悪役令嬢は軍略家――何としてでも私を殺そうとする乙女ゲームの世界に宣戦布告す

第３章 軍略家 新谷 百花（しんたに ももか）

２３

　『である連呼』が効果があったのは、数夜のみ。
　私は恐怖と不安のただ中で、一人、簡易式の小天幕
――テントの如くのもの
――の中で寝ていた。

　ついに抑えられず、

「お父ちゃん。恐いよ。守ってよ」

と、そう小声でつぶやいた。
　中学の時からのおまじないだった。
　そしていつもの如く恐怖と不安が減って行き、落ち着いた。

（えへへ。お父ちゃんは強いのだ。）

（えへへ。お父ちゃんはいつも私を守ってくれる。）

　でも困ることがある。
　涙が止まらなくなるのである。

　私は外でたき火のそばで見張りに当たるお二人に
――どちらか一人が常に起きており、交替で眠るということだった
――気付かれたくはなかった。

　お二人の意見では、『暗森』というところを抜けるまでは、宿駅に泊まるのは、避けた方が良いとのことであった。
　街道筋ということもあり、ここら辺まではオーゼンシュタインの商人たちも商あきないに来ており、あの者らは宿駅に泊まりますので、との理由であった。
　もちろん、私が反対することもなく、ゆえに出発以来、ずっと野宿となっておったのだ。

　私は小天幕の中におるため、涙が見られることはないが、嗚咽おえつは止まらない。

　やがて、外から声がした。

「お嬢様。どうかされましたか？」
　
　ゴリねえの声だった。

「大丈夫。泣くとすっきりするから」

そう答えると、もう問われることはなかった。



そして次の日の朝、ゴリねえに尋ねられた。

「すっきりされましたか？」

「ええ。もう大丈夫」

「分かりますわ。私も無性に泣きたくなることがありますもの」

「そうよね」

（ゴリねえも、誰かのことを想い出して、涙が止まらなくなることがあるのだろうか？
　どうやら、ゴリねえと私は容姿ばかりでなく、心まで似ているらしい）