45 / 133
本編
44
しおりを挟む
「心配したんだよ。私のこと、分かる?爽君のことは?」
薄い緑色の酸素マスクをつけているせいか、紘ちゃんは話しにくそうだった。
代わりに私が話す言葉にまばたきしたり、首を動かしたりして反応してくれる。
しばらくすると、私は切り出した。
「ねえ、紘ちゃん。非常階段から落ちたって」
「舞」
腕組みして黙って聞いていた爽君が、遮って言った。
「この辺にしておいたほうがいい。意識を取り戻したばかりで、紘二も疲れてる」
「えっ、でも」
まだ部屋に入って三分も経っていない。
顔を見て、生きていると確認しただけだ。もっと話したいことがあるのに。
すると、ぴったりのタイミングで紘ちゃんと目が合った。
「何?」
紘ちゃんは澄んだ目で、じっと私を見つめてくる。
その目が私に、何かを訴えかけてくる。
(紘ちゃん……?)
紘ちゃんの唇が動こうとするのと同時に、両肩を掴んで椅子から立ち上がらされた。
「ほら、行くぞ舞」
「待って。今、紘ちゃんが何か言おうとしたの」
「話なら、退院してからでもできるだろ。今は安静が第一だ、紘二に無理させるな」
「お願い、あとちょっとだけ」
これは今、聞かなければいけないことのような気がする。
紘ちゃんの瞳は潤んでいて、なみなみならぬ感情に満ちていた。
「駄目だ」
「きゃっ?!」
爽君はにべもなく言うと、私を荷物のように持ち上げて肩にかついだ。
視界が急に高くなり、天井がやけに近くなる。
「やめて! 降ろしてよっ」
私は手足をばたつかせて抵抗したが、爽君は涼しい顔で病室を出ていく。
「何で話聞いてくれないの? ちょっとだけって言ってるでしょ?」
私は腕を振り回し、爽君の背中を強く叩いた。
だが、爽君は答えない。
「爽君の馬鹿っ!!」
めちゃくちゃ頭にきて、私は叫んだ。
見下ろすと、私たちを見送る紘ちゃんの悲しそうな目と目が合う。
『明日』
私は声を出さずに唇を動かし、この部屋の床を指さした。
『明日来るから』
紘ちゃんは目を閉じる最後の一瞬、力を振り絞って、こくりと頷いた。
分かった――と。
薄い緑色の酸素マスクをつけているせいか、紘ちゃんは話しにくそうだった。
代わりに私が話す言葉にまばたきしたり、首を動かしたりして反応してくれる。
しばらくすると、私は切り出した。
「ねえ、紘ちゃん。非常階段から落ちたって」
「舞」
腕組みして黙って聞いていた爽君が、遮って言った。
「この辺にしておいたほうがいい。意識を取り戻したばかりで、紘二も疲れてる」
「えっ、でも」
まだ部屋に入って三分も経っていない。
顔を見て、生きていると確認しただけだ。もっと話したいことがあるのに。
すると、ぴったりのタイミングで紘ちゃんと目が合った。
「何?」
紘ちゃんは澄んだ目で、じっと私を見つめてくる。
その目が私に、何かを訴えかけてくる。
(紘ちゃん……?)
紘ちゃんの唇が動こうとするのと同時に、両肩を掴んで椅子から立ち上がらされた。
「ほら、行くぞ舞」
「待って。今、紘ちゃんが何か言おうとしたの」
「話なら、退院してからでもできるだろ。今は安静が第一だ、紘二に無理させるな」
「お願い、あとちょっとだけ」
これは今、聞かなければいけないことのような気がする。
紘ちゃんの瞳は潤んでいて、なみなみならぬ感情に満ちていた。
「駄目だ」
「きゃっ?!」
爽君はにべもなく言うと、私を荷物のように持ち上げて肩にかついだ。
視界が急に高くなり、天井がやけに近くなる。
「やめて! 降ろしてよっ」
私は手足をばたつかせて抵抗したが、爽君は涼しい顔で病室を出ていく。
「何で話聞いてくれないの? ちょっとだけって言ってるでしょ?」
私は腕を振り回し、爽君の背中を強く叩いた。
だが、爽君は答えない。
「爽君の馬鹿っ!!」
めちゃくちゃ頭にきて、私は叫んだ。
見下ろすと、私たちを見送る紘ちゃんの悲しそうな目と目が合う。
『明日』
私は声を出さずに唇を動かし、この部屋の床を指さした。
『明日来るから』
紘ちゃんは目を閉じる最後の一瞬、力を振り絞って、こくりと頷いた。
分かった――と。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
溺愛されて育った夫が幼馴染と不倫してるのが分かり愛情がなくなる。さらに相手は妊娠したらしい。
window
恋愛
大恋愛の末に結婚したフレディ王太子殿下とジェシカ公爵令嬢だったがフレディ殿下が幼馴染のマリア伯爵令嬢と不倫をしました。結婚1年目で子供はまだいない。
夫婦の愛をつないできた絆には亀裂が生じるがお互いの両親の説得もあり離婚を思いとどまったジェシカ。しかし元の仲の良い夫婦に戻ることはできないと確信している。
そんな時相手のマリア令嬢が妊娠したことが分かり頭を悩ませていた。
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる