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本編
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「俺が教育実習生として君のクラスに赴任したのは、爽に頼まれたからだ。爽の代わりに君を守るために」
「本当に……本当に紘ちゃんが爽君を刺したんですか」
「間違いない」
「どうして……?」
「爽はディエス・イレを止めようとしているから。そして恐らく、君のロゴスを解放する者だから」
「ロゴス……?」
「爽と接して君の感情が大きく動いたとき、前世を思い出したでしょ? 頭が痛くなったりしなかった?
それはロゴスが外れ、君の能力を解放されつつあることを意味する」
確かに、ゆっき先生の言うとおりだった。
けれど、それ以前に知らなければならないことがある。
「ディエス・イレが起これば世界は滅びる。いや……もっと正確に言うなら、人類や文明が滅びると言ったほうがいいかもしれない。
ディエス・イレは創造主の選定なんだ。選ばれし一握りの人間だけを残し、世界の均衡を保つための」
問いかけようとしていた答えを唐突に与えられ、私は手のひらの上を見た。
爽君の言葉や、前世のマイアやソロンの会話から、何となく推察していたが――やはり、ディエス・イレとは滅びを意味する言葉だったのだ。
「ソロン王はそれに気づき、止めようとした。けど、止められなかった。だから今度こそ、ディエス・イレを止めようとしている。それには君の力が必要だ」
「私の力……?」
ゆっき先生は頷いた。
「でも、待ってください。世界が滅びることなんて、誰も望んでないはずです。だって人類が滅びるってことは、自分も死ぬってことでしょう? なのに紘ちゃんは、どうしてディエス・イレを……?」
「摂理だからだよ」
答えたのはゆっき先生ではなく、聞きなれた深い声だった。
「爽君!」
私はソファーから立ち上がった。
爽君はリビングのドアの近くで壁にもたれかかって立っている。
「馬鹿。寝てなきゃ駄目だろ、爽」
ゆっき先生は驚きのあまり瞳孔が開いている。
まさか、こんな短時間で爽君が起き上がってくるとは思ってもいなかったのだろう。
黒のスウェットの上下を着た爽君は、昼寝でもしていたように平気そうな表情をしている。
けれど左手は脇腹に添えられているし、顔色はいつもより白い。
「爽君……」
どっと涙が出た。
(生きててくれて……よかった……)
「何泣いてんだ、馬鹿」
ぶっきらぼうに爽君は言ったが、その手は私の頭を押さえ、自分の胸に押しつけていた。
鼓動が聞こえる。彼が今、ここに生きている音が。
「頼むからベッドに戻れ。小泉さんはここにいてもらうから」
「分かった分かった」
と言って、爽君は私の手を引っ張った。
「え!?」
そのまま、ずるずると寝室まで連れていかれる。
爽君は私の手首を掴んだまま、ベッドに転がり込んだ。
あまりにも勢いがよすぎて、私もつられて彼の横に頭を突っ込む形になる。
「爽君、ちょっと離して……」
「嫌だ」
暗闇の中、手探りで離れようとするが、逆に手首を締めつけられる。
(もしかして……寝るのが怖いの?)
暴れるのをやめて、代わりに空いている左手を伸ばす。
さらさらした前髪の下で、熱く額が汗ばんでいた。
「何撫でてんだ。俺は子どもか」
「だって、爽君が変なんだもん」
「いきなり刺されたら誰だって変になるだろ」
「痛い?」
「死ぬほど痛い」
「待ってて。今、鎮痛剤を」
身を起こそうとしたが、今度は羽交い絞めにされて食い止められる。
(あ、これ無理ゲーだわ)
とにかく離れようとすると強制力が発動するので、諦めて大人しくすることにした。
「本当に……本当に紘ちゃんが爽君を刺したんですか」
「間違いない」
「どうして……?」
「爽はディエス・イレを止めようとしているから。そして恐らく、君のロゴスを解放する者だから」
「ロゴス……?」
「爽と接して君の感情が大きく動いたとき、前世を思い出したでしょ? 頭が痛くなったりしなかった?
それはロゴスが外れ、君の能力を解放されつつあることを意味する」
確かに、ゆっき先生の言うとおりだった。
けれど、それ以前に知らなければならないことがある。
「ディエス・イレが起これば世界は滅びる。いや……もっと正確に言うなら、人類や文明が滅びると言ったほうがいいかもしれない。
ディエス・イレは創造主の選定なんだ。選ばれし一握りの人間だけを残し、世界の均衡を保つための」
問いかけようとしていた答えを唐突に与えられ、私は手のひらの上を見た。
爽君の言葉や、前世のマイアやソロンの会話から、何となく推察していたが――やはり、ディエス・イレとは滅びを意味する言葉だったのだ。
「ソロン王はそれに気づき、止めようとした。けど、止められなかった。だから今度こそ、ディエス・イレを止めようとしている。それには君の力が必要だ」
「私の力……?」
ゆっき先生は頷いた。
「でも、待ってください。世界が滅びることなんて、誰も望んでないはずです。だって人類が滅びるってことは、自分も死ぬってことでしょう? なのに紘ちゃんは、どうしてディエス・イレを……?」
「摂理だからだよ」
答えたのはゆっき先生ではなく、聞きなれた深い声だった。
「爽君!」
私はソファーから立ち上がった。
爽君はリビングのドアの近くで壁にもたれかかって立っている。
「馬鹿。寝てなきゃ駄目だろ、爽」
ゆっき先生は驚きのあまり瞳孔が開いている。
まさか、こんな短時間で爽君が起き上がってくるとは思ってもいなかったのだろう。
黒のスウェットの上下を着た爽君は、昼寝でもしていたように平気そうな表情をしている。
けれど左手は脇腹に添えられているし、顔色はいつもより白い。
「爽君……」
どっと涙が出た。
(生きててくれて……よかった……)
「何泣いてんだ、馬鹿」
ぶっきらぼうに爽君は言ったが、その手は私の頭を押さえ、自分の胸に押しつけていた。
鼓動が聞こえる。彼が今、ここに生きている音が。
「頼むからベッドに戻れ。小泉さんはここにいてもらうから」
「分かった分かった」
と言って、爽君は私の手を引っ張った。
「え!?」
そのまま、ずるずると寝室まで連れていかれる。
爽君は私の手首を掴んだまま、ベッドに転がり込んだ。
あまりにも勢いがよすぎて、私もつられて彼の横に頭を突っ込む形になる。
「爽君、ちょっと離して……」
「嫌だ」
暗闇の中、手探りで離れようとするが、逆に手首を締めつけられる。
(もしかして……寝るのが怖いの?)
暴れるのをやめて、代わりに空いている左手を伸ばす。
さらさらした前髪の下で、熱く額が汗ばんでいた。
「何撫でてんだ。俺は子どもか」
「だって、爽君が変なんだもん」
「いきなり刺されたら誰だって変になるだろ」
「痛い?」
「死ぬほど痛い」
「待ってて。今、鎮痛剤を」
身を起こそうとしたが、今度は羽交い絞めにされて食い止められる。
(あ、これ無理ゲーだわ)
とにかく離れようとすると強制力が発動するので、諦めて大人しくすることにした。
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