ディエス・イレ ~運命の時~

凪子

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本編

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ディエス・イレ当日のことはよく覚えていない。

あんなに鮮明で、あり得ないほど恐ろしくて、信じられないほど神秘的な現象に出くわしたのに、思い出そうとすると頭の中に白い靄がかかったように曖昧になってしまう。

開会式の日、私は新国立競技場にいた。

チケットは手に入らなかったけれど、爽君の手引きで会場に入ることができたのだ。

爽君は翻訳ボランティアの方を束ねる仕事をしていて、それも全部、ディエス・イレを止めるためだった。

――裁きの日。

もう前世の夢を見ることはない。声を聞くことはない。

今聞こえるのは、私の心が話している声だけだ。

梅雨明けはしたものの、湿度が高く、ねっとりとした空気の朝だった。

日本中が祝祭モードに湧いていて、テレビ番組のキャスターの声もどこか華やいでいた。

聖火が灯され、盛大な音楽とともに色とりどりのユニフォームをまとった選手が入場し、首相の姿がテレビ画面に大写しになり、行進が終了した。

そこで、IOC会長の姿が突然消えた。

一瞬のことで、音もなかったので、テレビを観ている人たちは気づかなかったかもしれない。

ざわめきが起こるのを聞いて、私と爽君は会場に飛び込んだ。

警備員の人が追いかけてくるのが分かったけれど、すぐにそれどころではなくなった。

「ああ……」

思わず、うめき声が出た。

光だ。

白く真っすぐな光の束が、国立競技場いっぱいに降り注いでいる。

太陽の光とは違う。そのダイヤモンドのような輝きに触れた人間は、蒸発するようにしてその場から消滅していく。

「ディエス・イレだ」

爽君の声が震えている。私の膝も、がくがくと震え出した。

(紘ちゃん)

もっと、阿鼻叫喚の地獄絵図になるのかと思っていた。

けれど現実はもっと冷たくて静かで、容赦ないものだった。

だって、悲鳴を上げる暇もないのだ。多分、痛みも感じていないに違いない。

次々ときらめく光を浴びて、人が一人、また一人と消えていく。

満席だったはずの観覧席に、ぽっかりと穴が空いていく。

「逃げろ!!!」

と、誰かが叫び、それを皮切りにパニックが起こった。群衆が出口目がけて殺到してくる。

「舞!」

爽君は私を抱きしめる。

私は爽君の腕の中で目を瞑り、一心不乱に念じた。

(お願い。ディエス・イレを止めて!!)

胸の奥から熱い何かが流れ出してくる。

黄金の鳥籠が現れたと思ったら、会場全体を包み込んでいた。

全ての人や物が時を止め、セピア色に染まっている。

「爽君」

隣を見ると、爽君も私を見つめたまま凍りついたように止まっていた。

(どうして……)

「鳥籠の能力を使ったからだよ」

声がして、見ると、聖火台の上に人影が見えた。
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