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第1章
始まり5(クナンとボオルチュ、ふたたび)
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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
ケテ:ジョチ家の家臣。
トゥルイ:チンギスと正妻ボルテの間の第4子。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
人物紹介終了
オルドを去る日、見送ってくれたのもボオルチュであった。
カンの引き留めを受け続けたこともあり、またジョチには別途カンとの謁見の報告の伝令を発したゆえ、改めて急ぐ必要もなかった。
四ヶ月余りを過ごし
――その間に夏営地サアリ原への移動もあった
――自らもまた配下の者も馬も十分過ぎるほどに休んだ。
この間に、カンよりジョチに授けられておった軍が、約束通り戦利品を携えて戻って来た。
それに付き従って、カンにご機嫌伺いの挨拶をして来いとのジョチの命を受けて、千人隊長のケテも来ておった。
ただこの者は宴にても一向に楽しそうな顔をせぬ変わり者ということもあり、早々に帰るを許された。
それはそれでどうかと想わぬでもないクナンではあったが。
滞在中は食事や様々なものをカンが提供してくれた。
宮廷から届けられる馬乳酒の飲み過ぎと度々開かれる宴のために、クナンは腰回りがだいぶ大きくなったほどであった。
多少暑さが緩んでから、各地の王族やノヤンの配下の商人たちが集まり始め、その度ごとに歓迎の宴が開かれた。
宴も酒も嫌いでないクナンにその誘いを断る理由はなかった。
クナンは、宮廷が秋営地へ移る機会を逃しては、このままここで冬越しすることになりかねぬと想い、改めて暇乞いをし、遂に許されたのであった。
ジョチとその妃やお子への贈り物として、カンより賜った品々を運ぶ牛車三台が後方に加わっておるのが往路との違いであった。それらは、金国より得た絹織物や玉の飾りなどであった。そして少しとはいえ、クナンとその家族が賜った品も併せて載せられておった。
ボオルチュと並んで駒を進める。
出迎えた時と異なり、見送らねばならぬ理由はないはずであった。
これがボオルチュ個人の意思ならば、クナンに寄せる篤き友誼のゆえと言って良かった。
それもあってクナンは少しボオルチュに心を許し、その内心を吐露した。訪問時と同様に護衛は遠巻きにするのみであり、他に話を聞く者はおらなかった。
「こたびの件。もしかするとカンのお怒りを買うことになるやもしれぬと想い、急ぎ我自ら説明に参った。
しかしジョチ大ノヤン自ら赴いた方が良かったかもしれぬ。」
そう声をかけられたボオルチュは、
――うまくクナンの意をくみ取ることができなかったのか、
――あるいはみだりに言葉をさえぎってはと気づかっておるのか、
――黙したままであった。
「いや、あのような温かき言葉をかけて頂けるのなら。
我はその喜びを奪ってしまったのかもしれぬ。」
「それはどうでしょうか。
カンは我らノヤンよりお子たちにこそ厳しく当たられる。
無論愛しておられもすれば大事に想っておられもしましょう。
ただ厳しいお方です。
ジョチ大ノヤンが来たならば、果たしてあのように率直に言われたかどうか。」
「そうか。」
そう言われてはクナンも首肯せざるを得ない。
多くのお子のうちで、クナンやボオルチュらノヤンの上に立つことを許したのは、わずかにボルテ・ウジンの四子とこたび宴会にて会ったクラン・カトンのお子のみ。
そのキョルゲンに対してはそんなことはないが、年長の四子に対しては、その要求するところも接し方も厳しい。
カンを恐れておらぬお子はおらぬというのは、臣下たち皆の知るところである。
その軍才を最も評価され、軍征時には常にかたわらにおるを望まれるトゥルイにしてさえ例外ではないと聞く。
「カンは何より忠義を好まれます。
自ら敵との交渉に赴いたのも、その後の戦を指揮したのも、いざとなればクナン翁がお一人で罪をかぶれば良いと考えてのことでしょう。
それに気付いたゆえに、カンはあのように上機嫌だったのですよ。
実際来られた用向きをカンに報せた時、我が何かを申し添える必要はありませんでした。
そして何より西方攻略を託されておることこそが、カンのジョチ大ノヤンへの信頼のあらわれです。
そのことだけはどうか、お忘れになられぬよう。」
そこでボオルチュは一端口ごもった後、言葉を継いだ。
「カンの一族の中にさえ、その血を悪く言われる方はおられます。
しかし我自身、長年お側にお仕えして、そうしたことをカンの口からお聞きしたことは一度としてありませぬ。」
クナンは黙したままであった。
そのことはジョチ家の家臣の中では禁忌となっており、話題に上ることさえない。
「あの悲劇を防ぐことができなかったのは、我の落ち度でもあります。
ボルテ・ウジンにもカンにも申し訳が立ちませぬ。」
想わずその悔恨の念を聞かされ、改めてクナンははっとした。
カンのボオルチュに対する信頼と重用をうらやましいと想うことは度々あれ、これまでその理由に考えが及ぶことはなかった。
この時初めてそれを知り得た気がした。
その後は二人黙して、しばし駒を並べて進み、そしてクナン配下の百人隊が待っておるところに至ると別れた。
そのおよそ半月後にホラズムへの使者が出発した。
隊商の到着前にスルターンと和平の協定を結べとのチンギスの命を受けて。
その更に二十日ほど後の十月半ばには東方の大興安嶺あたりに牧地を有するカンの弟たちの商人もようやく至った。
それゆえ隊商もオトラルに向け出発した。
