(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

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第3部 仇(あだ)

46:ブハーラー戦15:本丸戦7:亡霊6

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「どうした?」
 薬師奴が尋ねると、

「逃げ穴とおぼしきものを見つけました」
 とのことであった。

 そこは階段で降りたところからかなり離れておった。
 建物の端まで来たのか、と想われるほどであった。
 地下へと通じる階段があった。
 発見した者たちのうちの2人が既にランプを携えて、そこに降りておった。
 己も降りる。
 決して広くない。
 ただ10人程度は一緒に入れよう。
 あくまで立ってであるが。
 そしてそれがあった。
 横に開いておる。
 高さは人の頭以上。
 幅も2人は並んで通れる。
 逃げ穴というより、いざという時の物資を運び入れるための通路か?
 それでも入るか否か、どうするか?
 ただ敵が逃げたら逃げたで、あるいは逃げなかったら逃げなかったで、この先がどこに通じておるか、調べる必要はあった。
 何ゆえ、この先を調べぬのか?
 何ゆえ、敵が逃げたのに追わなかったのか?
 そう問われたならば、反駁する言葉が己の内にはなかった。
 急ごしらえで、盾の前側にランプを固定できるようにする。
 敵が待ち構えておらぬとも限らぬのだ。
 そして兵の1人に持たせ、先頭を行かせる。
 我はそのすぐ後ろにて剣を抜いて続く。
 もう2人、やはり剣を構えつつ我の後ろに縦列を組む。
 そして更にその後ろに2人の弓兵が横に並ぶ。
 その6人編成で進むことにした。
 ランプが灯されておるとはいえ、たいして先は見えぬ。
 敵がランプを消して待ち構えるなら、こちらの動きのみが丸わかりとなろう。
 とはいえ、ランプを消して進むのもどうかと想われた。
 それで条件が同じになる訳ではない。
 敵にとっては勝手知ったる通路である。
 暗闇なら、一層、敵に有利となる。
 しかも灯りが無ければ、こちらはまさに壁面を手探りしながら進むことになる。
 対して敵は、自らに都合の良い場所を選び、そこでただ待ち受ければ良いのだ。
 となれば、尚更、敵の利が増す。
 とにかく、矢ならば、盾で防げるのだ。
 剣で来たなら、こちらも我も含め3人おる。
 そう好き放題できるものではなかろう。
 何より、相手が剣を用いるなら、打ちかかられる前に、その姿を視認できるはずであった。
 そう結論を出したのであった。

 何ごともなく、しばらく進んだ後のこと。
 ガキッ。
 不意に盾が上方へ跳ね上げられた。
 ランプが盾から外れ、天上に当たったのだろう、上から音がした。
 ただ盾の影になり、却って目の前は暗くなる。
 薄闇に何かがきらめいた。
 次に前の者から「グホッ」との声ともうめきともつかぬものが漏れ、己の方にのしかかって来た。
 我は危うくその者を傷つけそうになり、慌てて剣先を逃がし、空いている方の手で味方を支えようとする。
 ただむなしくその者は地へとずり落ちた。
 地に落ちたランプの油がこぼれ、それに燃え移ったようで、敵との間にいきなり炎が上がる。
 浮かび上がったは槍。
(この狭きところでか)
 それを持つ一人の男。
 そのまなこは、ランプの灯りのために赤く照り映え、まるで暗闇に現出した亡霊まがいにしか見えぬ。
 そう認識した時には、既に槍が己の脇腹を貫いておった。
 必死でその柄をつかみ、奪わんとする。
 この間に味方が斬りつければ。
 ただ、胸を蹴られた。
 後ろに倒れ、しかも槍から手を離してしまう。
 先ほどと同じであった。
 己が後方の者の邪魔となってしまった。
(しりぞ・・・・・・)
 そう言おうとするも、喉から湧き出る血のために、言葉が出て来ぬ。
 すぐ間近で数人の足音が入り乱れ、更には、うめき声と悲鳴、やがて足音が遠ざかるのが聞こえた。
 その数もいずれの方角からとも、分からなかった。
 意識が朦朧とし、また、そもそも自らがどちらを向いて倒れておるのかも判然とせぬ。

 逃げるを得たのか?
 全員殺されたのか?
 矢で射るなら、槍の間合いにも対応できよう。
 それもこちらの味方の死体を利用されなければだが。
 それを確かめることもできぬまま、薬師奴はこときれた。
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