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【#54 眼鏡科に戻りました】
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私が眼鏡科から去ってから二週間が過ぎていた。
プリスタイン改めウェンゼル学園眼鏡科には、オスカーや生徒会メンバーが居座り、眼鏡についての授業を受けようとしていたんだけど――そこには誤算があった。
リュシアンの父、カール・W・リムロックをはじめとする眼鏡科の教師陣が、ウェンゼルの生徒に授業をするのを拒んでいたのだ。
「そろそろ考え直していただけませんか、リムロック男爵」
学園長の執務室でソファーに腰かけ、エルはカールと向き合っていた。
エルの隣にはオスカーがいて、様子を静観している。
カールはリュシアンのお父さんだけど、ごつくて逞しい『ザ・男の人』って感じで、全然似ていない。
私も多くの言葉を交わしたわけではないけれど、自分の技術一本で食べてきた人の、確固たる強さがあった。
「何度もご説明したとおり、眼鏡科はウェンゼル公立学園のものとなったんです。あなたは教師として、生徒たちに眼鏡製作技術について教える義務がある」
「分かっていますよ、生徒会長。私が教師としての務めを、もう二週間も無断で放棄しているってことはね」
カールは太い腕を組むと、エルからオスカーに視線を移して言った。
「ですから、私は申し上げたはずだ。私をクビにしていただいて構わないと」
「我々を困らせないでいただきたい。眼鏡製作技術について詳しくご存じなのは、あなたと数名の技術者だけです。どうあっても、ご自分はクビにならないということはお分かりでしょう」
「それは買いかぶりでしょう。確かに私は眼鏡の発明者だが、似たようなものを作っておられる職人は他にもいると思います。私でなくとも、代わりはいくらでも務まりますよ」
エルは駄々っ子を見るような目でカールを見つめ、苦笑した。
「なぜ、そこまで意地を張るんです? あなたの教師としてのお仕事は今までどおりで、報酬は倍支払うと言っているんですよ」
「おそれながら生徒会長、私はしがない平民です。これ以上、金があったところで使いようがない。たとえ男爵の地位を与えられたところで、やることは何も変わりませんや。自分の技術を磨き、少しでも社会のために役立てる。そして、お世話になった全ての方へ恩返しをする。それが私の生きる理由です」
「前学園長に恩があるから、ウェンゼルのためには働けないと。そういうことか」
オスカーは冷ややかな口調で割り込む。
十七歳の若者とは思えない威圧感だったが、カールはひるまなかった。
「そう思っていただいて構いません」
カールの瞳には、信念の光が宿っている。
「私にとって、眼鏡科の学園長はプリスタイン公爵令嬢のみ。彼女が眼鏡科を去るのであれば、ここで働く理由はない」
エルは溜息をついた。
「……残念です。あなたは、もう少し賢い方だと思っていましたが」
「言ったでしょう、買いかぶりですよ。私はもともとガラス細工しか能のない、ただの職人です。そうでないように見えるのなら、それは全てプリスタイン公爵令嬢のお力です。あの方がいなければ眼鏡科どころか、眼鏡そのものが存在しなかった。失礼を承知で申し上げますが、あの方の偉大さに比べれば、あなた方のされていることは猿真似以下ですよ」
余裕の表情を浮かべていた、エルの口元から笑みが消える。
「少々口が過ぎますね、リムロック男爵。ご自分の身分とお立場をお忘れですか」
「失礼を承知で申し上げました。処分はいかようにでもなさってください」
と、カールは悪びれもせずしゃあしゃあと言ってのける。
エルはしばらく黙っていたかと思うと、不気味な微笑みで言った。
「仕方ありませんね。あなたがそこまで言うのであれば、眼鏡科を去っていただきましょう。ただし、リュシアンも退学処分にさせていただく」
カールの眉がぴくりと動くのを、エルは見逃さなかった。
「あなたの軽率な振る舞いが眼鏡科にもたらす悪影響は甚大だ。あなたが去ったとしても、息子さんが残れば、彼が眼鏡科に害をなす危険性がある。ウェンゼル学園眼鏡科の学園長は、ここにいるオスカー様のお父君です。彼の承認を得た上で、あなた方お二人は眼鏡科から去っていただく。もちろん退学処分ですから、今からリュシアンが他の学校に転入することはできません。あなた自身も教師としての職務を全うせず解雇されるのですから、社会的信用は失墜するとお考えください」
カールが大きな拳をぐっと握りしめる。
「悪い噂というのは、どこからともなく広がるものですからね。リムロックガラス細工店の経営に影響が出なければよいのですが……」
「お待ちなさい」
ドアの外で全てを聞いていた私、アキト、フィリップ先生、リュシアンは、このタイミングで学園長室に入った。
ぎょっとした表情のエルと、同じく目を瞠っているカールに向かって、にっこりと、この上なく優雅な微笑を見せつける。
「この学園の方を傷つける者は、誰であっても許しませんよ」
ぴんと背筋を伸ばし、真っすぐ前を見据え、柔らかくも凛とした声で告げる。
さあ、公爵令嬢の本領発揮よ!
