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第3部 仇(あだ)
27:ブハーラー戦2: 声2
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人物紹介
長老(シャイフ):ブハーラーの商人たちのグループの指導者。
何の身体特徴もなき者:長老に仕える者
副長老、太っちょ、やせぎす:ブハーラーの商人のグループの構成員
唇寒き者:ブハーラーの商人のグループの構成員であったが、オトラルのイナルチュク・カンの下に至る途中で、離脱した。
人物紹介終了
都城の内におる者は、悪夢が現実になる様を自らの目で見ておったはずである。
まるで地の果てから湧き出た如くの大軍が、城外を埋め尽くしておったであろう。
オトラルにての分軍後のチンギス大中軍は恐らく十万以上、
――更に進軍路沿いの諸城市での現地徴集軍も加えておる、
――実際の攻囲軍がこれを上回ったは確かである。
対してこれを守るホラズム政府軍の総数は史料によりバラツキがある。
これら西域の地では、政府軍(スルターン旗下のホラズム軍)と住民軍(ブハーラーの住民により編成される)は別々の統制下にある。
住民軍を加えた数としては、明らかに少なすぎるので、以下は政府軍を議論しているとみなして問題ない。
ジューズジャーニーによれば騎兵1万2千(注1)。
アシールは騎兵2万(注2)。
ジュワイニーは総数を伝えず援軍のみで2万(注3)(詳細は補足を参照してください)。
ナサウィーは3万とする(注4)。
ブハーラーを守るのに1万2千では少な過ぎよう。
残る3者では、ジュワイニーとナサウィーの記録は矛盾しない。
ゆえに、そもそもの駐留政府軍1万に援軍2万を増派し、総数3万とみて問題あるまい。
北東方面から攻め入るモンゴル軍に対し、ホラズムの第1防衛ラインはシルダリヤ川沿いのオトラルとホジェンドとなる。
ここを抜ければ、最早第2防衛ラインといったものは存在せず、ホラズムの中心の都城
――スルターンの拠点たるサマルカンドとブハーラー
――テルケン・カトンの拠点たるウルゲンチ
――が最前線とならざるを得ない。
スルターンが出撃しての決戦ではなく、各城での籠城戦を選択したことも考え合わせれば、
――ブハーラーには相応のホラズム政府軍が増派されて、モンゴルに備えたとみて良く
――上記の結論はこれと合致する。
これを率いるは、スルターンの側近のイフティヤール・ウッディーン・クシュルーとオグル・ハージブであった。
これに加え住民軍が外城城壁・内城城壁を守っておる。
とはいえ、恐怖を感じずに済む者は、政府軍の内にも住民の内にもおらなかっただろう。
ただ、ブハーラーの商人たちの想いは、自ずとそこにある種の彩りを加えた
――とはいえ、美しくも喜ばしくもなかったが。
何せ、この者たち自身が、その原因となる行いをなしたからである。
この者たちのうち、城壁の上から、その様を見た2人。
彼らにおいては、その魂が既に知っておったことを、その理性も認めざるを得なかった。
そして言葉はようやく声に追いついた。
〈太っちょ〉いわく、
「我らの行いを知って来たのか。
我らに仇を果たさんとして来たのか。」
〈副長老〉いわく、
「我は誤ったのか。
我はこの齢となって、なお、これほどの過ちをなしたのか。」
自ら、それを見るを望まなかった2人。
この者たちにおいて、真理は、声にいまだ留まり、言葉にはなかった。
〈やせぎす〉
乾果を奥から持って来てと、子供に頼むその声は、いつにない切迫さを帯びておった。
それを敏感に感じたのか、まだ幼い子供は少し涙をにじませて、それでも乾果をたずさえて戻って来た。
〈長老〉
城壁上へと、〈何の特徴もなき男〉に見に行かせた。
彼がその見たままを報告すると、
――なぜ、そんな大嘘を報告するのかと、ムチで打った。
その声は激しき怒りの言葉を吐き出しつつも、震えておった。
そして、そのいずれとも異なるこの者
――〈唇寒き者〉のみは、
――かのオトラルのイナルチュク・カンの下へ至る時の言葉を、それほど変える必要がなかった。
「神が我らに罰を与えんとして、この異教の軍勢を差し向けられたのだ。」
補足 ジュワイニーのこの部分はビールーニー(ラテン文字表記はガズナ朝に仕えた有名な学者と同じ)である。
ボイルは、これをauxiliary (army)と訳す(注3)。
バルトルドはexterior (army)と訳す(注4)
ビールーニーはビールーンの派生語である。
ペルシア語の古語辞典(注5)によれば、ビールーンはバルトルドが訳に用いたexterior、他にextrinsicやforeignなどとある。
外からの援軍と結論付けて問題ないと想われる。
注1・Raverty (trans.) 『Tabakat-i-Nasiri』,P978
注2Richards (trans.) 『The Chronicle of Ibn al-Athir for the Crusading Period from al-Kamil fi’l-ta’rikh Part3』, P207
注3Boyle (trans.) ‘Juvaini,『 Genghis Khan: The History of the World Conqueror』,P103
注4Barthold 『Turkestan down to the Mongol Invasion 2nd』, P409
注5 Steingass『a comprehensive PERSIAN-ENGLISH DICTIONARY』
