56 / 206
第3部 仇(あだ)
14:オトラル戦11:カンクリ騎馬軍の出撃2
しおりを挟む
人物紹介
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢
トガン:同上
ブーザール:同上
人物紹介終了
城門の方から騒然とした音が聞こえて来た。
馬のいななきやら、誰やらの何事かを命ずる声、何かと何かがぶつかる音までが。
外城の城壁はこの城市の発展と共に増設されたので、いくつもの突出部を有するいびつな形であり、おおよそとはいえ四角形の内城の城壁とは対照的である。
この突出部はその防衛上の死角をなくすという点で有用であった。
それゆえ今回のモンゴル進軍の報せを受けて重点的に増強修復が施されておった。
今、イナルチュクがおるのもその一つであった。
しばらくして城門に直結する街路に、集結しつつある部隊が建物の隙間から見え隠れした。
少し経ってイナルチュクは出撃準備が整いましたとの報告を伝令から受けた。
既にカラチャから城壁上の弓兵部隊は準備完了との報告を受けていたので、
「それでは、出撃させます。援護の方、よろしく頼みますぞ。」
とカラチャに一言断ってから、
伝令に
「出撃を許可するとトガンに伝えよ。」
と命じ、
更に投石隊長に
「投石隊は我が中止を命じるまで投石を続けよ。トガンたちの動きを助けるのだ。」と告げた。
許可を待つ間にトガンは部隊に訓示した。
作戦は各隊長から伝わっておるはずであったが、念押しして悪いことは何もない。そしてその最後に付け加えた。
「それから敵の投石機の周りには、我が軍の放った石が散らばっておる。勝手知る地ではあるが、馬の足を取られぬよう気をつけよ。」
そして戻って来た伝令からイナルチュクの許可が伝えられると、
「出撃の許可が下りた。開門せよ。」
とトガンは大声で命じた。
重くて頑丈なかんぬきが抜かれ、十人以上の者が総掛かりで押すと、重々しききしみ音を立てて大門が開く。
この門もモンゴルの襲来に備えて更に鉄を重ね打ちし、防備を強化しておった。
門が開かれるとともに寒風が土ぼこりを上げて舞い込み、顔に突き刺さる。
そのために想わず顔をしかめて伏せた。
顔を上げてから「出るぞ。」との号令とともに、トガンは上げておった右手を降ろした。
騎馬隊の全てが城門を出るのを確認すると、トガンは「門を閉じよ。」と命じた。
それから改めて組立て中の投石機のある方角を確認する。
少しばかりうねる草原の先。そのあたりには、城内から投石が続けられておる。途中には何の障害もない。
「第二隊、第三隊はこれ以後自らの隊長の指示に従え。
第一隊は我とともに敵の護衛を討つぞ。」
そう命じ終わると、大音声で叫んだ。
「第一隊。突撃。」
そして自らもまた愛馬を疾駆させる。
何事かを命じておるのだろう、モンゴルの隊長らしき者の張り上げる声が、聞こえはする。
しかし、敵騎兵の動きは有効な防衛線を張るものとはほど遠い。
各兵がてんでばらばらに投石機を守ろうとして、前に出て来るに留まっておった。
城からの投石に当たるのを恐れておるようだ。
他方、組立て兵であろう、こちらの動きに気付いて、逃げ出す者がたくさんおった。
トガンは五人の配下の名を呼ばわり、
「各々、十人隊を率いて前の敵を討て。残りは我とともに突破せよ。」
と命じた。
その間にも既に弓を引き絞る動きに入っておった。
この時に自軍の投石がぴたりと止んだ。
間合いに入るとともに、第一矢を狙いを定めて放つ。
敵の肩の防具に当たり、はねかえるのが見えた。
視界の片隅に自隊の動きが見えた。
敵の矢に当たって倒れる騎馬、落ちる騎士、大きくもんどりうって倒れる騎馬の姿も。
敵味方の怒号が交錯する。
トガンは続けざまに二の矢をつがえる。
敵兵にいよいよ迫る。
まさに放たんとした時、耳先を敵の矢がかすめたために、慌てて矢を取り落とす。
もはや敵は目前であった。
音が消えた。
ホラズム側
イナルチュク・カン:オトラルの城主。カンクリ勢。
ソクメズ:イナルチュクの側近にして百人隊長。カンクリ勢
トガン:同上
ブーザール:同上
人物紹介終了
城門の方から騒然とした音が聞こえて来た。
馬のいななきやら、誰やらの何事かを命ずる声、何かと何かがぶつかる音までが。
外城の城壁はこの城市の発展と共に増設されたので、いくつもの突出部を有するいびつな形であり、おおよそとはいえ四角形の内城の城壁とは対照的である。
この突出部はその防衛上の死角をなくすという点で有用であった。
それゆえ今回のモンゴル進軍の報せを受けて重点的に増強修復が施されておった。
今、イナルチュクがおるのもその一つであった。
しばらくして城門に直結する街路に、集結しつつある部隊が建物の隙間から見え隠れした。
少し経ってイナルチュクは出撃準備が整いましたとの報告を伝令から受けた。
既にカラチャから城壁上の弓兵部隊は準備完了との報告を受けていたので、
「それでは、出撃させます。援護の方、よろしく頼みますぞ。」
とカラチャに一言断ってから、
伝令に
「出撃を許可するとトガンに伝えよ。」
と命じ、
更に投石隊長に
「投石隊は我が中止を命じるまで投石を続けよ。トガンたちの動きを助けるのだ。」と告げた。
許可を待つ間にトガンは部隊に訓示した。
作戦は各隊長から伝わっておるはずであったが、念押しして悪いことは何もない。そしてその最後に付け加えた。
「それから敵の投石機の周りには、我が軍の放った石が散らばっておる。勝手知る地ではあるが、馬の足を取られぬよう気をつけよ。」
そして戻って来た伝令からイナルチュクの許可が伝えられると、
「出撃の許可が下りた。開門せよ。」
とトガンは大声で命じた。
重くて頑丈なかんぬきが抜かれ、十人以上の者が総掛かりで押すと、重々しききしみ音を立てて大門が開く。
この門もモンゴルの襲来に備えて更に鉄を重ね打ちし、防備を強化しておった。
門が開かれるとともに寒風が土ぼこりを上げて舞い込み、顔に突き刺さる。
そのために想わず顔をしかめて伏せた。
顔を上げてから「出るぞ。」との号令とともに、トガンは上げておった右手を降ろした。
騎馬隊の全てが城門を出るのを確認すると、トガンは「門を閉じよ。」と命じた。
それから改めて組立て中の投石機のある方角を確認する。
少しばかりうねる草原の先。そのあたりには、城内から投石が続けられておる。途中には何の障害もない。
「第二隊、第三隊はこれ以後自らの隊長の指示に従え。
第一隊は我とともに敵の護衛を討つぞ。」
そう命じ終わると、大音声で叫んだ。
「第一隊。突撃。」
そして自らもまた愛馬を疾駆させる。
何事かを命じておるのだろう、モンゴルの隊長らしき者の張り上げる声が、聞こえはする。
しかし、敵騎兵の動きは有効な防衛線を張るものとはほど遠い。
各兵がてんでばらばらに投石機を守ろうとして、前に出て来るに留まっておった。
城からの投石に当たるのを恐れておるようだ。
他方、組立て兵であろう、こちらの動きに気付いて、逃げ出す者がたくさんおった。
トガンは五人の配下の名を呼ばわり、
「各々、十人隊を率いて前の敵を討て。残りは我とともに突破せよ。」
と命じた。
その間にも既に弓を引き絞る動きに入っておった。
この時に自軍の投石がぴたりと止んだ。
間合いに入るとともに、第一矢を狙いを定めて放つ。
敵の肩の防具に当たり、はねかえるのが見えた。
視界の片隅に自隊の動きが見えた。
敵の矢に当たって倒れる騎馬、落ちる騎士、大きくもんどりうって倒れる騎馬の姿も。
敵味方の怒号が交錯する。
トガンは続けざまに二の矢をつがえる。
敵兵にいよいよ迫る。
まさに放たんとした時、耳先を敵の矢がかすめたために、慌てて矢を取り落とす。
もはや敵は目前であった。
音が消えた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記
ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。
というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

風を翔る
ypaaaaaaa
歴史・時代
彼の大戦争から80年近くが経ち、ミニオタであった高萩蒼(たかはぎ あおい)はある戦闘機について興味本位で調べることになる。二式艦上戦闘機、またの名を風翔。調べていく過程で、当時の凄惨な戦争についても知り高萩は現状を深く考えていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる