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【#37 二学期が始まりました】

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気がついたら夏休みは終わっていた。

あの事件――お見合い回避からのたぬき寝入りからのキス事件が衝撃的すぎて、それ以外の記憶はほぼ吹っ飛んでしまった。

あの後、アキトは何事もなかったような顔で私に接してきたので、私も夢なのかな?と思った。

実際、キスされているのを目で確かめたわけじゃないしね。

もしかしたら、ぷわぷわした物体――猫の肉球を私の頬に当てた可能性も残っている。

いや、猫どこから持ってきたのって話だけど。

ただ、やっぱり乙女心は複雑なわけで。

「お嬢様」

「はっ、な、何っ!」

私は答えると同時に、ナイフとフォークを取り落とした。もう、挙動不審全開。

眼鏡科の食堂は豪華で、高級レストランもびっくりな品揃えと美味しさである。

フルコースのステーキランチを味わい、食後のエスプレッソとマカロンを優雅に味わっていたところだった。

「午後の授業ですが、眼鏡史と数学の後、乗馬がございます。いかがなさいますか」

「乗馬? もちろんするわよ」

「ですが……少々危険かと。お屋敷で講師を招き、個別授業で乗馬を習うこともできますし」

「大丈夫よ、馬なら何回か乗ったことあるし」

といっても、前世でだけどね。

「では、くれぐれもお気をつけください。私もお側に控えておくようにいたします」

アキトはあれ以来、前にも増して心配性になっている。

普通のクラスメイトとして接してほしいけど、難しそうだな~。

いや、でも、眠ってる私にキスするぐらいだから、私のことを好きではあるんだよね?

嫌いな人間にわざわざキスなんてしないよね?

あ、でも、単にムラッとしたから手近な人間にキスしたって可能性も……いやいや、アキトに限ってそれはない。

ないない、あり得ない。

こんなに立場を重んじるアキトが、仕えている相手である私にキスするっていうのは、それなりの覚悟があるんじゃないだろうか。

そんなことを考えていたら、不意にアキトと目が合った。

「熱っつ!!」

うろたえて手元が狂い、カップから薫り高いエスプレッソがこぼれ落ちる。

すぐにアキトがコップの水をハンカチにひたし、私の指に巻いた。

「大丈夫ですか。お怪我は」

「だだだだ大丈夫」

片づけがあるから仕方ないんだけど、アキトが距離を詰めてきてさらに心臓がばっこんばっこん波打つ。

ああ、『アキトに近づいてはいけない病』が悪化してる。

キョドるしテンパるしエスプレッソこぼすし、もはやコントだよね、これ。

「お召し物は濡れていませんか」

と言って、膝のあたりにハンカチを当てようとしたので、私は「ぎゃっ」と椅子を蹴倒して立ち上がった。

公爵令嬢らしからぬ粗野な振る舞いに、周囲の視線が注がれる。

「お、おほほ。わたくしとしたことが、失礼」


なるべく気品を保って微笑んではみたものの、これじゃ普通のお嬢様とはほど遠い。

ああああ私の『目指せ普通のお嬢様』計画が台なしに~。

「やっほー、メイちゃん」

そのとき食堂に現れたのはエルだった。

やったー救いの神!!

「ごきげんよう、エル。どうなさったの?」

「ちょっと二人で話せない?」

と言い、エルはちらっとアキトを見た。

つまり、アキトに聞かせたくない話ってわけね?

「構わなくなってよ。アキト、少しだけ離れたところにいてくれる?」

「かしこまりました、お嬢様」

アキトは丁重に言って、頭を下げた。
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