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第3部 仇(あだ)

53:長春真人、駄駄をこねる

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 そのお人は古稀(数え70才)をとうに過ぎたご老人、道教の師たる長春真人であった。
 チンギス・カンに自らの下を訪れるよう、呼ばれておった。

 ダーニシュマンドがテルケンと謁見する、その少し前のこと。
 1220年の1月18日(陰暦。以降も同じ)に山東半島の莱州(らいしゅう)にある昊天観を発した。(XX観とは道教の寺院のことである)
 ただ本気で行く気はなかった。
 あくまで行った振り、行った振りという奴であった。

 それから、かつての金国の首都たる中都(北京)に至る。
 キタイ勢の驍将たる石抹明安の息子に歓待され、玉虚観に滞在する。
 この時チンギスが西征に赴いたことを知る。
 ただ、このご老人、ここでがっかりするどころか、むしろこれは何たる幸運としか想わぬ。
 そう、それを理由に行かずに済まそう。
 カンが帰って来るのを待とう。
 早速、それをこいねがう文をしたため、カンに送る。
 4月に出発し、居庸関を経ても大して進まぬ。
 5月その少し先の徳興府に入り、龍陽観にてぐずぐずする。
 そして8月、そのお隣の宣徳州にようやく進む。
 阿海の弟の禿花(トカ)の招きに応じ、そこの朝元観に更に2ヶ月ほども滞在している。
 行く気はないよ! という訳である。

 ただモンゴル高原の留守を預かる(カンの)末弟オッチギンより、己のところにも寄って欲しいとの依頼を携えた使者が来たので、
――要は遠回しにであるが、改めて早う来いとの催促があったので、
――仕方なく出発することとなった。
 その際、招きに応じたお礼として、禿花は朝元観に新たに堂殿を建て、そこに道教神の尊像を安置した。

 とはいえ、このご老人、まだあきらめた訳では無かった。
 そう、前述の如く、中都におる時に、「行きたくないのじゃ。カンの帰りを待つのじゃ」との想いをそのまま書くわけには行かずとも、それを婉曲に訴えた手紙をカンに送っておった。
 それが認められ、結局、行かずに済むのではないか、そう想いつつ進む。
 ゆえに当然、その歩みは遅い。
 そう。やはり行く気はないよ!!という訳であった。

 ただ、カンよりその返信が来て
――これは耶律楚材が書いたものであったが
――そこにて、老子が西方天竺に赴いて仏教を開いたとの『老子化胡教』の伝承を持ち出され、だから、長春さん、あなたも当然来られるのでしょうと、暗に諭されて、逃げ道を塞がれ、いよいよあきらめることとなった・・・・・・はずであるが、やはり、である。
 これから冬である。
 ゆえにこの年は、ゴビ砂漠に入ることもなく戻り、翌春を待って再出発するとした。
(簡単にあきらめるものか。
 もしかしたら、カンは足早に帰って来るかもしれぬ。)
 そう期待しつつ待つも、それはかなわず。

 結局、翌春(1221年)、出発するのだが。
 その内心は
(行きたくねえな)
(わしに死ねというのか)
(わしがいくつと想っておるのか)
 との想いに占められておった。
 そして、ついには、その鮮烈なる魂の叫びがゴビの荒天にこだました
「わしは行きたく無いんじゃー」
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