(各書とも詳細は参考文献に記しています)
長老(シャイフ):ブハーラーの商人たちのグループの指導者。
何の身体特徴もなき者:長老に仕える者
副長老、太っちょ、やせぎす:ブハーラーの商人のグループの構成員
唇寒き者:ブハーラーの商人のグループの構成員であったが、オトラルのイナルチュク・カンの下に至る途中で、離脱した。
人物紹介終了
都城の内におる者は、悪夢が現実になる様を自らの目で見ておったはずである。
まるで地の果てから湧き出た如くの大軍が、城外を埋め尽くしておったであろう。
オトラルにての分軍後のチンギス大中軍は恐らく十万以上、
――更に進軍路沿いの諸城市での現地徴集軍も加えておる、
――実際の攻囲軍がこれを上回ったは確かである。
対してこれを守るホラズム政府軍の総数は史料によりバラツキがある。
これら西域の地では、政府軍(スルターン旗下のホラズム軍)と住民軍(ブハーラーの住民により編成される)は別々の統制下にある。
住民軍を加えた数としては、明らかに少なすぎるので、以下は政府軍を議論しているとみなして問題ない。
ジューズジャーニーによれば騎兵1万2千(注1)。
アシールは騎兵2万(注2)。
ジュワイニーは総数を伝えず援軍のみで2万(注3)(詳細は補足を参照してください)。
ナサウィーは3万とする(注4)。
ブハーラーを守るのに1万2千では少な過ぎよう。
残る3者では、ジュワイニーとナサウィーの記録は矛盾しない。
ゆえに、そもそもの駐留政府軍1万に援軍2万を増派し、総数3万とみて問題あるまい。
北東方面から攻め入るモンゴル軍に対し、ホラズムの第1防衛ラインはシルダリヤ川沿いのオトラルとホジェンドとなる。
ここを抜ければ、最早第2防衛ラインといったものは存在せず、ホラズムの中心の都城
――スルターンの拠点たるサマルカンドとブハーラー
――テルケン・カトンの拠点たるウルゲンチ
――が最前線とならざるを得ない。
スルターンが出撃しての決戦ではなく、各城での籠城戦を選択したことも考え合わせれば、
――ブハーラーには相応のホラズム政府軍が増派されて、モンゴルに備えたとみて良く
――上記の結論はこれと合致する。
これを率いるは、スルターンの側近のイフティヤール・ウッディーン・クシュルーとオグル・ハージブであった。
これに加え住民軍が外城城壁・内城城壁を守っておる。
とはいえ、恐怖を感じずに済む者は、政府軍の内にも住民の内にもおらなかっただろう。
ただ、ブハーラーの商人たちの想いは、自ずとそこにある種の彩りを加えた
――とはいえ、美しくも喜ばしくもなかったが。
何せ、この者たち自身が、その原因となる行いをなしたからである。
この者たちのうち、城壁の上から、その様を見た2人。
彼らにおいては、その魂が既に知っておったことを、その理性も認めざるを得なかった。
そして言葉はようやく声に追いついた。
〈太っちょ〉いわく、
「我らの行いを知って来たのか。
我らに仇を果たさんとして来たのか。」
〈副長老〉いわく、
「我は誤ったのか。
我はこの齢となって、なお、これほどの過ちをなしたのか。」
自ら、それを見るを望まなかった2人。
この者たちにおいて、真理は、声にいまだ留まり、言葉にはなかった。
〈やせぎす〉
乾果を奥から持って来てと、子供に頼むその声は、いつにない切迫さを帯びておった。
それを敏感に感じたのか、まだ幼い子供は少し涙をにじませて、それでも乾果をたずさえて戻って来た。
〈長老〉
城壁上へと、〈何の特徴もなき男〉に見に行かせた。
彼がその見たままを報告すると、
――なぜ、そんな大嘘を報告するのかと、ムチで打った。
その声は激しき怒りの言葉を吐き出しつつも、震えておった。
そして、そのいずれとも異なるこの者
――〈唇寒き者〉のみは、
――かのオトラルのイナルチュク・カンの下へ至る時の言葉を、それほど変える必要がなかった。
「神が我らに罰を与えんとして、この異教の軍勢を差し向けられたのだ。」
補足 ジュワイニーのこの部分はビールーニー(ラテン文字表記はガズナ朝に仕えた有名な学者と同じ)である。
ボイルは、これをauxiliary (army)と訳す(注3)。
バルトルドはexterior (army)と訳す(注4)
ビールーニーはビールーンの派生語である。
ペルシア語の古語辞典(注5)によれば、ビールーンはバルトルドが訳に用いたexterior、他にextrinsicやforeignなどとある。
外からの援軍と結論付けて問題ないと想われる。
注1・Raverty (trans.) 『Tabakat-i-Nasiri』,P978
注2Richards (trans.) 『The Chronicle of Ibn al-Athir for the Crusading Period from al-Kamil fi’l-ta’rikh Part3』, P207
注3Boyle (trans.) ‘Juvaini,『 Genghis Khan: The History of the World Conqueror』,P103
注4Barthold 『Turkestan down to the Mongol Invasion 2nd』, P409
注5 Steingass『a comprehensive PERSIAN-ENGLISH DICTIONARY』
(各書とも詳細は参考文献に記しています)
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