(本編&番外編 完結)チンギス・カンとスルターン

ひとしずくの鯨

文字の大きさ
上 下
7 / 206
第1章

始まり5(クナンとボオルチュ、ふたたび)

しおりを挟む
人物紹介

モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主

ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。

クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。

ケテ:ジョチ家の家臣。

トゥルイ:チンギスと正妻ボルテの間の第4子。


ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主

人物紹介終了


 オルドを去る日、見送ってくれたのもボオルチュであった。
 カンの引き留めを受け続けたこともあり、またジョチには別途カンとの謁見の報告の伝令を発したゆえ、改めて急ぐ必要もなかった。
 四ヶ月余りを過ごし
――その間に夏営地サアリ原への移動もあった
――自らもまた配下の者も馬も十分過ぎるほどに休んだ。

 この間に、カンよりジョチに授けられておった軍が、約束通り戦利品を携えて戻って来た。
 それに付き従って、カンにご機嫌きげんうかがいの挨拶をして来いとのジョチの命を受けて、千人隊長のケテも来ておった。
 ただこの者はうたげにても一向に楽しそうな顔をせぬ変わり者ということもあり、早々に帰るを許された。
 それはそれでどうかと想わぬでもないクナンではあったが。

 滞在中は食事や様々なものをカンが提供してくれた。
 宮廷オルドから届けられる馬乳酒の飲み過ぎと度々開かれる宴のために、クナンは腰回りがだいぶ大きくなったほどであった。

 多少暑さが緩んでから、各地の王族やノヤンの配下の商人たちが集まり始め、その度ごとに歓迎の宴が開かれた。
 宴も酒も嫌いでないクナンにその誘いを断る理由はなかった。
 クナンは、宮廷オルドが秋営地へ移る機会を逃しては、このままここで冬越しすることになりかねぬと想い、改めて暇乞いとまごいをし、遂に許されたのであった。

 ジョチとその妃やお子への贈り物として、カンより賜った品々を運ぶ牛車三台が後方に加わっておるのが往路との違いであった。それらは、金国より得た絹織物やぎょくの飾りなどであった。そして少しとはいえ、クナンとその家族が賜った品もあわせてせられておった。

 ボオルチュと並んでこまを進める。
 出迎えた時と異なり、見送らねばならぬ理由はないはずであった。
 これがボオルチュ個人の意思ならば、クナンに寄せるあつ友誼ゆうぎのゆえと言って良かった。
 それもあってクナンは少しボオルチュに心を許し、その内心を吐露した。訪問時と同様に護衛は遠巻きにするのみであり、他に話を聞く者はおらなかった。
「こたびの件。もしかするとカンのお怒りを買うことになるやもしれぬと想い、急ぎわれ自ら説明に参った。
 しかしジョチ大ノヤン自ら赴いた方が良かったかもしれぬ。」

 そう声をかけられたボオルチュは、
――うまくクナンの意をくみ取ることができなかったのか、
――あるいはみだりに言葉をさえぎってはと気づかっておるのか、
――黙したままであった。

「いや、あのような温かき言葉をかけて頂けるのなら。
 我はその喜びを奪ってしまったのかもしれぬ。」

「それはどうでしょうか。
 カンは我らノヤンよりにこそ厳しく当たられる。
 無論愛しておられもすれば大事に想っておられもしましょう。
 ただ厳しいです。
 ジョチ大ノヤンが来たならば、果たしてあのように率直に言われたかどうか。」

「そうか。」

 そう言われてはクナンも首肯しゅこうせざるを得ない。
 多くののうちで、クナンやボオルチュらノヤンの上に立つことを許したのは、わずかにボルテ・ウジンの四子とこたび宴会にて会ったクラン・カトンのお子のみ。
 そのキョルゲンに対してはそんなことはないが、年長の四子に対しては、その要求するところも接し方も厳しい。
 カンを恐れておらぬお子はおらぬというのは、臣下たち皆の知るところである。
 その軍才を最も評価され、軍征時には常にかたわらにおるを望まれるトゥルイにしてさえ例外ではないと聞く。

「カンは何より忠義を好まれます。
 自ら敵との交渉に赴いたのも、その後の戦を指揮したのも、いざとなればクナンおうがお一人で罪をかぶれば良いと考えてのことでしょう。
 それに気付いたゆえに、カンはあのように上機嫌だったのですよ。
 実際来られた用向きをカンに報せた時、我が何かを申し添える必要はありませんでした。
 そして何より西方攻略を託されておることこそが、カンのジョチ大ノヤンへの信頼のあらわれです。
 そのことだけはどうか、お忘れになられぬよう。」
 そこでボオルチュは一端口ごもった後、言葉を継いだ。
「カンの一族の中にさえ、その血を悪く言われる方はおられます。
 しかし我自身、長年お側にお仕えして、そうしたことをカンの口からお聞きしたことは一度としてありませぬ。」

 クナンは黙したままであった。
 そのことはジョチ家の家臣の中では禁忌きんきとなっており、話題に上ることさえない。

「あの悲劇を防ぐことができなかったのは、我の落ち度でもあります。
 ボルテ・ウジンにもカンにも申し訳が立ちませぬ。」

 想わずその悔恨かいこんの念を聞かされ、改めてクナンははっとした。
 カンのボオルチュに対する信頼と重用をうらやましいと想うことは度々たびたびあれ、これまでその理由に考えが及ぶことはなかった。
 この時初めてそれを知り得た気がした。
 その後は二人黙して、しばし駒を並べて進み、そしてクナン配下の百人隊が待っておるところに至ると別れた。


 そのおよそ半月後にホラズムへの使者が出発した。
 隊商の到着前にスルターンと和平の協定を結べとのチンギスの命を受けて。

 
 その更に二十日ほど後の十月半ばには東方の大興安嶺だいこうあんれいあたりに牧地を有するカンの弟たちの商人もようやく至った。
 それゆえ隊商もオトラルに向け出発した。
 西方におる王子たちの商人は各牧地の近くを通過する際に合流する手はずであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

空母鳳炎奮戦記

ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。 というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

風を翔る

ypaaaaaaa
歴史・時代
彼の大戦争から80年近くが経ち、ミニオタであった高萩蒼(たかはぎ あおい)はある戦闘機について興味本位で調べることになる。二式艦上戦闘機、またの名を風翔。調べていく過程で、当時の凄惨な戦争についても知り高萩は現状を深く考えていくことになる。

処理中です...