49 / 206
第3部 仇(あだ)
7:オトラル戦4:チンギス軍議1
しおりを挟む
人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
チャアダイ:同上の第2子
オゴデイ:同上の第3子
トゥルイ:同上の第4子。
イェスンゲ:次弟カサルの子供 (チンギスにとってはオイ)。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。
ジェベ:チンギスの臣。四狗の一人。ベスト氏族。
スブエテイ・バートル:チンギスの臣。四狗の一人。ウリャンカイ氏族。
人物紹介終わり
オトラル城に到着したその日、チンギスにより軍議が招集された。
現時点で、ホラズム兵の待ち伏せも急襲もなく、オトラルが籠城に徹することがはっきりした。
一つにはまず、それを確認する必要がある。
更には実際にオトラルを己の目で見てから、作戦を最終的に決定する必要がある。
――そう、チンギスが考えたゆえである。
とはいえ、あくまでそれは最終確認に近きもののはずであったが。
一つ悶着が持ち上がった。
ボオルチュがカン、トゥルイ大ノヤン、シギ・クトクと合議した上での軍略ですと前置きし、作戦を伝えた。
まずカンの軍、ジョチの軍、そしてオゴデイとチャアダイの合軍、
その3つに分けることについては、誰も異論を差しはさまなかった。
敵国への侵攻時に軍を分けることは、モンゴルの常道であった。
最大の部隊を率いるカンが、スルターンのおるサマルカンド攻略に自ら向かうこと。
ただし、ブハーラーを先に落として向かうか、それともサマルカンドに直行するかは、カンの最終判断に一任すること。
カンとしては、出発直前まで、可能な限り情報を集めて、それをもとに判断したい考えであること。
そしてチャアダイ、オゴデイ部隊がオトラル攻略のために残ること。
これらについても、異議を差しはさむ者はおらなかった。
問題はジョチ部隊の取り扱いであった。
ボオルチュは、シルダリヤ川沿いの城市を攻略すべきと提案した。
それに対しジョチは次の如く主張した。
「父上とトゥルイが、スルターンを捕らえるために首都サマルカンドを落としに行き、
またチャアダイとオゴデイが、仇の最たるイナルチュクの統べるここオトラルの攻略にかかるというのなら、
我ジョチは是非とも、かつての首都たるウルゲンチを攻略にまいりたいと想います。
この国は、かの地が発祥の地とも聞きます。
そこを落とせば、あらがおうという気力も失せましょう。
そしてそのためにも、更に軍を授けていただきたいのです。」
「ジョチよ。
なぜ功を焦るのか。
昨冬にてのケルレンの大オルドにての大集会で決めた通り、まずはこの国の北東部に軍勢を集中し制圧すべきであろう。」
とチャアダイ。
「功を焦るだと。
馬鹿なことを申すな。
サマルカンドが落ち、オトラルが落ち、そして旧都ウルゲンチが落ちたならば、このホラズム征討を早く終わらせられるというもの。」
そこまで言ってジョチは、はっとした如くであった。
チャアダイに痛いところを突かれて、ついつい口走ってしまったのであろうか。
カンが戦を早く終わらせようとして拙劣な攻めをなすこと、特にそれにより兵の犠牲を増やすことを何より嫌っておるのは、この軍議に集う全ての将の知るところ。
そして若い時から直接その薫陶を受けて来たジョチ自身が、誰より良く知るところのはずであったが。
この軍議には、そのイトコに当たるイェスンゲや重臣たるジェベやスベエテイも参加しておった。
しかし、あえて王子たちのいさかいに割って入ろうとはせぬ。
ジョチとチャアダイの争いはかねてからのものであり、下手をすればまさに火中の栗を拾う行いとなりかねなかった。
その立つ位置も、ジョチがトゥルイと共にチンギスの右側、チャアダイがオゴデイと共に左側と分かれて立つのが、二人の参加する軍議の決まりとなっておった。
なにせ、いつ殴り合いになるかもしれぬほどの犬猿の仲である。
いざとなればジョチをトゥルイが、チャアダイをオゴデイが制止できるようにとの配慮ゆえであった。
ただボオルチュのみが次の如く進言した。
「ウルゲンチまで戦線を広げれば、かえって敵に我が軍の分断の好機を与えることになりましょう。