西方におる王子たちの商人は各牧地の近くを通過する際に合流する手はずであった。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
ケテ:ジョチ家の家臣。
トゥルイ:チンギスと正妻ボルテの間の第4子。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
人物紹介終了
オルドを去る日、見送ってくれたのもボオルチュであった。
カンの引き留めを受け続けたこともあり、またジョチには別途カンとの謁見の報告の伝令を発したゆえ、改めて急ぐ必要もなかった。
四ヶ月余りを過ごし
――その間に夏営地サアリ原への移動もあった
――自らもまた配下の者も馬も十分過ぎるほどに休んだ。
この間に、カンよりジョチに授けられておった軍が、約束通り戦利品を携えて戻って来た。
それに付き従って、カンにご機嫌伺いの挨拶をして来いとのジョチの命を受けて、千人隊長のケテも来ておった。
ただこの者は宴にても一向に楽しそうな顔をせぬ変わり者ということもあり、早々に帰るを許された。
それはそれでどうかと想わぬでもないクナンではあったが。
滞在中は食事や様々なものをカンが提供してくれた。
宮廷から届けられる馬乳酒の飲み過ぎと度々開かれる宴のために、クナンは腰回りがだいぶ大きくなったほどであった。
多少暑さが緩んでから、各地の王族やノヤンの配下の商人たちが集まり始め、その度ごとに歓迎の宴が開かれた。
宴も酒も嫌いでないクナンにその誘いを断る理由はなかった。
クナンは、宮廷が秋営地へ移る機会を逃しては、このままここで冬越しすることになりかねぬと想い、改めて暇乞いをし、遂に許されたのであった。
ジョチとその妃やお子への贈り物として、カンより賜った品々を運ぶ牛車三台が後方に加わっておるのが往路との違いであった。それらは、金国より得た絹織物や玉の飾りなどであった。そして少しとはいえ、クナンとその家族が賜った品も併せて載せられておった。
ボオルチュと並んで駒を進める。
出迎えた時と異なり、見送らねばならぬ理由はないはずであった。
これがボオルチュ個人の意思ならば、クナンに寄せる篤き友誼のゆえと言って良かった。
それもあってクナンは少しボオルチュに心を許し、その内心を吐露した。訪問時と同様に護衛は遠巻きにするのみであり、他に話を聞く者はおらなかった。
「こたびの件。もしかするとカンのお怒りを買うことになるやもしれぬと想い、急ぎ我自ら説明に参った。
しかしジョチ大ノヤン自ら赴いた方が良かったかもしれぬ。」
そう声をかけられたボオルチュは、
――うまくクナンの意をくみ取ることができなかったのか、
――あるいはみだりに言葉をさえぎってはと気づかっておるのか、
――黙したままであった。
「いや、あのような温かき言葉をかけて頂けるのなら。
我はその喜びを奪ってしまったのかもしれぬ。」
「それはどうでしょうか。
カンは我らノヤンよりお子たちにこそ厳しく当たられる。
無論愛しておられもすれば大事に想っておられもしましょう。
ただ厳しいお方です。
ジョチ大ノヤンが来たならば、果たしてあのように率直に言われたかどうか。」
「そうか。」
そう言われてはクナンも首肯せざるを得ない。
多くのお子のうちで、クナンやボオルチュらノヤンの上に立つことを許したのは、わずかにボルテ・ウジンの四子とこたび宴会にて会ったクラン・カトンのお子のみ。
そのキョルゲンに対してはそんなことはないが、年長の四子に対しては、その要求するところも接し方も厳しい。
カンを恐れておらぬお子はおらぬというのは、臣下たち皆の知るところである。
その軍才を最も評価され、軍征時には常にかたわらにおるを望まれるトゥルイにしてさえ例外ではないと聞く。
「カンは何より忠義を好まれます。
自ら敵との交渉に赴いたのも、その後の戦を指揮したのも、いざとなればクナン翁がお一人で罪をかぶれば良いと考えてのことでしょう。
それに気付いたゆえに、カンはあのように上機嫌だったのですよ。
実際来られた用向きをカンに報せた時、我が何かを申し添える必要はありませんでした。
そして何より西方攻略を託されておることこそが、カンのジョチ大ノヤンへの信頼のあらわれです。
そのことだけはどうか、お忘れになられぬよう。」
そこでボオルチュは一端口ごもった後、言葉を継いだ。
「カンの一族の中にさえ、その血を悪く言われる方はおられます。
しかし我自身、長年お側にお仕えして、そうしたことをカンの口からお聞きしたことは一度としてありませぬ。」
クナンは黙したままであった。
そのことはジョチ家の家臣の中では禁忌となっており、話題に上ることさえない。
「あの悲劇を防ぐことができなかったのは、我の落ち度でもあります。
ボルテ・ウジンにもカンにも申し訳が立ちませぬ。」
想わずその悔恨の念を聞かされ、改めてクナンははっとした。
カンのボオルチュに対する信頼と重用をうらやましいと想うことは度々あれ、これまでその理由に考えが及ぶことはなかった。
この時初めてそれを知り得た気がした。
その後は二人黙して、しばし駒を並べて進み、そしてクナン配下の百人隊が待っておるところに至ると別れた。
そのおよそ半月後にホラズムへの使者が出発した。
隊商の到着前にスルターンと和平の協定を結べとのチンギスの命を受けて。
その更に二十日ほど後の十月半ばには東方の大興安嶺あたりに牧地を有するカンの弟たちの商人もようやく至った。
それゆえ隊商もオトラルに向け出発した。
西方におる王子たちの商人は各牧地の近くを通過する際に合流する手はずであった。
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