30 / 61
【#30 断る口実を考えました】
しおりを挟む
「お父様。ご存じのとおり、私はプリスタイン公立学園眼鏡科の学園長のお役目をいただいております。眼鏡科はようやく始まったばかりで、何かと忙しく、しばらくはそちらに専念したいのです。ですから、今回のお話はお断わりしていただきたいのですが」
礼儀正しく私が言うと、「うーん」とお父様は笑顔で腕組みをした。
「確かに、お前の慧眼どおり、眼鏡はうちの一大産業になりつつある。眼鏡科は今後のプリスタイン公爵領の発展を支える礎となるだろう。眼鏡科の運営を成功させるのは、私からお前に与えた宿題だ。ぜひやり遂げてもらいたい」
そうでしょ、そうでしょ? さすがお父様、分かっていらっしゃる。
「では、お父様」
「しかしね、ティアメイ。事はそれほど簡単ではないのだよ」
「……どういうことですの?」
思わずアキトを見ると、その表情が曇っている。
「お前ももう十六歳。あと二年もすれば社交界に出る。変な虫が寄ってこないよう、そのときまでに婚約者をつけようと考えてはいたんだよ。だが知ってのとおり、お前は公爵令嬢だ。身分の釣り合う者はなかなかいない。その点、ウェンゼル公爵家のご子息であれば、全く申し分ないお相手だ。年も十七歳ということでちょうどいいし」
あ、オスカーって一個年上だったんだ。
……いやいや、今そこを気にしてる場合じゃないわ。
「私の気持ちはどうなるの? 確かにウェンゼル公爵家との関係だったり、身分の釣り合いからしても、このお見合いはメリットがあるのかもしれない。でも私は、自分の結婚相手は自分で選びたいの」
「だろうね。まあ、そう言うと思ったよ」
あっさりとお父様が認めたので、私は拍子抜けした。
「お前の変人ぶりは筋金入りだからね、今さら普通のお嬢様らしく、おとなしく言うことを聞いて嫁に行くなんて思っちゃいないよ」
「なあ、アキト?」とお父様は水を向けるが、アキトは控えめな表情で黙っている。
「ただ、これだけは先に話しておかなければならないよ、我が娘。これから、このような見合い話や縁談がたくさん舞い込んでくる。公爵家からの見合いをお断わりするためには、それなりの理由が必要だ。例えば、他に婚約者がいるとか……あっ」
何かを思い出したような表情に、私は「何?」と聞き返した。
だが、お父様は「何でもない」と言い、すぐに表情を切り替えた。
「だからこそ、私はお前に婚約者をつけたいと思っているんだよ。そうすれば眼鏡科の運営に力を注ぐことができる」
「……お父様は、私のことを理解してくださってるのね」
何だかじんときて、目頭が潤んだ。
「このお見合いをお断わりしても、私に婚約者がいない限り、これからずっとお見合いや結婚話が来るってことね。そして強い権力を持つ公爵家との縁談を下手に断ると、領国同士の争いの火種になってしまう」
「そういうことだ。理解が早いね、さすが我が娘」
いや多分、私が普通の女の子より二十五年分、経験があるからだと思う。
だから、お父様の言う公爵領同士の関係についても、納得はできないけど理解はできるもの。
もしただの十六歳の公爵令嬢だったら、そもそも眼鏡科なんか作らないだろうし、何も考えずに親の決めた相手と恋して結婚していただろう。
「見合いを断るより、見合いをした後に何らかの理由をつけて断るほうが、まだ礼儀にかなっている。見合いを断るというのは、『お前となんか会う価値ねーよ、ばーか!』と言ってるようなものだからね」
「まあ、それはそうですわね……」
会うだけ会って、『素敵な方すぎて、私にはもったいないと思いまして……』的な感じで断ればいっか。
お見合いなんか前世でもしたことないけど、多分それが一番スムーズだろう。
でもなあ……あのオスカーが、それで諦めてくれるとは思えないんだけど。
「アキト、どう思う?」
意見を求めたとき、その横顔の冷たさにぎょっとした。
「おそれながら、わたくしごときが口を挟めるお話ではございません。旦那様とよくご相談なさって、お嬢様ご自身でお決めになるのがよろしいかと存じます」
すぐにいつもと同じ穏やかな表情に戻ったし、口調も丁寧だけれど、私には分かる。
アキトは、すごく怒ってる。
何で……? 何で何も言ってくれないの?
「分かったわ」
しらっとした顔をしているアキトに、猛烈に腹が立ってきて、私は低い声で言った。
何よ、『私は関係ありません』みたいな部外者面して。私の専属執事のくせにっ。
私を引きとめなかったこと、後で後悔しても知らないんだからね!
