラチャにとっても予想しておったものでもあり、尋ねたのはあくまで確認のためであった。

 降伏せぬということが何を意味するかは明らかであったので、説得する気もなかった。果たして死を覚悟した武将が、誰の言葉であれそれが降伏を勧めるものである以上、受け入れることなどあろうか。



 しかし自将に対してはそうは行かぬ。カラチャは居所に戻った。そこはスルターンなどの貴人がオトラルを訪ねた時に滞在する館であり、本丸のすぐ近くにあった。援軍に駆けつけた際、イナルチュクによりどうぞご自由にお使い下さいと割り当てられたのだった。それゆえ己と配下の武将とで共用しておった。

 早急に武将たちを普段共に食事を取る一室に集めた。カラチャはあえて主従の礼を望まず、床に敷物を敷いて車座となり、これからどうするかを論じた。

 そして説得の要があれば、身を乗り出し膝を突き合わせて諭した。まるでモスクにて師が弟子に接する如くに。

 中には、徹底抗戦をあるいは脱出路を切り開くことを主張する者がおった。カラチャは、前者には、それが死を意味する他ない状況であることを諭してそれをあきらめさせ、そして後者には、最早十分な馬が残っておらぬこと、そして馬がない兵はどうするのだ、無用に殺されるだけではないかと問うた。

 更には生命を永らえてこそ、ホラズムの再興に力を尽くせよう。それためにこそ、スルターンに大恩ある我らマムルークは生き永らえるべきであると説いた。



 こうしてカラチャの部隊はその日から三日目の夜に動いた。イナルチュクがその動きを妨害するのではないか、そうカラチャは危惧したが、それはなかった。

 寒風の吹きすぎる中、カラチャはモンゴル軍へ投降の意思を伝えてから、その部隊を率いて城外へ出た。迎えに出たモンゴルの将に案内されて、片付けられぬままの敵味方のむくろを避けつつ、敵の本陣とおぼしきものに向かった。



 モンゴル軍の対応はカラチャの期待に反したものであった。チンギスは息子たちに厳命しておったのだ。とはいえ、それはカラチャの知る由もないこと。

 その命いわく、『このオトラル戦は、虐殺された隊商の仇を果たすためのものであり、また、その張本人たるイナルチュクを罰するための戦である。決して降伏を勧告するな。また敵がそれを願い出たとしても、許してはならぬ。あくまで武力により殲滅せよ』

 ゆえにカラチャの兵については助命し自軍に組み入れたが、カラチャ以下その将の方は一人残らず殺した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

連合艦隊司令長官、井上成美

ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。 毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!

処理中です...