吟遊詩人(?)は暗殺者

いーぽん

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第二章

夢恵の雇い主

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 夢恵は誰かの話し声で目を覚ました。
「あら、起こしちゃった?」
 ひとつのソファに唄と舞が並んで座っている。
「今は朝か?」
「夕方よ。それにしてもよく寝たわね」
 何やら怪しい赤色の飲み物の入ったグラスを、くるくると回す舞。
「ウタ、大丈夫か」
「あら、心配してくれてるわよ?」
「聞こえていますよ。体調は大分よいです。助けてくれてありがとうございます」
 舞は唄の肩に腕を回している。
「こんな可愛い子に助けてもらえるなんて、ウタちゃんは運がいいわよね。アタシ、こんな子に抱えてもらってたなんて知ったら、興奮しちゃうわ」
「モンファさんは、どうしてあのまま逃げなかったのです?」
 舞の言葉を無視する唄。それでも、舞は気分を悪くしない性格だった。
「敵を打つ手がかりを失う気がした」
「この子、端的に話すわね。かわいいわ。あら、そういえば、あなたの飲み物入れてあげてないわね」
 それを聞いて、夢恵は顔をしかめた。何を飲まされるのか心配になって唄の方を見ると、唄の前には湯気の立ったカップがある。
「なにかわからないけど、これお茶よ」
 カップに温かそうな液体が注がれていく。それを受け取った夢恵は匂いを嗅ぐ。
「ジャスミン茶」
 夢恵はゆっくり飲み始めた。
「飲んでくれてよかったわ。それで、ウタちゃんはこれからどうするの?」
「どうしましょうか。モンファさんが雇い主について話してくださるのが、まずは一番いいのですが。そうでなければ、情報集めからしなければいけませんから」
 カップをおいて中身を見つめる夢恵。その味に故郷を思い起こしていた。
「これは、何も知らない他人の一意見として聞いてほしいんだけど。あなたはたぶん、ウタちゃんと同じようにその雇い主に命を救ってもらって、ここまで育ててきてもらったんでしょ?それでその人はどれだけのことをあなたにしてくれた?その人と、あなたの本当のご両親、どっちがあなたにとって大切な人かしら。その雇い主を庇うことと、パパとママの復讐、どっちが大事?」
「ゃ……ん」
 夢恵は小さな声で呟いた。
「あら、なんて言ったのかしら?」
「楊……」
「楊さん……ですか?」 
 唄は耳を疑った。
「あら、楊さんってウタちゃんの雇い主さんと一緒じゃないの?まぁ、性が同じってことはよくあるわよね」
「下の名前はわからないのですか?」
「教えてくれない」
「住んでいた地域は?西京シャーキンですか?」
「そうだ」
 唄は信じられなかった。今の話では、自分の雇い主である楊さんが、夢恵の雇い主でもあり、自分を殺そうとしていることになる。
「あら、まさかの同じ人?かわいそうね」
「あり得ない話ではないです。何らかの理由で僕を不必要、もしくは邪魔な存在と考えたとすれば、あり得ます。しかし……」
 唄の頭には、最後に見た楊の姿が浮かんでいた。
「まだ完全にそうとは決まったわけではないのよ?ウタちゃん」
「あの少女を殺すように命じたときに、その人はどんな格好をしていましたか?」
「水色のワンピースを着ていた」
 それは、まさに唄の雇い主があの日に着ていたものと同じ服装である。
「僕の『楊さん』も、同じ色のワンピースを来ていました」
「ウタちゃん、可哀想に」
 舞は唄の頭や背中を撫でた。
「同じなのか」
「いまのところ、同一人物の可能性が強いですね」
「ウタは腕がいいはず。なぜ殺したい?」
「そうよ、その楊さんがウタちゃんを殺したい理由がわからないわ」
「それは、これから探すか、本人に聞き出すしかないです」
 唄は下を向いている。
つむいて らをみあげて まされて」
「ウタちゃんも、そんな風に思うことあるのね。まぁ、まだ確定した訳じゃないし、希望を持ちましょう。ほら、ご飯食べて元気だしなさい」
 様々な料理を机に並べていく舞。
「ウタちゃんが久しぶりに来て、嬉しくていっぱい買っちゃったわ」
 
 食事を終えると、夢恵は再び眠った。
「この子、よく寝るわね」
「疲れているんでしょう」
「ウタちゃんも寝ないといけないわよ」
「あなたが横に座っているから、横になれないのですよ」
「あら、ごめんね」
 舞は空いてるソファに移動した。
「それで、どうするつもりなの?」
「どうしましょうか。いずれにせよ、今晩泊まる場所を探さなければいけません」
「それってここに泊めさせてほしいってことかしら?」
 まばたきしながら、唄を見つめる舞。
「もし可能なら、それがありがたいですが。無理は言えませんから、どこか探します」
「何言ってんのよ。アタシを悪い人から助けてくれたウタちゃんを、見捨てるわけないわよ。それに、敵が誰でどこにいるかも分からないのでしょ?ここにいなさい」
「ありがたいことですが、僕はあの悪人を殺すのが仕事だっただけですよ」
 扇子で顔を扇ぐ唄。夜でも空気がジメジメとしている。
「もう少し遅かったら、今のアタシはいないのよ。だから、あなたが助けてくれたの」
「そうでしたね」
「お友達は明日帰ってくるのかしら?」
 「お友達」とは、累のことだ。累がカスミをロックストーンへ連れていっていることも舞は唄から聞いている。
「そのはずです。無事だといいんですが」
「あれは大丈夫よ。強いしカッコいいし。カッコいい男はみんな強いのよ」
 累は両腕を曲げて、筋肉を見せるポーズを取っている。
「そろそろ眠くなってきました。扉の鍵は閉めていてくださいね?」
「わかっているわ。アタシ、こんなに信頼されて嬉しいわ。それじゃあ、ゆっくりお休みね」
 舞は外に出て鍵を閉め、闇の街へ消えていった。
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