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第3章 軍略家 新谷 百花(しんたに ももか)
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お義母様。
私の第一印象は、眼光するどき方、というものだった。
そのかぶる帽子が鳥の羽で飾られていることも手伝ってか、まるで猛禽
――鷹や鷲の類
――に睨まれている如くであった。
そして、私は私で、その前のウサギやネズミよろしく震え上がっておった。
ただ、お義母様には、私をその羽で一打ちする気や、
――ましてや、その爪にて引き裂く気はないようであった。
実際、ふさわしき奥様言葉を使わなければと想うものの、
――そんなもの使ったこともなければ、付け焼き刃で何とかなるはずもなく、
――それさえも、かばってくれておるのか、率直な話しぶりが気に入ったとおっしゃってくださったが。
更には、昔のことを憶えているかと聞かれたりはしたが、
私にできることはといえば、いつものあれ、
(忘れた振り。忘れた振り。エリザベトは忘れっぽいのだ)
であった。
嫁なのに
――いや、嫁としてまだ認められてさえおらぬのに、
――情けないこと、この上ないのだが、ただ、こればかりはどうしようも無かった。
その情けない嫁を拒まなかった理由。
それがどこまでアンドラーシュの言う通りなのかは、疑問に想わぬでもなかった。
アンドラーシュの言葉は、私を安心させるためのものかもしれない。
――もちろん、事実無根ということは無いとも想うが。
少なからず、国の利を慮ってのお義母様の受け入れであろうと想われた。
とはいえ、どんな理由であれ、
――私が拒まれぬなら、
――私の作戦が受け入れられるならば、
――それより他に望むものは無かった。
何にしろ、乙女ゲームに、そしてその下僕の王太子に勝つには、
――マガツ国の協力、
――しかもその最たるものである全面的な軍事協力が必要であったのだから。
お義父様。
こちらは、アンドラーシュの言う通りだった。
その頭には鹿の角を
――しかもずい分と立派な雄鹿のそれを
――おごった冠をかぶっており、
――重すぎるのか、
――すぐ傾き、ずり落ちそうになるのを、
――その度ごとにかぶりなおす様は、可愛らしくさえあった。
結婚に対しては、まるで自分に何かを言う資格はないとばかりに、何も言わなかった。
ただ、わしも軍を率いて行きたいとだだをこね出した。すると、
「アホウですか。あなたは。息子の戦功を横取りしようとするなど」
とお義母様に怒られて、シュンとなった。
「そのションボリ顔は我への不満なのか」
と更にお義母様に追い込みをかけられると、急いで、ぶるぶると首を振る。
そのせいで、冠が頭からずり落ちてしまい、
――更には、ひざまずく私たちのところまで転がり落ちて来ると、
――無残にも鹿の角は、左右もろともポッキリと折れたのだった。
それを見たお義父様は、もう今にも泣き出しそうな顔になる。
その様を見て、あきれ顔となったお義母様は、こうおっしゃった。
「仕方ない。
あなたはここにいても何の役にも立たぬお人。
戦場ならまだ何とかというところ。
息子と共に赴くが良い」
「お二人とも赴いては、国の守りが」
と私が言いかけたところで、
――何の遠慮会釈も無く、むしろ、あえてかぶせる如くのお義母様の声がした。
「我がおる」
ああ。なるほどなどと私が口にできようはずもない。
お義父様と同じに
――そう。私もまたぶるぶると首を振り、涙目となったのであった。
ただお義父様の方は一転、上機嫌。
「公爵とも久しぶりに会いたいしな」
との言葉を聞く。
「父上、いえ、申し訳ありません。
――父とお親しいのですか?」
「昔、よく猟に赴いたものよ。
その時は弓の腕を競ったものよ」
上機嫌のままに、
「しかも公爵はずい分美人な奥方をもらわれて、私はそれを盗み見するのが楽しみで楽しみで・・・・・・」
(何か、地雷を踏んだ気がしますわ。
お義父様)
エヘラ、エヘラとお笑いになるお義父様。
そして、すぐそのかたわらには、
(おひょー)
まなじりを決したお義母様が。
そしてそのおっしゃることには、
「下がってよいぞ」
もちろん、新米の私にそのいきどおりを鎮められるはずもなく、
そして、アンドラーシュもその場の雲行きを感じ取ったらしく、
「せっかく来たのだから、この後、食事でも」
とあわてふためき、誘うお義父様の言葉を、
「実は公爵令嬢は昨日到着したばかり。少し休ませたく想います」
と賢明にもお断りになり、
私ともども、その場を去るを得たのだった。
お義父様は再び、ぶるぶると首を振り、涙目となっておったような気がするが。
(お義父様。
まだまだ夫としての修行が足りませぬわ。
女には地雷があるもの。
妻のそれを知らずして、どうして夫などといえましょう。
そう、『敵を知り、己を知れば・・・・・・』は妻と夫の間にも言えますのよ。
なんて、妻にさえなっておらぬ私が言えることではないけれど。
でも、どう、私の奥様言葉。
何か、ずい分とヘンテコリンな気がする。
それはさておき、この時の解放感ったらなかったの。
それほどに緊張するものなのよ。
お義父様・お義母様と会う嫁というのは。
と40にして初めて知る私であった。
んっ。落ち、ちゃんとついたかな?
いえいえ、私はまだまだ新入り。
やはり、最後は大黒柱のお義父様にお任せ。
それでは、どうぞ)
「アヒョーン」
という、何とも形容しがたき声が、大天幕から青空に響き渡っておった。
(きっと、お尻に敷かれたのだと想いますわ。
色んな意味でね。
それでは、お後がよろしいようで)
私の第一印象は、眼光するどき方、というものだった。
そのかぶる帽子が鳥の羽で飾られていることも手伝ってか、まるで猛禽
――鷹や鷲の類
――に睨まれている如くであった。
そして、私は私で、その前のウサギやネズミよろしく震え上がっておった。
ただ、お義母様には、私をその羽で一打ちする気や、
――ましてや、その爪にて引き裂く気はないようであった。
実際、ふさわしき奥様言葉を使わなければと想うものの、
――そんなもの使ったこともなければ、付け焼き刃で何とかなるはずもなく、
――それさえも、かばってくれておるのか、率直な話しぶりが気に入ったとおっしゃってくださったが。
更には、昔のことを憶えているかと聞かれたりはしたが、
私にできることはといえば、いつものあれ、
(忘れた振り。忘れた振り。エリザベトは忘れっぽいのだ)
であった。
嫁なのに
――いや、嫁としてまだ認められてさえおらぬのに、
――情けないこと、この上ないのだが、ただ、こればかりはどうしようも無かった。
その情けない嫁を拒まなかった理由。
それがどこまでアンドラーシュの言う通りなのかは、疑問に想わぬでもなかった。
アンドラーシュの言葉は、私を安心させるためのものかもしれない。
――もちろん、事実無根ということは無いとも想うが。
少なからず、国の利を慮ってのお義母様の受け入れであろうと想われた。
とはいえ、どんな理由であれ、
――私が拒まれぬなら、
――私の作戦が受け入れられるならば、
――それより他に望むものは無かった。
何にしろ、乙女ゲームに、そしてその下僕の王太子に勝つには、
――マガツ国の協力、
――しかもその最たるものである全面的な軍事協力が必要であったのだから。
お義父様。
こちらは、アンドラーシュの言う通りだった。
その頭には鹿の角を
――しかもずい分と立派な雄鹿のそれを
――おごった冠をかぶっており、
――重すぎるのか、
――すぐ傾き、ずり落ちそうになるのを、
――その度ごとにかぶりなおす様は、可愛らしくさえあった。
結婚に対しては、まるで自分に何かを言う資格はないとばかりに、何も言わなかった。
ただ、わしも軍を率いて行きたいとだだをこね出した。すると、
「アホウですか。あなたは。息子の戦功を横取りしようとするなど」
とお義母様に怒られて、シュンとなった。
「そのションボリ顔は我への不満なのか」
と更にお義母様に追い込みをかけられると、急いで、ぶるぶると首を振る。
そのせいで、冠が頭からずり落ちてしまい、
――更には、ひざまずく私たちのところまで転がり落ちて来ると、
――無残にも鹿の角は、左右もろともポッキリと折れたのだった。
それを見たお義父様は、もう今にも泣き出しそうな顔になる。
その様を見て、あきれ顔となったお義母様は、こうおっしゃった。
「仕方ない。
あなたはここにいても何の役にも立たぬお人。
戦場ならまだ何とかというところ。
息子と共に赴くが良い」
「お二人とも赴いては、国の守りが」
と私が言いかけたところで、
――何の遠慮会釈も無く、むしろ、あえてかぶせる如くのお義母様の声がした。
「我がおる」
ああ。なるほどなどと私が口にできようはずもない。
お義父様と同じに
――そう。私もまたぶるぶると首を振り、涙目となったのであった。
ただお義父様の方は一転、上機嫌。
「公爵とも久しぶりに会いたいしな」
との言葉を聞く。
「父上、いえ、申し訳ありません。
――父とお親しいのですか?」
「昔、よく猟に赴いたものよ。
その時は弓の腕を競ったものよ」
上機嫌のままに、
「しかも公爵はずい分美人な奥方をもらわれて、私はそれを盗み見するのが楽しみで楽しみで・・・・・・」
(何か、地雷を踏んだ気がしますわ。
お義父様)
エヘラ、エヘラとお笑いになるお義父様。
そして、すぐそのかたわらには、
(おひょー)
まなじりを決したお義母様が。
そしてそのおっしゃることには、
「下がってよいぞ」
もちろん、新米の私にそのいきどおりを鎮められるはずもなく、
そして、アンドラーシュもその場の雲行きを感じ取ったらしく、
「せっかく来たのだから、この後、食事でも」
とあわてふためき、誘うお義父様の言葉を、
「実は公爵令嬢は昨日到着したばかり。少し休ませたく想います」
と賢明にもお断りになり、
私ともども、その場を去るを得たのだった。
お義父様は再び、ぶるぶると首を振り、涙目となっておったような気がするが。
(お義父様。
まだまだ夫としての修行が足りませぬわ。
女には地雷があるもの。
妻のそれを知らずして、どうして夫などといえましょう。
そう、『敵を知り、己を知れば・・・・・・』は妻と夫の間にも言えますのよ。
なんて、妻にさえなっておらぬ私が言えることではないけれど。
でも、どう、私の奥様言葉。
何か、ずい分とヘンテコリンな気がする。
それはさておき、この時の解放感ったらなかったの。
それほどに緊張するものなのよ。
お義父様・お義母様と会う嫁というのは。
と40にして初めて知る私であった。
んっ。落ち、ちゃんとついたかな?
いえいえ、私はまだまだ新入り。
やはり、最後は大黒柱のお義父様にお任せ。
それでは、どうぞ)
「アヒョーン」
という、何とも形容しがたき声が、大天幕から青空に響き渡っておった。
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