「お父様、わたくしティアメイは、このお見合い話――お受けいたします」
礼儀正しく私が言うと、「うーん」とお父様は笑顔で腕組みをした。
「確かに、お前の慧眼どおり、眼鏡はうちの一大産業になりつつある。眼鏡科は今後のプリスタイン公爵領の発展を支える礎となるだろう。眼鏡科の運営を成功させるのは、私からお前に与えた宿題だ。ぜひやり遂げてもらいたい」
そうでしょ、そうでしょ? さすがお父様、分かっていらっしゃる。
「では、お父様」
「しかしね、ティアメイ。事はそれほど簡単ではないのだよ」
「……どういうことですの?」
思わずアキトを見ると、その表情が曇っている。
「お前ももう十六歳。あと二年もすれば社交界に出る。変な虫が寄ってこないよう、そのときまでに婚約者をつけようと考えてはいたんだよ。だが知ってのとおり、お前は公爵令嬢だ。身分の釣り合う者はなかなかいない。その点、ウェンゼル公爵家のご子息であれば、全く申し分ないお相手だ。年も十七歳ということでちょうどいいし」
あ、オスカーって一個年上だったんだ。
……いやいや、今そこを気にしてる場合じゃないわ。
「私の気持ちはどうなるの? 確かにウェンゼル公爵家との関係だったり、身分の釣り合いからしても、このお見合いはメリットがあるのかもしれない。でも私は、自分の結婚相手は自分で選びたいの」
「だろうね。まあ、そう言うと思ったよ」
あっさりとお父様が認めたので、私は拍子抜けした。
「お前の変人ぶりは筋金入りだからね、今さら普通のお嬢様らしく、おとなしく言うことを聞いて嫁に行くなんて思っちゃいないよ」
「なあ、アキト?」とお父様は水を向けるが、アキトは控えめな表情で黙っている。
「ただ、これだけは先に話しておかなければならないよ、我が娘。これから、このような見合い話や縁談がたくさん舞い込んでくる。公爵家からの見合いをお断わりするためには、それなりの理由が必要だ。例えば、他に婚約者がいるとか……あっ」
何かを思い出したような表情に、私は「何?」と聞き返した。
だが、お父様は「何でもない」と言い、すぐに表情を切り替えた。
「だからこそ、私はお前に婚約者をつけたいと思っているんだよ。そうすれば眼鏡科の運営に力を注ぐことができる」
「……お父様は、私のことを理解してくださってるのね」
何だかじんときて、目頭が潤んだ。
「このお見合いをお断わりしても、私に婚約者がいない限り、これからずっとお見合いや結婚話が来るってことね。そして強い権力を持つ公爵家との縁談を下手に断ると、領国同士の争いの火種になってしまう」
「そういうことだ。理解が早いね、さすが我が娘」
いや多分、私が普通の女の子より二十五年分、経験があるからだと思う。
だから、お父様の言う公爵領同士の関係についても、納得はできないけど理解はできるもの。
もしただの十六歳の公爵令嬢だったら、そもそも眼鏡科なんか作らないだろうし、何も考えずに親の決めた相手と恋して結婚していただろう。
「見合いを断るより、見合いをした後に何らかの理由をつけて断るほうが、まだ礼儀にかなっている。見合いを断るというのは、『お前となんか会う価値ねーよ、ばーか!』と言ってるようなものだからね」
「まあ、それはそうですわね……」
会うだけ会って、『素敵な方すぎて、私にはもったいないと思いまして……』的な感じで断ればいっか。
お見合いなんか前世でもしたことないけど、多分それが一番スムーズだろう。
でもなあ……あのオスカーが、それで諦めてくれるとは思えないんだけど。
「アキト、どう思う?」
意見を求めたとき、その横顔の冷たさにぎょっとした。
「おそれながら、わたくしごときが口を挟めるお話ではございません。旦那様とよくご相談なさって、お嬢様ご自身でお決めになるのがよろしいかと存じます」
すぐにいつもと同じ穏やかな表情に戻ったし、口調も丁寧だけれど、私には分かる。
アキトは、すごく怒ってる。
何で……? 何で何も言ってくれないの?
「分かったわ」
しらっとした顔をしているアキトに、猛烈に腹が立ってきて、私は低い声で言った。
何よ、『私は関係ありません』みたいな部外者面して。私の専属執事のくせにっ。
私を引きとめなかったこと、後で後悔しても知らないんだからね!
「お父様、わたくしティアメイは、このお見合い話――お受けいたします」
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる