87 / 206
第3部 仇(あだ)
45:ブハーラー戦14:本丸戦6:亡霊5
しおりを挟む
人物紹介 モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
耶律(ヤリツ) 阿海(アハイ):チンギスの家臣。キタイ族。
耶律 綿思哥(メンスゲ):阿海の次男。
ブハーラー本丸攻めの先遣隊を率いるも負傷する。
人物紹介終了
百人隊長の薬師奴(ヤクシヌ)はメンスゲより指揮を引き継いだ。
顔を出せば、すぐそこに矢が飛んで来る状況もまた同時にであった。
(このXX奴という名であるが、仏教が盛んであったキタイでは、しばしば見られる。ムスリムの間でもアブド・アッラー(神の奴)という名が好んで用いられる。興味深い対応といえよう)
そもそも野天にての騎馬の戦いならば、矢というものは、そうそう狙い通りに当たるものではない。
風もあるし、更には互いに騎馬を駆けさせてである。
ところで、今ここではどうか。
そもそも室内ゆえ、最大の外乱要因たる風が無い。
またこちらから部屋への進入路は一つ。
ゆえに、相手はおおよその見当をつけて、待ち受ければ良い。
そしてこちらが姿をさらした途端、矢を放てば良いのだ。
まさに狙い撃ってくださいといわんばかりであった。
おまけに敵は何の危険にもさらされぬ。
そして場所を動かぬなら、一射目より二射目、二射目より三射目が精度が上がるのは、当然といえた。
更にいえば、敵は当然建物の構造を把握しておる。
その間取りから退路まで全てだ。
対して、こちらはそれを確認するためだけでも、実際、命がけであった。
つい先ほど自ら顔を出してみたところ、そのわずかの間も敵は見逃してくれなかった。
矢がすんでのところで顔に当たるところであり、たまがり上がり、更には肝を冷やしたのであった。
メンスゲ殿からいきなり引き継いだということもあり、どこか己にも急く気持ちがあったか。
とにかく自省し、まずはの手はうった。
危険を冒して先ほど見た感じでは、それほど広くない。
余り家具などは置かれていないようであった。
恐らく休憩所か寝所であろう。
相手側に隠れるものがないなら、『一気に』とは想わぬものでもない。
とはいえ、いきなり身をさらせば、射られるだけ。
阿呆という他ない。
ゆえに待っておったのだ。
(メンスゲ殿は少し功にはやられたのであろう)
正直、そう想う。
(ただ、それも致し方なきか)
とも想う。
これだけ有力な将が顔をそろえるカンの軍勢である。
当然、功をあげる機会は少ない。
そしてそれをつかみ取ってきたお父上に託されたならば、
(当然、力は入ろう)
やがて身を隠せるほどの盾が、いくつも来た。
配下の兵3人にそれぞれ盾を持たせる。
そして、それを前面に押し立てつつ、横並びになるよう展開させる。
これで入口をほぼふさぐ形となる。
盾に次次と矢が当たるのが分かる。
無論、こちらが姿をさらすことはない。
そしてこれ以上、押し出すつもりもない。
その態勢で待つ。
効果無しと分かれば、当然、敵は矢を射るのを止める。
そして次の一手に出るはずだからである。
決死の兵といえど、矢の無駄撃ちは嫌うものだ。
死ぬからどうでも良いなどとは、人はなかなかならぬ。
口で何と言おうが、心のどこかで自らは生き延びるのではと考え、それに従って動く。
さかしらさを棄てるのは、言うほど簡単ではない。
そしてそうである以上、我らは敵の動きを読み、追い込むことができる。
十中八九逃げよう。
そう推測し得た。
そしてしばらくすると、実際に多くの足音が聞こえだした。
それがしなくなってからも、少し待った。
それからようやくであった。
盾を持つ兵たちの背後から、己が顔を出して前方を確認したのは。
焦って追いかけ、死に物狂いの反撃をくらう必要は無かった。
我らの役割は、巻き狩りにおける勢子と同じである。
獲物を追い立てれば、それで良い。
本丸の周囲には、カンの軍勢がひしめいておるのだ。
それでも、全軍が都城の内に入った訳ではなく、外に留まった部隊もおる。
どこに隠れようと、いずれ見つかる。
室内を通り抜けた先には、別の通廊があり、左右に通じておった。
手分けして進むことにする。
百人隊五隊ずつに別れ、左方を己が率いて進んだ。
少し進むと上と下、どちらにも通じる階段があった。
事前に入手した情報によれば、今我らがおる4階が最上階。
となれば、上に向かうは屋上ということになる。
それから再び盾をかざしつつ階段に近付く。
上方から矢を射かけて来た。
「どうやら、上へ逃げたようだな」
かたわらに来た百人隊長が話しかける。
「解せぬな」
「そうか? 上を取るは、戦の常道」
「しかしこの状況では、自らの逃げ道を塞ぐことになる」
「下に逃げようと、同じであろう。
それに奴らは死を覚悟しておると聞く」
我は、死を覚悟した者であっても云々との持論を展開する気は無かった。
ゆえに提案する。
「そなたは百人隊4隊を率いて上に向かってくれ。我は念のために下を調べて来る」
「よし。あい分かった」
その者は、功は既に己が手にあるも同然と想いなしたか、うながされるまま、号令も早々に、急ぎ上に向かう。
我は自隊にかたわらによけて留まれと命じた後、おもむろに下を覗く。
そもそも灯りが乏しいのに、そこは更に乏しいようで、暗く沈んでおった。
そのゆえもあって、動く者の姿が確認できないのは仕方ないとしても、何の音も聞こえてこぬということは
――我の見当外れか?
とはいえ、確かめる必要はあろう。
こちらの部隊は余るほどと言って良い。
このまま下の階の捜索を続けても、問題にはならぬだろう。
我は右方へ向かった隊へ伝令を発した。
階段の存在と左方部隊の展開の詳細を伝えると共に、そのまま右方の捜索を続行せよと命じた。
それから盾を持って、身を隠しつつ、少しずつ降りてゆく。
百人隊も後に続く。
我は3階、そして2階、そして1階に降りた。
途中の階に留まるとは想えなかったゆえだ。
それなら、上階に逃げるはず。
それから通廊にしろ部屋にしろ、手当たり次第に当たらせた。
一人の者がこちらに駆けて来るのが見えた。
ずい分と慌ててであった。
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
耶律(ヤリツ) 阿海(アハイ):チンギスの家臣。キタイ族。
耶律 綿思哥(メンスゲ):阿海の次男。
ブハーラー本丸攻めの先遣隊を率いるも負傷する。
人物紹介終了
百人隊長の薬師奴(ヤクシヌ)はメンスゲより指揮を引き継いだ。
顔を出せば、すぐそこに矢が飛んで来る状況もまた同時にであった。
(このXX奴という名であるが、仏教が盛んであったキタイでは、しばしば見られる。ムスリムの間でもアブド・アッラー(神の奴)という名が好んで用いられる。興味深い対応といえよう)
そもそも野天にての騎馬の戦いならば、矢というものは、そうそう狙い通りに当たるものではない。
風もあるし、更には互いに騎馬を駆けさせてである。
ところで、今ここではどうか。
そもそも室内ゆえ、最大の外乱要因たる風が無い。
またこちらから部屋への進入路は一つ。
ゆえに、相手はおおよその見当をつけて、待ち受ければ良い。
そしてこちらが姿をさらした途端、矢を放てば良いのだ。
まさに狙い撃ってくださいといわんばかりであった。
おまけに敵は何の危険にもさらされぬ。
そして場所を動かぬなら、一射目より二射目、二射目より三射目が精度が上がるのは、当然といえた。
更にいえば、敵は当然建物の構造を把握しておる。
その間取りから退路まで全てだ。
対して、こちらはそれを確認するためだけでも、実際、命がけであった。
つい先ほど自ら顔を出してみたところ、そのわずかの間も敵は見逃してくれなかった。
矢がすんでのところで顔に当たるところであり、たまがり上がり、更には肝を冷やしたのであった。
メンスゲ殿からいきなり引き継いだということもあり、どこか己にも急く気持ちがあったか。
とにかく自省し、まずはの手はうった。
危険を冒して先ほど見た感じでは、それほど広くない。
余り家具などは置かれていないようであった。
恐らく休憩所か寝所であろう。
相手側に隠れるものがないなら、『一気に』とは想わぬものでもない。
とはいえ、いきなり身をさらせば、射られるだけ。
阿呆という他ない。
ゆえに待っておったのだ。
(メンスゲ殿は少し功にはやられたのであろう)
正直、そう想う。
(ただ、それも致し方なきか)
とも想う。
これだけ有力な将が顔をそろえるカンの軍勢である。
当然、功をあげる機会は少ない。
そしてそれをつかみ取ってきたお父上に託されたならば、
(当然、力は入ろう)
やがて身を隠せるほどの盾が、いくつも来た。
配下の兵3人にそれぞれ盾を持たせる。
そして、それを前面に押し立てつつ、横並びになるよう展開させる。
これで入口をほぼふさぐ形となる。
盾に次次と矢が当たるのが分かる。
無論、こちらが姿をさらすことはない。
そしてこれ以上、押し出すつもりもない。
その態勢で待つ。
効果無しと分かれば、当然、敵は矢を射るのを止める。
そして次の一手に出るはずだからである。
決死の兵といえど、矢の無駄撃ちは嫌うものだ。
死ぬからどうでも良いなどとは、人はなかなかならぬ。
口で何と言おうが、心のどこかで自らは生き延びるのではと考え、それに従って動く。
さかしらさを棄てるのは、言うほど簡単ではない。
そしてそうである以上、我らは敵の動きを読み、追い込むことができる。
十中八九逃げよう。
そう推測し得た。
そしてしばらくすると、実際に多くの足音が聞こえだした。
それがしなくなってからも、少し待った。
それからようやくであった。
盾を持つ兵たちの背後から、己が顔を出して前方を確認したのは。
焦って追いかけ、死に物狂いの反撃をくらう必要は無かった。
我らの役割は、巻き狩りにおける勢子と同じである。
獲物を追い立てれば、それで良い。
本丸の周囲には、カンの軍勢がひしめいておるのだ。
それでも、全軍が都城の内に入った訳ではなく、外に留まった部隊もおる。
どこに隠れようと、いずれ見つかる。
室内を通り抜けた先には、別の通廊があり、左右に通じておった。
手分けして進むことにする。
百人隊五隊ずつに別れ、左方を己が率いて進んだ。
少し進むと上と下、どちらにも通じる階段があった。
事前に入手した情報によれば、今我らがおる4階が最上階。
となれば、上に向かうは屋上ということになる。
それから再び盾をかざしつつ階段に近付く。
上方から矢を射かけて来た。
「どうやら、上へ逃げたようだな」
かたわらに来た百人隊長が話しかける。
「解せぬな」
「そうか? 上を取るは、戦の常道」
「しかしこの状況では、自らの逃げ道を塞ぐことになる」
「下に逃げようと、同じであろう。
それに奴らは死を覚悟しておると聞く」
我は、死を覚悟した者であっても云々との持論を展開する気は無かった。
ゆえに提案する。
「そなたは百人隊4隊を率いて上に向かってくれ。我は念のために下を調べて来る」
「よし。あい分かった」
その者は、功は既に己が手にあるも同然と想いなしたか、うながされるまま、号令も早々に、急ぎ上に向かう。
我は自隊にかたわらによけて留まれと命じた後、おもむろに下を覗く。
そもそも灯りが乏しいのに、そこは更に乏しいようで、暗く沈んでおった。
そのゆえもあって、動く者の姿が確認できないのは仕方ないとしても、何の音も聞こえてこぬということは
――我の見当外れか?
とはいえ、確かめる必要はあろう。
こちらの部隊は余るほどと言って良い。
このまま下の階の捜索を続けても、問題にはならぬだろう。
我は右方へ向かった隊へ伝令を発した。
階段の存在と左方部隊の展開の詳細を伝えると共に、そのまま右方の捜索を続行せよと命じた。
それから盾を持って、身を隠しつつ、少しずつ降りてゆく。
百人隊も後に続く。
我は3階、そして2階、そして1階に降りた。
途中の階に留まるとは想えなかったゆえだ。
それなら、上階に逃げるはず。
それから通廊にしろ部屋にしろ、手当たり次第に当たらせた。
一人の者がこちらに駆けて来るのが見えた。
ずい分と慌ててであった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記
ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。
というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる