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第3部 仇(あだ)

48:ブハーラー戦17:本丸戦9:亡霊8

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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主

耶律(ヤリツ) 阿海(アハイ):チンギスの家臣。キタイ族。
人物紹介終了




 本丸の内、その城門近くの1室にチンギスは至った。
 血の跡があちこちにこびりついておった。
 それどころか、未だそこには血の臭いが充満しておった。
 まず、戦った者のところへ案内せよとの己の言に従い、阿海に導かれてのことであった。
 中には傷を負った者も多い。
 床に寝かされ、生きておるのか否か定かならぬ者もおった。
 立ち上がろうとする者がおる。
 チンギスは立つなと命じた。
 更には、体を休めよ、寝ていよと。
 そして、いっそ己がここで告げるかと想いなした。
 この者たちにとっては、何よりの慰労となろうゆえに。
「皆の者、よくぞ成し遂げた。
 阿海には、こたびの褒賞として、サマルカンドの城代を約束した。
 よいか。後の心配は無用ぞ。存分に休め。
 サマルカンドは我らに任せよ。
 必ず落とす」
 チンギスが言い終えると、喜びの声を聞き、うれしげな表情を見ることができた。

 チンギスは次に討ち取った将の首を置く部屋に案内された。
 一つ一つ見てみるも、あやつの顔はなかった。
 ただチンギスの妄念は次の如くの言葉を吐かせることとなった。
「兵の顔も確認したい。
 兵の姿に身をやつして、逃げようとしたかもしれぬ」
 そして兵の遺体が詰め込まれたいくつもの部屋、そこにてランプをかざして一体一体顔を確認するも、やはり無かった。

(ジャムカ・・・・・・。
 やはり、死んでおるのか?)

 チンギスは阿海に、
「ご苦労であった。そなたも休め」
 と言い渡した。
 途中まで同道した阿海は、家中の者の方に向かう。

 チンギスは一人、外へ出た。
 その姿を見て、近衛隊ケシクテンの一隊を率いる隊長が急ぎ駆けよろうとするのが見えた。
 チンギスは手を上げて、それを止めた。
 そもそも、本丸に入るに際して、外で待てとチンギス自ら命じておったのであった。
 そしてあやつを捜す。
 同族ゆえ、外見は我らそっくり。
 言葉にも苦労せぬ。
 モンゴル兵に化けて、まだ留まっておるかも知れぬ。
 ただ逃げ穴は遠く外城のある館へとつながっておったと聞いた。
 あえて本丸の方へ戻って来ることはないか?
 例え千載一遇の我の命を狙える機会があるかもしれぬとしても。
 自らの身をさらして、ジャムカが姿を現わすのをしばし待ちつつも、惑いは止まらぬ。

 外城の城門を閉ざし、全員の顔をあらためるという方法も無くはない。
 しかしありえぬだろう。あの者が生きているなど。
 むしろ己の妄念が、あの者の亡霊を見たがっておるのではないか? 
 あらためるには理由が必要。
 ジャムカがおるかもしれぬ。
 そんな妄念を我が抱いておると知ったら。
 将兵はいかなる不安を抱くか?
 そのような危険を冒してやることでは、当然ない。
 ありえぬ。
 チンギスは、そう断じ、この時までその姿を求めておった眼を、意思の力でそらし、近衛隊長の方を見て、手招きした。



 他方、阿海。
 ケガを負い、横たわる者たちひとりひとりに声をかける。
 先のカンの命があったにもかかわらず、やはり身を起こそうとする者がおり、その者たちにはあらためて、その必要はない、よくぞ生きて帰ったと声をかける。
 中には阿海の言葉に涙を流す者さえおる。
 ただ阿海の心は苦々しき想いに留まらざるを得なかった。
 先遣隊の被害は大きかった。
 兵は200人以上を失った。
 報告によれば、敵が地の利を活かし、待ち伏せを多用してきたと聞く。
 メンスゲは腕を負傷した。
 あれではもう弓は射られまい。
 騎射をこそ誇りとするキタイの武人としては、残念に他ならぬが、命があっただけましというもの。
 百人隊長は薬師奴を含め4人を失った。
 もう、あの者たちの顔を見、声を聞くことはできぬのだ。
 将の死傷が多いのは、大功を求めたゆえであろう。
 グル・カンを捉えておったならば、報われたのか?
 阿海にも分からなかった。
 今回の本丸攻めを志願したことも含めて。
 この齢になっても分からぬか。
 つくづくそう想わざるを得ぬ。

 かつて我は弟の禿花(とか)と共に金国を見限り、カンに身を寄せた。
 その後、我の妻子を金国が捕らえたと聞くと、カンの同族にして重臣たるマングト氏族の娘と私をめあわせてくださった。
 そのありがたさに感じ入り、息子には当然、マングダイと名づけた。
 更に金国への侵攻の際には、妻子を取り戻してくださった。
 我の想いは、忠誠はただカンお一人に向けられている。

 さらにこたびカンにサマルカンド大城の城代を約束された。
 本来なら、感涙してもおかしくないほどの褒賞。
 カンは我にも我が家中にも存分に意を払っておられる。
 にもかかわらず、そうならなかったのは、己の内にこの苦悶があるゆえに他ならぬ。

 カンの軍隊は貪婪に敵を呑み込まんとしておる。
 他方、その中におる我らでさえ、勢力を保つのは困難に想える。
 あるいは、そうではないのか?
 大功を求めず、安穏に生きる道もあるのか?
 眼前の負傷した者たちを見ては、阿海は落涙せざるを得なかった。
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