もしウルゲンチ攻囲中にジョチ大ノヤンの軍が挟撃されるような状況に陥った場合、ここオトラルやサマルカンドからでは援軍を送っても到着までに時間を要します。」
再び軍議を沈黙が領した。
王子たちの争いを仲裁できるのはチンギス・カンのみであることを誰しも知っておった。
「長兄たるジョチよ。
ここはチャアダイの言うところが正しい。
それに、そもそもまず北東部を抑えることについては、大集会にてそなたも一度は賛成したのであるから、ことの正しさをチャアダイに説かれるまでもあるまい。
これ以上まぜかえすな。」
そこでチンギスは、ジョチの反論を待つためか、しばし時を置いた。
やがて次の如くに付け加えた。
「ただそなたのウルゲンチを是が非でも落としたいという気持ちは悪いものではない。
シルダリヤ川沿いの城市の征討を見事に成し遂げたならば、ウルゲンチ攻めはそなたに指揮を委ねることを約しよう。」
そうまで言われては、ジョチもその主張を続けることはできないと考えたのか、押し黙った。
その後、ボオルチュが説明を続けようとするのを阻み、チンギス自ら大部隊の軍編成を発表した。
ジョチの指揮下より、サイラームにて付したイェスンゲ万人隊を外すとした。
他方チャアダイ、オゴデイには、そのイェスンゲ万人隊を加え、合計五万人隊とするとした。
それが、今回ジョチがだだをこねたゆえか、それとも単に軍略上の観点からのものなのか、チンギスは明言しなかった。
いずれにしろ軍の編成権はチンギスにあり、ジョチが文句を言える筋合いのものではなかった。
チャアダイ、オゴデイ、イェスンゲはすぐにその場にひざまずき拝命した。
ジョチは中中そうしようとせぬ。
天幕の中の緊張感が再び増して行く。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
チャアダイ:同上の第2子
オゴデイ:同上の第3子
トゥルイ:同上の第4子。
イェスンゲ:次弟カサルの子供 (チンギスにとってはオイ)。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。
ジェベ:チンギスの臣。四狗の一人。ベスト氏族。
スブエテイ・バートル:チンギスの臣。四狗の一人。ウリャンカイ氏族。
人物紹介終わり
オトラル城に到着したその日、チンギスにより軍議が招集された。
現時点で、ホラズム兵の待ち伏せも急襲もなく、オトラルが籠城に徹することがはっきりした。
一つにはまず、それを確認する必要がある。
更には実際にオトラルを己の目で見てから、作戦を最終的に決定する必要がある。
――そう、チンギスが考えたゆえである。
とはいえ、あくまでそれは最終確認に近きもののはずであったが。
一つ悶着が持ち上がった。
ボオルチュがカン、トゥルイ大ノヤン、シギ・クトクと合議した上での軍略ですと前置きし、作戦を伝えた。
まずカンの軍、ジョチの軍、そしてオゴデイとチャアダイの合軍、
その3つに分けることについては、誰も異論を差しはさまなかった。
敵国への侵攻時に軍を分けることは、モンゴルの常道であった。
最大の部隊を率いるカンが、スルターンのおるサマルカンド攻略に自ら向かうこと。
ただし、ブハーラーを先に落として向かうか、それともサマルカンドに直行するかは、カンの最終判断に一任すること。
カンとしては、出発直前まで、可能な限り情報を集めて、それをもとに判断したい考えであること。
そしてチャアダイ、オゴデイ部隊がオトラル攻略のために残ること。
これらについても、異議を差しはさむ者はおらなかった。
問題はジョチ部隊の取り扱いであった。
ボオルチュは、シルダリヤ川沿いの城市を攻略すべきと提案した。
それに対しジョチは次の如く主張した。
「父上とトゥルイが、スルターンを捕らえるために首都サマルカンドを落としに行き、
またチャアダイとオゴデイが、仇の最たるイナルチュクの統べるここオトラルの攻略にかかるというのなら、
我ジョチは是非とも、かつての首都たるウルゲンチを攻略にまいりたいと想います。
この国は、かの地が発祥の地とも聞きます。
そこを落とせば、あらがおうという気力も失せましょう。
そしてそのためにも、更に軍を授けていただきたいのです。」
「ジョチよ。
なぜ功を焦るのか。
昨冬にてのケルレンの大オルドにての大集会で決めた通り、まずはこの国の北東部に軍勢を集中し制圧すべきであろう。」
