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【5】イベントチャート
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「『情に訴えろ作戦』も失敗となると、あとは人質を取るくらいしか思いつかないからね。うちの親父は」
「残念ね。こっちは優秀な番犬を飼ってるのよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、恵果は言った。
比呂は苦笑した。
「律か。……あいつは、厄介になると思ってたよ」
恵果は微笑んで紅茶を口に含む。
「君は恐ろしい子だね。佐伯恵果」
恵果が口を開こうとしたとき、ドアが開き、真一文字に唇を引き結んだ壮年の男性が入室してきた。
全身から滲み出る威圧感を、恵果は肌で感じ取っていた。
「藤森龍之介です。藤森恵吾の長男で、比呂の父親です。初めまして、ということになるのかな」
「ええ。兄の静が生まれて、母はすぐにここを追い出されたそうですから」
恵果はにべもなく応えた。
男性はどっかりと比呂の隣に腰を下ろして、手を組み合わせた。
これで役者はそろった。
財界のドン・藤森恵吾の長男龍之介と、その息子である比呂。
そして藤森恵吾の私生児であり、龍之介の歳の離れた妹、比呂にとっては年下の叔母に当たる恵果。
「……昨日の深夜、藤森恵吾が亡くなったよ」
実父の訃報を聞かされても、恵果は眉一つ動かさなかった。
対照的に、龍之介はくたびれたスーツといい、目許に刻まれた皺といい、どことなく疲れが滲み出ていた。
「それで私はここへ呼ばれたというわけですか。葬儀に参列させるつもりもないくせに」
「それは、至極もっともなこととは思わないかね。君たちは」
「私生児だとおっしゃりたいんでしょう。それとも隠し子ですか。どちらにせよ、私もあなたを兄と認める気はさらさらないので、構いませんが」
恵果の容赦ない舌鋒に、比呂は冷や汗をかいた。
二の句を継ぐ暇すら与えず、さらに恵果はたたみかけた。
「それで?用件を端的におっしゃってください。これ以上、つまらないことで時間を潰されるのは不愉快です」
龍之介はむっと表情を強張らせ、比呂を見たが、比呂は肩をすくめて応じる。
「俺の手に負えるお嬢さんじゃなくってね」
「この間も部下の者から聞いただろうが、我が社は今、岐路に立たされている。
私は総裁の座につき、社内改革プロジェクトを推進しようと思っている。ついては君も、我が社専属の占星術師として、このプロジェクトに参加してほしい」
恵果はケーキを食べ終え、わざと音を鳴らしてフォークを皿に置いた。
それはさながら、戦いの始まりを告げるゴングだった。
「言いたいことはそれだけですか」
「君が参加してくれるというのなら、プロジェクトの全貌を話してもいいが、どうする?」
龍之介は熱意を持って言うが、比呂は興味なさげに頭をかいている。
「結構です。どうせろくなものじゃないでしょう」
「君が協力してくれるというのなら、君の兄も、叔母や従妹も、我が藤森グループの一員として認め、手厚く遇する準備をしている。君は社内でも高い地位を与えられる。望むなら、よい縁談も調えよう」
恵果は鼻先でせせら笑った。
「私に藤森へ戻れと?居場所を与えてやるから、せいぜい我が家の繁栄のために働けとでも言いたいんですか」
「私だってこんなことは言いたくないが、君の決断一つに、たくさんの人々の人生がかかっているんだ。
私がその気になれば、すぐにでも君を強制的に頷かせることだってできる。なぜ、それをしないと思う?」
「さあ。あなたの考えなんて分かりたくもないわ」
比呂は、恵果の瞳に苛烈な光が宿っているのを見てとった。
本当に珍しいことに――恵果は、本気で怒っているようだった。
「君自身の意志で、ここへ戻ってきてほしいからだよ。そうでなければ意味がない」
「残念ね。こっちは優秀な番犬を飼ってるのよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、恵果は言った。
比呂は苦笑した。
「律か。……あいつは、厄介になると思ってたよ」
恵果は微笑んで紅茶を口に含む。
「君は恐ろしい子だね。佐伯恵果」
恵果が口を開こうとしたとき、ドアが開き、真一文字に唇を引き結んだ壮年の男性が入室してきた。
全身から滲み出る威圧感を、恵果は肌で感じ取っていた。
「藤森龍之介です。藤森恵吾の長男で、比呂の父親です。初めまして、ということになるのかな」
「ええ。兄の静が生まれて、母はすぐにここを追い出されたそうですから」
恵果はにべもなく応えた。
男性はどっかりと比呂の隣に腰を下ろして、手を組み合わせた。
これで役者はそろった。
財界のドン・藤森恵吾の長男龍之介と、その息子である比呂。
そして藤森恵吾の私生児であり、龍之介の歳の離れた妹、比呂にとっては年下の叔母に当たる恵果。
「……昨日の深夜、藤森恵吾が亡くなったよ」
実父の訃報を聞かされても、恵果は眉一つ動かさなかった。
対照的に、龍之介はくたびれたスーツといい、目許に刻まれた皺といい、どことなく疲れが滲み出ていた。
「それで私はここへ呼ばれたというわけですか。葬儀に参列させるつもりもないくせに」
「それは、至極もっともなこととは思わないかね。君たちは」
「私生児だとおっしゃりたいんでしょう。それとも隠し子ですか。どちらにせよ、私もあなたを兄と認める気はさらさらないので、構いませんが」
恵果の容赦ない舌鋒に、比呂は冷や汗をかいた。
二の句を継ぐ暇すら与えず、さらに恵果はたたみかけた。
「それで?用件を端的におっしゃってください。これ以上、つまらないことで時間を潰されるのは不愉快です」
龍之介はむっと表情を強張らせ、比呂を見たが、比呂は肩をすくめて応じる。
「俺の手に負えるお嬢さんじゃなくってね」
「この間も部下の者から聞いただろうが、我が社は今、岐路に立たされている。
私は総裁の座につき、社内改革プロジェクトを推進しようと思っている。ついては君も、我が社専属の占星術師として、このプロジェクトに参加してほしい」
恵果はケーキを食べ終え、わざと音を鳴らしてフォークを皿に置いた。
それはさながら、戦いの始まりを告げるゴングだった。
「言いたいことはそれだけですか」
「君が参加してくれるというのなら、プロジェクトの全貌を話してもいいが、どうする?」
龍之介は熱意を持って言うが、比呂は興味なさげに頭をかいている。
「結構です。どうせろくなものじゃないでしょう」
「君が協力してくれるというのなら、君の兄も、叔母や従妹も、我が藤森グループの一員として認め、手厚く遇する準備をしている。君は社内でも高い地位を与えられる。望むなら、よい縁談も調えよう」
恵果は鼻先でせせら笑った。
「私に藤森へ戻れと?居場所を与えてやるから、せいぜい我が家の繁栄のために働けとでも言いたいんですか」
「私だってこんなことは言いたくないが、君の決断一つに、たくさんの人々の人生がかかっているんだ。
私がその気になれば、すぐにでも君を強制的に頷かせることだってできる。なぜ、それをしないと思う?」
「さあ。あなたの考えなんて分かりたくもないわ」
比呂は、恵果の瞳に苛烈な光が宿っているのを見てとった。
本当に珍しいことに――恵果は、本気で怒っているようだった。
「君自身の意志で、ここへ戻ってきてほしいからだよ。そうでなければ意味がない」
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