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第1章
始まり2(クナンとジョチ)
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人物紹介
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
モンケウル:ジョチ家の家臣。シジウト氏族。
ケテ:ジョチ家の家臣。
フシダイ:ジョチ家の家臣。フシダイ氏族。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
人物紹介終了
念のために後方に残した斥候隊の報告により、スルターンが追って来ておらぬことを確認したクナンは、その旨をジョチに早馬にて知らせた。
併せて待つ必要はないこと、そして兵馬の負担にならぬ程度の行軍速度にて追いますゆえ、合流は少し後のことになりましょうと。
それからも後方を厳重に警戒しつつ進み、そして八日目にようやく追いついた。
ジョチの本隊が見晴らしの良い平原に宿営しておった。
赤い夕日が本来は青草の芽吹くここを枯れ野まがいに見せておる。
足下から急に飛び立つ鳥に驚く馬を何度となくなだめつつクナンは進んだ。
待つ必要はないと進言したはずだがとは想うものの、
あらためてそれをとやかく言うほどクナンは人の情を解さぬ訳ではなかった。
己と兵を心配してのことであるは明らかであったゆえに。
モンケウルが十騎ほどを連れて出迎えに来た。
ただそのねぎらいの言葉はぞんざいであり、クナンをねめつけるが如くに一目見ると、それからは口を全く開かぬ。
どうやら戦を己に取られたと想い込み、不機嫌となっておるようだ。
クナンもその子供じみた行いの相手をする気分ではなかった。
「出迎えご苦労。」と一言告げ「先行して案内せよ。」と命じ、体よく追い払った。
浅い小川を騎乗のまま渡り宿営地に入る。
クナンはそのままジョチの下に案内された。
すぐ移動が再開できるように天幕は車から降ろされておらず、ジョチはその奥の幾重にも重ねたフェルトの上に座しておった。
ジョチにうながされ、クナンは早速報告に入った。
かたわらには共にスルターンと戦い先に陣を引き払わせたフシダイが既に控えておった。モンケウルもおった。
輜重隊を率いるよう命じられたケテは、待たずに進んでおり不在であった。
「戦とはなりましたが、こちらからはほとんど攻撃を仕掛けておりませぬ。
固く守るに務め、最低限の反撃のみに留めました。
おかげで防戦一方とはなりましたが、ほとんど敵に損害を与えておりませぬ。」
それを聞いても晴れぬジョチの表情を見てとったクナンは
「カンの命を破ったことにはならぬと考えますが、
念のため、わたくしがカンの下に参りましょう。」
「そうしてくれるか。」
ようやくジョチの顔に少しほっとしたものが浮かんだ。
「敵のスルターンとやらにも会って来ましたので、その人物の報告もして来たいと想います。
カンも聞きたく想われるはず。」
ジョチはこちらの方には興味を示さなかった。
本当はジョチ様にこそ、この件をお聞かせしたく想っておりますのに、との内心の想いは言うを控えた。
その心を憂いが占めておるであろうことを察するゆえに。
そしてクナンもまたカンという人物を知るゆえに。
息子とはいえ、命令に背いたとみなされれば、どのような処罰が下されるか分からぬ。
絶対にそうさせぬためにも、ここはやはり己が行く必要があった。
クナンはトク・トガン征討にて手に入れたもののうち、カンの下へ自ら携えるものとして、最良の品々をジョチと共に選んだ。
大ぶりのルビーの指輪
――黄金の短剣
――虎をかたどった黄金の留具付きの革帯などを、
――そして何よりカンがお喜びになるであろう白馬百頭ばかりを。
それから百人隊の護衛と共に出発した。
それと替え馬を数百頭と、クナンは今回の旅は少しばかり急ぐ積もりであったので多めに連れて出た。
カンは何より迅速な報告をお好みになる。
そのことをクナンは良く知っておった。
ジョチの方はもう少しホラズム国境から離れたところまで進み、
そこで一端馬群を休ませてから、
イルティシュ川(注)流域にある自らの宮廷に戻り、父上の裁定を待つと。
無論父上から呼び出しがあればすぐに向かう心積もりであると。
また授けられた軍勢を返す際に、今回の遠征にて略奪した捕虜・家畜群・品々の全てを父上の下に送り届けさせるとのことであった。
ゆえにそれを伝えることもクナンはうけたまわった。
注:イルティシュ川 エルディシュ、イルティシ、エルティシとも。モンゴル高原から西にアルタイ山脈を抜けると、この川の上流部に出ます。川名の表記はばらつき、地図で探すのも苦労するかもしれません。アルタイ山脈の西にあるザイサン湖が目印になると想います。これに注ぎ入り、これより流れ出ます。
『聖武親征録』では「也兒的石河」となっています。往時からこの名前だったんですね。
モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
ジョチ:チンギスと正妻ボルテの間の長子。
クナン:ジョチ家筆頭の家臣。ゲニゲス氏族。
モンケウル:ジョチ家の家臣。シジウト氏族。
ケテ:ジョチ家の家臣。
フシダイ:ジョチ家の家臣。フシダイ氏族。
ホラズム側
スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主
人物紹介終了
念のために後方に残した斥候隊の報告により、スルターンが追って来ておらぬことを確認したクナンは、その旨をジョチに早馬にて知らせた。
併せて待つ必要はないこと、そして兵馬の負担にならぬ程度の行軍速度にて追いますゆえ、合流は少し後のことになりましょうと。
それからも後方を厳重に警戒しつつ進み、そして八日目にようやく追いついた。
ジョチの本隊が見晴らしの良い平原に宿営しておった。
赤い夕日が本来は青草の芽吹くここを枯れ野まがいに見せておる。
足下から急に飛び立つ鳥に驚く馬を何度となくなだめつつクナンは進んだ。
待つ必要はないと進言したはずだがとは想うものの、
あらためてそれをとやかく言うほどクナンは人の情を解さぬ訳ではなかった。
己と兵を心配してのことであるは明らかであったゆえに。
モンケウルが十騎ほどを連れて出迎えに来た。
ただそのねぎらいの言葉はぞんざいであり、クナンをねめつけるが如くに一目見ると、それからは口を全く開かぬ。
どうやら戦を己に取られたと想い込み、不機嫌となっておるようだ。
クナンもその子供じみた行いの相手をする気分ではなかった。
「出迎えご苦労。」と一言告げ「先行して案内せよ。」と命じ、体よく追い払った。
浅い小川を騎乗のまま渡り宿営地に入る。
クナンはそのままジョチの下に案内された。
すぐ移動が再開できるように天幕は車から降ろされておらず、ジョチはその奥の幾重にも重ねたフェルトの上に座しておった。
ジョチにうながされ、クナンは早速報告に入った。
かたわらには共にスルターンと戦い先に陣を引き払わせたフシダイが既に控えておった。モンケウルもおった。
輜重隊を率いるよう命じられたケテは、待たずに進んでおり不在であった。
「戦とはなりましたが、こちらからはほとんど攻撃を仕掛けておりませぬ。
固く守るに務め、最低限の反撃のみに留めました。
おかげで防戦一方とはなりましたが、ほとんど敵に損害を与えておりませぬ。」
それを聞いても晴れぬジョチの表情を見てとったクナンは
「カンの命を破ったことにはならぬと考えますが、
念のため、わたくしがカンの下に参りましょう。」
「そうしてくれるか。」
ようやくジョチの顔に少しほっとしたものが浮かんだ。
「敵のスルターンとやらにも会って来ましたので、その人物の報告もして来たいと想います。
カンも聞きたく想われるはず。」
ジョチはこちらの方には興味を示さなかった。
本当はジョチ様にこそ、この件をお聞かせしたく想っておりますのに、との内心の想いは言うを控えた。
その心を憂いが占めておるであろうことを察するゆえに。
そしてクナンもまたカンという人物を知るゆえに。
息子とはいえ、命令に背いたとみなされれば、どのような処罰が下されるか分からぬ。
絶対にそうさせぬためにも、ここはやはり己が行く必要があった。
クナンはトク・トガン征討にて手に入れたもののうち、カンの下へ自ら携えるものとして、最良の品々をジョチと共に選んだ。
大ぶりのルビーの指輪
――黄金の短剣
――虎をかたどった黄金の留具付きの革帯などを、
――そして何よりカンがお喜びになるであろう白馬百頭ばかりを。
それから百人隊の護衛と共に出発した。
それと替え馬を数百頭と、クナンは今回の旅は少しばかり急ぐ積もりであったので多めに連れて出た。
カンは何より迅速な報告をお好みになる。
そのことをクナンは良く知っておった。
ジョチの方はもう少しホラズム国境から離れたところまで進み、
そこで一端馬群を休ませてから、
イルティシュ川(注)流域にある自らの宮廷に戻り、父上の裁定を待つと。
無論父上から呼び出しがあればすぐに向かう心積もりであると。
また授けられた軍勢を返す際に、今回の遠征にて略奪した捕虜・家畜群・品々の全てを父上の下に送り届けさせるとのことであった。
ゆえにそれを伝えることもクナンはうけたまわった。
注:イルティシュ川 エルディシュ、イルティシ、エルティシとも。モンゴル高原から西にアルタイ山脈を抜けると、この川の上流部に出ます。川名の表記はばらつき、地図で探すのも苦労するかもしれません。アルタイ山脈の西にあるザイサン湖が目印になると想います。これに注ぎ入り、これより流れ出ます。
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