とチャアダイ。
「功を焦るだと。
馬鹿なことを申すな。
サマルカンドが落ち、オトラルが落ち、そして旧都ウルゲンチが落ちたならば、このホラズム征討を早く終わらせられるというもの。」
そこまで言ってジョチは、はっとした如くであった。
チャアダイに痛いところを突かれて、ついつい口走ってしまったのであろうか。
カンが戦を早く終わらせようとして拙劣な攻めをなすこと、特にそれにより兵の犠牲を増やすことを何より嫌っておるのは、この軍議に集う全ての将の知るところ。
そして若い時から直接その薫陶を受けて来たジョチ自身が、誰より良く知るところのはずであったが。
この軍議には、そのイトコに当たるイェスンゲや重臣たるジェベやスベエテイも参加しておった。
しかし、あえて王子たちのいさかいに割って入ろうとはせぬ。
ジョチとチャアダイの争いはかねてからのものであり、下手をすればまさに火中の栗を拾う行いとなりかねなかった。
その立つ位置も、ジョチがトゥルイと共にチンギスの右側、チャアダイがオゴデイと共に左側と分かれて立つのが、二人の参加する軍議の決まりとなっておった。
なにせ、いつ殴り合いになるかもしれぬほどの犬猿の仲である。
いざとなればジョチをトゥルイが、チャアダイをオゴデイが制止できるようにとの配慮ゆえであった。
ただボオルチュのみが次の如く進言した。
「ウルゲンチまで戦線を広げれば、かえって敵に我が軍の分断の好機を与えることになりましょう。
もしウルゲンチ攻囲中にジョチ大ノヤンの軍が挟撃されるような状況に陥った場合、ここオトラルやサマルカンドからでは援軍を送っても到着までに時間を要します。」
再び軍議を沈黙が領した。
王子たちの争いを仲裁できるのはチンギス・カンのみであることを誰しも知っておった。
「長兄たるジョチよ。
ここはチャアダイの言うところが正しい。
それに、そもそもまず北東部を抑えることについては、大集会にてそなたも一度は賛成したのであるから、ことの正しさをチャアダイに説かれるまでもあるまい。
これ以上まぜかえすな。」
そこでチンギスは、ジョチの反論を待つためか、しばし時を置いた。
やがて次の如くに付け加えた。
「ただそなたのウルゲンチを是が非でも落としたいという気持ちは悪いものではない。
シルダリヤ川沿いの城市の征討を見事に成し遂げたならば、ウルゲンチ攻めはそなたに指揮を委ねることを約しよう。」
そうまで言われては、ジョチもその主張を続けることはできないと考えたのか、押し黙った。
その後、ボオルチュが説明を続けようとするのを阻み、チンギス自ら大部隊の軍編成を発表した。
ジョチの指揮下より、サイラームにて付したイェスンゲ万人隊を外すとした。
他方チャアダイ、オゴデイには、そのイェスンゲ万人隊を加え、合計五万人隊とするとした。
それが、今回ジョチがだだをこねたゆえか、それとも単に軍略上の観点からのものなのか、チンギスは明言しなかった。
いずれにしろ軍の編成権はチンギスにあり、ジョチが文句を言える筋合いのものではなかった。
チャアダイ、オゴデイ、イェスンゲはすぐにその場にひざまずき拝命した。
ジョチは中中そうしようとせぬ。
天幕の中の緊張感が再び増して行く。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記
ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。
というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
おとか伝説「戦国石田三成異聞」
水渕成分
歴史・時代
関東北部のある市に伝わる伝説を基に創作しました。
前半はその市に伝わる「おとか伝説」をですます調で、
後半は「小田原征伐」に参加した石田三成と「おとか伝説」の衝突について、
断定調で著述しています。
小説家になろうでは「おとか外伝『戦国石田三成異聞』」の題名で掲載されています。
完結済です。

帝国夜襲艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。
今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる