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第3部 仇(あだ)
19:サマルカンドのスルターン2
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人物紹介
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
タガイ・カン:テルケン・カトンの弟。
――スルターンにとっては叔父。
――カンクリの王族。
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
人物紹介終了
「我は兵を集めて戻って来ようと想う。
それまで持ちこたえて欲しい。」
その言葉をタガイ・カンは信じる気にはなれなかった。
ドームの裏のくぼんだ半球
――それに反響することなく吸い込まれるほどに、
――スルターンの声は、か弱かった。
黄金の列柱が並び、
――更には浮き彫りや金装飾が、壁といわず天井といわず豪奢に施された
――謁見の間でのことであった。
オトラルのイナルチュク・カンは早馬にて、
――まず、モンゴル軍の到来、
――半月後には、それがかつて見たこともないほどの大軍に、ふくれあがったこと、
――それから数日して、チンギスがブハーラーへと進軍したようですと、
――その二日後には、敵は投石機を用いることを、
――報せて来ておった。
タガイはスルターンや他の側近たちと共に聞いたが、
――その度ごとに、援軍の依頼があった。
――ただ最後の報せには、皆、言葉を失った。
全軍を集結し進軍しての決戦を勧める臣下の言葉を、
――スルターンはこれまで拒み続け、
――各地に籠城して固く守るを最善とし、
――その準備を進めさせて来た。
カンクリ勢の中でさえ、それを上策とする者も少なからずおった。
そしてそれも根拠なき訳ではなかった。
スルターンがかつてシルダリヤ川北方にて迎え撃ったモンゴル軍について、以下の如くの報告が上がっておったゆえである。
『騎馬よりなる部隊であり、
――歩兵はおらず、
――無論投石機も携えておらず、
――典型的な遊牧勢力の騎馬軍である。
戦うなとの命が出ておったらしく、
――明らかにこちらと戦いたがっておらず、
――それゆえその戦い振りは勇猛とは言えぬものであった。
しかし、その進退は良く統率が取れており、あなどるべきではない。
安易に野戦を仕掛けるべきではない。』
しかし敵が投石機を携えて来たならば、スルターンの策は下の下に成り下がる可能性さえあった。
言葉には出さずとも、その疑いに煩悶したは己のみではあるまい。
その最後の早馬を受けて十日ほど経った今日。
サマルカンドの防衛を託された諸将が、宮殿に急きょ呼び集められたのであった。
(何事かと来てみればこんなことだ。
本当に兵を集める気なら、それをなす時日は十分にあったはずである。)
「叔父貴をまた頼らねばならぬは心苦しきこと。
とはいえどうか引き受けて頂きたい。
叔父貴こそが頼りなのだ。
我のおらぬ間、ここの守りをお願いしたい。
我が戻るまで頼みますぞ。」
「承りました。スルターンの期待に応えるべく努めます。」
とひざまずき答えた。
その後、スルターンがまるで重大事をなし終えた如くの安心した表情になるのを、
――タガイは見せられた。
スルターンは三日ほどで準備を済ませ、サマルカンドを去った。
というより前もって密かに進めておったのだろう。
スルターンが各地へ早馬を発しておったのは、知っておった。
てっきりサマルカンドへの更なる軍勢招集の勅命かと想っておったが。
今となってはそんな期待を抱いた己が愚かしい。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
タガイ・カン:テルケン・カトンの弟。
――スルターンにとっては叔父。
――カンクリの王族。
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
人物紹介終了
「我は兵を集めて戻って来ようと想う。
それまで持ちこたえて欲しい。」
その言葉をタガイ・カンは信じる気にはなれなかった。
ドームの裏のくぼんだ半球
――それに反響することなく吸い込まれるほどに、
――スルターンの声は、か弱かった。
黄金の列柱が並び、
――更には浮き彫りや金装飾が、壁といわず天井といわず豪奢に施された
――謁見の間でのことであった。
オトラルのイナルチュク・カンは早馬にて、
――まず、モンゴル軍の到来、
――半月後には、それがかつて見たこともないほどの大軍に、ふくれあがったこと、
――それから数日して、チンギスがブハーラーへと進軍したようですと、
――その二日後には、敵は投石機を用いることを、
――報せて来ておった。
タガイはスルターンや他の側近たちと共に聞いたが、
――その度ごとに、援軍の依頼があった。
――ただ最後の報せには、皆、言葉を失った。
全軍を集結し進軍しての決戦を勧める臣下の言葉を、
――スルターンはこれまで拒み続け、
――各地に籠城して固く守るを最善とし、
――その準備を進めさせて来た。
カンクリ勢の中でさえ、それを上策とする者も少なからずおった。
そしてそれも根拠なき訳ではなかった。
スルターンがかつてシルダリヤ川北方にて迎え撃ったモンゴル軍について、以下の如くの報告が上がっておったゆえである。
『騎馬よりなる部隊であり、
――歩兵はおらず、
――無論投石機も携えておらず、
――典型的な遊牧勢力の騎馬軍である。
戦うなとの命が出ておったらしく、
――明らかにこちらと戦いたがっておらず、
――それゆえその戦い振りは勇猛とは言えぬものであった。
しかし、その進退は良く統率が取れており、あなどるべきではない。
安易に野戦を仕掛けるべきではない。』
しかし敵が投石機を携えて来たならば、スルターンの策は下の下に成り下がる可能性さえあった。
言葉には出さずとも、その疑いに煩悶したは己のみではあるまい。
その最後の早馬を受けて十日ほど経った今日。
サマルカンドの防衛を託された諸将が、宮殿に急きょ呼び集められたのであった。
(何事かと来てみればこんなことだ。
本当に兵を集める気なら、それをなす時日は十分にあったはずである。)
「叔父貴をまた頼らねばならぬは心苦しきこと。
とはいえどうか引き受けて頂きたい。
叔父貴こそが頼りなのだ。
我のおらぬ間、ここの守りをお願いしたい。
我が戻るまで頼みますぞ。」
「承りました。スルターンの期待に応えるべく努めます。」
とひざまずき答えた。
その後、スルターンがまるで重大事をなし終えた如くの安心した表情になるのを、
――タガイは見せられた。
スルターンは三日ほどで準備を済ませ、サマルカンドを去った。
というより前もって密かに進めておったのだろう。
スルターンが各地へ早馬を発しておったのは、知っておった。
てっきりサマルカンドへの更なる軍勢招集の勅命かと想っておったが。
今となってはそんな期待を抱いた己が愚かしい。
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