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第3部 仇(あだ)
52:テルケン・カトンへの使者3:ダーニシュマンドの野心7
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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ダーニシュマンド・ハージブ:チンギスの臣。ホラズム国出身の文官。チンギスにテルケン・カトンへの使者を願い出て、許され、現在、赴いている途中である。
ホラズム側
テルケン・カトン:先代スルターン・テキッシュの正妻にして、現スルターン・ムハンマドの実母。カンクリの王女。
人物紹介終了
チンギスの使者たるダーニシュマンドは、ブハーラーより逃走して来たホラズムの将たるオグルの隊中に組み込まれて、ウルゲンチ近郊に達した。
その途上にて度々阻み迂回を強いたのは、各所にできた氾濫原であった。
アムダリヤ川やその支流から溢れ出したものと想われた。
これではカンの軍勢も進軍に苦労しようと想われたが、しかしそれに苦しめられることはあるまいとすぐに結論づけた。
テルケン・カトンは己の説得に応ずるはずであるから。
先日の殺されておってもおかしくない状況で命を取られずに済んだのは、ただこの説得の成功を神が定め給うたゆえである。
ウルゲンチに到着したダーニシュマンドは、テルケンとの謁見を許された。
テルケンはゆったりした白の外衣に身を包んでおり、頭にも顔にも宝石の類いは一切付けておらず、ただ猛禽の尾羽のみをあしらった長帽をかぶり、その下からあらわにするは小さき鼻と鋭き眼光であった。
その女帝に対し、ダーニシュマンドは足下の床に接吻して最上の敬意を示して後、口舌の限りを尽くして説得を試みた。
ボオルチュからことづかった提案の内容は、一つ残らず伝えた。
二人のモンゴル人は全く口を開こうとしなかった。
使者が勝手に内容をねじ曲げぬように、カンは重要な用向きには常々二人以上を派遣すると聞いたことがあった。
この者たちの役目もそれであろう。
そうみなしたダーニシュマンドは、邪魔が入らぬは好都合とばかりに一人長広舌をふるった。
特にチンギスの英明さとモンゴル軍の強大さを、言葉を尽くして説明した。
それを力説する弁舌は自ずと熱を帯びたものとなった。
謁見の間を去ることを許された時には、テルケンの耳に、その言葉のみならず、その熱意も届いたとの手応えを確かに感じておった。
他方テルケンはといえば。
「あのような謙遜という言葉を知らぬ、野心をみなぎらせた男を我に送りつけて来るとは、チンギスには人を見る目がないのか。
あるいは我を愚弄してのことか。
口を開けば、その出て来る言葉は自らの君主へのお追従ばかり。
それを聞く我の気持ちを慮ることもできぬ。
自らの弁舌に酔って喋り続ける手合い。
野心と過信が混ざり合ってできあがったごろつき。
あれは私欲の導くままに、わざわいに飛び入る男。
果たして何を望んであの者を信じ、自らもその中へ飛び入らんとしようか」
と同席した者に憤懣をぶちまけることとなった。
被害をこうむったはフマル・テギン、ウルゲンチの城主でありテルケンの兄弟であった。
ウルゲンチに集う将の多くは使者の来訪を後に知り、捕らえて必要な情報を聞き出した上で殺すべきですと進言した。
それをテルケンは退けた。
そしてチンギスの要求したところの返使を同行させることなく、ダーニシュマンドを帰した。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ダーニシュマンド・ハージブ:チンギスの臣。ホラズム国出身の文官。チンギスにテルケン・カトンへの使者を願い出て、許され、現在、赴いている途中である。
ホラズム側
テルケン・カトン:先代スルターン・テキッシュの正妻にして、現スルターン・ムハンマドの実母。カンクリの王女。
人物紹介終了
チンギスの使者たるダーニシュマンドは、ブハーラーより逃走して来たホラズムの将たるオグルの隊中に組み込まれて、ウルゲンチ近郊に達した。
その途上にて度々阻み迂回を強いたのは、各所にできた氾濫原であった。
アムダリヤ川やその支流から溢れ出したものと想われた。
これではカンの軍勢も進軍に苦労しようと想われたが、しかしそれに苦しめられることはあるまいとすぐに結論づけた。
テルケン・カトンは己の説得に応ずるはずであるから。
先日の殺されておってもおかしくない状況で命を取られずに済んだのは、ただこの説得の成功を神が定め給うたゆえである。
ウルゲンチに到着したダーニシュマンドは、テルケンとの謁見を許された。
テルケンはゆったりした白の外衣に身を包んでおり、頭にも顔にも宝石の類いは一切付けておらず、ただ猛禽の尾羽のみをあしらった長帽をかぶり、その下からあらわにするは小さき鼻と鋭き眼光であった。
その女帝に対し、ダーニシュマンドは足下の床に接吻して最上の敬意を示して後、口舌の限りを尽くして説得を試みた。
ボオルチュからことづかった提案の内容は、一つ残らず伝えた。
二人のモンゴル人は全く口を開こうとしなかった。
使者が勝手に内容をねじ曲げぬように、カンは重要な用向きには常々二人以上を派遣すると聞いたことがあった。
この者たちの役目もそれであろう。
そうみなしたダーニシュマンドは、邪魔が入らぬは好都合とばかりに一人長広舌をふるった。
特にチンギスの英明さとモンゴル軍の強大さを、言葉を尽くして説明した。
それを力説する弁舌は自ずと熱を帯びたものとなった。
謁見の間を去ることを許された時には、テルケンの耳に、その言葉のみならず、その熱意も届いたとの手応えを確かに感じておった。
他方テルケンはといえば。
「あのような謙遜という言葉を知らぬ、野心をみなぎらせた男を我に送りつけて来るとは、チンギスには人を見る目がないのか。
あるいは我を愚弄してのことか。
口を開けば、その出て来る言葉は自らの君主へのお追従ばかり。
それを聞く我の気持ちを慮ることもできぬ。
自らの弁舌に酔って喋り続ける手合い。
野心と過信が混ざり合ってできあがったごろつき。
あれは私欲の導くままに、わざわいに飛び入る男。
果たして何を望んであの者を信じ、自らもその中へ飛び入らんとしようか」
と同席した者に憤懣をぶちまけることとなった。
被害をこうむったはフマル・テギン、ウルゲンチの城主でありテルケンの兄弟であった。
ウルゲンチに集う将の多くは使者の来訪を後に知り、捕らえて必要な情報を聞き出した上で殺すべきですと進言した。
それをテルケンは退けた。
そしてチンギスの要求したところの返使を同行させることなく、ダーニシュマンドを帰した。
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