プリスタイン改めウェンゼル学園眼鏡科には、オスカーや生徒会メンバーが居座り、眼鏡についての授業を受けようとしていたんだけど――そこには誤算があった。
リュシアンの父、カール・W・リムロックをはじめとする眼鏡科の教師陣が、ウェンゼルの生徒に授業をするのを拒んでいたのだ。
「そろそろ考え直していただけませんか、リムロック男爵」
学園長の執務室でソファーに腰かけ、エルはカールと向き合っていた。
エルの隣にはオスカーがいて、様子を静観している。
カールはリュシアンのお父さんだけど、ごつくて逞しい『ザ・男の人』って感じで、全然似ていない。
私も多くの言葉を交わしたわけではないけれど、自分の技術一本で食べてきた人の、確固たる強さがあった。
「何度もご説明したとおり、眼鏡科はウェンゼル公立学園のものとなったんです。あなたは教師として、生徒たちに眼鏡製作技術について教える義務がある」
「分かっていますよ、生徒会長。私が教師としての務めを、もう二週間も無断で放棄しているってことはね」
カールは太い腕を組むと、エルからオスカーに視線を移して言った。
「ですから、私は申し上げたはずだ。私をクビにしていただいて構わないと」
「我々を困らせないでいただきたい。眼鏡製作技術について詳しくご存じなのは、あなたと数名の技術者だけです。どうあっても、ご自分はクビにならないということはお分かりでしょう」
「それは買いかぶりでしょう。確かに私は眼鏡の発明者だが、似たようなものを作っておられる職人は他にもいると思います。私でなくとも、代わりはいくらでも務まりますよ」
エルは駄々っ子を見るような目でカールを見つめ、苦笑した。
「なぜ、そこまで意地を張るんです? あなたの教師としてのお仕事は今までどおりで、報酬は倍支払うと言っているんですよ」
「おそれながら生徒会長、私はしがない平民です。これ以上、金があったところで使いようがない。たとえ男爵の地位を与えられたところで、やることは何も変わりませんや。自分の技術を磨き、少しでも社会のために役立てる。そして、お世話になった全ての方へ恩返しをする。それが私の生きる理由です」
「前学園長に恩があるから、ウェンゼルのためには働けないと。そういうことか」
オスカーは冷ややかな口調で割り込む。
十七歳の若者とは思えない威圧感だったが、カールはひるまなかった。
「そう思っていただいて構いません」
カールの瞳には、信念の光が宿っている。
「私にとって、眼鏡科の学園長はプリスタイン公爵令嬢のみ。彼女が眼鏡科を去るのであれば、ここで働く理由はない」
エルは溜息をついた。
「……残念です。あなたは、もう少し賢い方だと思っていましたが」
「言ったでしょう、買いかぶりですよ。私はもともとガラス細工しか能のない、ただの職人です。そうでないように見えるのなら、それは全てプリスタイン公爵令嬢のお力です。あの方がいなければ眼鏡科どころか、眼鏡そのものが存在しなかった。失礼を承知で申し上げますが、あの方の偉大さに比べれば、あなた方のされていることは猿真似以下ですよ」
余裕の表情を浮かべていた、エルの口元から笑みが消える。
「少々口が過ぎますね、リムロック男爵。ご自分の身分とお立場をお忘れですか」
「失礼を承知で申し上げました。処分はいかようにでもなさってください」
と、カールは悪びれもせずしゃあしゃあと言ってのける。
エルはしばらく黙っていたかと思うと、不気味な微笑みで言った。
「仕方ありませんね。あなたがそこまで言うのであれば、眼鏡科を去っていただきましょう。ただし、リュシアンも退学処分にさせていただく」
カールの眉がぴくりと動くのを、エルは見逃さなかった。
「あなたの軽率な振る舞いが眼鏡科にもたらす悪影響は甚大だ。あなたが去ったとしても、息子さんが残れば、彼が眼鏡科に害をなす危険性がある。ウェンゼル学園眼鏡科の学園長は、ここにいるオスカー様のお父君です。彼の承認を得た上で、あなた方お二人は眼鏡科から去っていただく。もちろん退学処分ですから、今からリュシアンが他の学校に転入することはできません。あなた自身も教師としての職務を全うせず解雇されるのですから、社会的信用は失墜するとお考えください」
カールが大きな拳をぐっと握りしめる。
「悪い噂というのは、どこからともなく広がるものですからね。リムロックガラス細工店の経営に影響が出なければよいのですが……」
「お待ちなさい」
ドアの外で全てを聞いていた私、アキト、フィリップ先生、リュシアンは、このタイミングで学園長室に入った。
ぎょっとした表情のエルと、同じく目を瞠っているカールに向かって、にっこりと、この上なく優雅な微笑を見せつける。
「この学園の方を傷つける者は、誰であっても許しませんよ」
ぴんと背筋を伸ばし、真っすぐ前を見据え、柔らかくも凛とした声で告げる。
さあ、公爵令嬢の本領発揮よ!
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