(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

文字の大きさ
上 下
59 / 206
第3部 仇(あだ)

17:オトラル戦14:カンクリ騎馬軍の出撃、再び2

しおりを挟む
人物紹介
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。

ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢

トガン:同上

ブーザール:同上

カラチャ:スルターンにより援軍として派遣されたマムルーク軍万人隊の指揮官。
人物紹介終了


 ブーザール隊の統制はもろくも崩れた。

 ブーザールが敵を迎え撃てと号令する前から、敵の突進に気付いた者たちは我先にと逃げまどっておった。

 モンゴル軍は、
 ――迎え撃たんとする少数のホラズム兵を呑み込み、
 ――更にはその勢いのままに逃げ惑う兵たちに追いすがる。

 やがて両軍は巨大な2匹の蛇がからまり合うが如くの様を見せる。
 ただ次次と矢にて倒されるは、ホラズム兵であった。

 見えている様も、入り乱れる敵・味方の騎馬であれば、大して変わらない。
 共に遊牧勢ゆえ、馬扱いの技量も弓術の腕もそれほど差がある訳はでない。
 ただ異なるのは、この状況に持ち込んだ側か、持ち込まれた側かの差であった。
 この状況を想定しておったか、そうでないかの差であった。

 一方の兵の頭には、
 ――見えぬはずのもの
 ――敵・味方の様が上空から見る如くに見え、
 他方には全く見えておらぬ。
 その差であった。



 ソクメズは乱戦のさなかにあった。
 というより、その乱戦こそ、自らが引き起こしたものであった。
 敵・味方が入り乱れ、矢が乱れ飛ぶ。

 ソクメズ隊は、敵部隊の先頭の通過は許したが、それでも前の方の側面には、突撃をかけるを得た。
 ただ右手で展開されておるブーザール隊対モンゴル軍との違いは、彼我の数の差であった。
 明らかに敵の方が多かった。
 それゆえ、己が意図して引き起こした状況にかかわらず、有利な戦況に持ち込めておらなかった。

 ねらい撃たれるを恐れるゆえに、騎馬を止める者はいない。
 その中で味方同士、集まろうとする者
 ――ソクメズもその一人であった
 ――は、なるべく統制を保ち、集団を保とうとする。
 敵の将もやはり同じ動きを取る。
 いくつかの集団が生まれては、消えて行く。

 ただそもそもの数の差は残る。
 ソクメズ隊の劣勢は、時を追うごとに明らかとなって行った。

 己が心に『城中へ引き退け』との号令をかけたい想いが生まれては、ソクメズはそれを意思でしりぞけておった。

(城は近い。
 しかしここで退却に入れば、それこそ敵の思う壺。
 想うままにねらい撃たれ、自軍将兵の死屍ししをさらし、城下にて全滅の憂き目を見ることになりかねぬ。)

 それゆえ次の言葉に代える。

「イナルチュク・カンがきっと援軍に来る。
 良いか。者ども。
 必ず持ちこたえよ。
 生きながらえよ。」

「援軍が来る。それまでは戦え。」

「イナルチュク・カンが来てくださるぞ。」

「戦え。援軍の至るその時まで。」

 旗下の5隊の百人隊長・十人隊長にかかわらず、兵にかかわらず、
――生き残るを得ておった者たちがそう叫ぶ。
 ことここに至れば、隊長と兵の差はない。
 共に命をかけ、共に生きんとす。
 一人が欠ければ、その分、自らの死が近くなる。
 まさに、一蓮托生いちれんたくしょうの状況にあった。
 しかし、戦とは相手があるもの。
 いくら、こちらが一丸いちがんとなり、勇猛に戦えど、相手も命がけで挑んで来れば、簡単にはくつがえせぬ。
 一人減り、また減りする。
 その先に待つは全滅に他ならなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あやかし娘とはぐれ龍

五月雨輝
歴史・時代
天明八年の江戸。神田松永町の両替商「秋野屋」が盗賊に襲われた上に火をつけられて全焼した。一人娘のゆみは運良く生き残ったのだが、その時にはゆみの小さな身体には不思議な能力が備わって、いた。 一方、婿入り先から追い出され実家からも勘当されている旗本の末子、本庄龍之介は、やくざ者から追われている途中にゆみと出会う。二人は一騒動の末に仮の親子として共に過ごしながら、ゆみの家を襲った凶悪犯を追って江戸を走ることになる。 浪人男と家無し娘、二人の刃は神田、本所界隈の悪を裂き、それはやがて二人の家族へと繋がる戦いになるのだった。

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...