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【4】トランジット
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けれど、それでもいい、と恵果は思っていた。
「構わないわ。それが私の仕事だもの」
顧客とうまく信頼関係が築けなくても、利用されているだけだと分かっていても、別に恨んだりはしない。
「……どうして」
自分のトーク技術が効果を示さなかったのは恐らく初めてなのだろう、恭平が愕然とした様子で恵果に尋ねる。
「あなたに守るべきものがあるように、私にもあるというだけよ」
恵果は立ち上がった。男たちに無言の動作で引き止められても、それを軽くいなす。
恵果の瞳には、逆らうことを許さない光が宿っていた。
言葉はなくとも、男たちはその気迫に呑み込まれてしまっている。
「例えば、離れた実家に住む、病弱な妹さんとか」
ぽつりと呟いた恵果の言葉に、恭平は色を変えた。
「……どこまで調べた」
取り繕うことを忘れた声色と表情を見て、恵果は満足そうに笑った。
「さあ、どこまででしょう?」
恭平はようやく自らの敗北を悟った。ここまで読めない相手は初めてだ。
この十数分間で、恭平は佐伯恵果を把握するつもりだった。
こちらのペースで事を進めていたつもりだった。
だが、それは単なる思い上がりに過ぎなかった。
試されていたのは、こちら側だったのだ。
「専属占星術師のお話は、謹んでお断り申し上げます。そう、お坊っちゃまにお伝えください。自分で直接言ってもいいんだけど、今はまだ、気づかないふりをしていたほうがいいと思うの。……お互いにね」
恵果はそのまま一顧だにせず、ロビーを去っていった。
「構わないわ。それが私の仕事だもの」
顧客とうまく信頼関係が築けなくても、利用されているだけだと分かっていても、別に恨んだりはしない。
「……どうして」
自分のトーク技術が効果を示さなかったのは恐らく初めてなのだろう、恭平が愕然とした様子で恵果に尋ねる。
「あなたに守るべきものがあるように、私にもあるというだけよ」
恵果は立ち上がった。男たちに無言の動作で引き止められても、それを軽くいなす。
恵果の瞳には、逆らうことを許さない光が宿っていた。
言葉はなくとも、男たちはその気迫に呑み込まれてしまっている。
「例えば、離れた実家に住む、病弱な妹さんとか」
ぽつりと呟いた恵果の言葉に、恭平は色を変えた。
「……どこまで調べた」
取り繕うことを忘れた声色と表情を見て、恵果は満足そうに笑った。
「さあ、どこまででしょう?」
恭平はようやく自らの敗北を悟った。ここまで読めない相手は初めてだ。
この十数分間で、恭平は佐伯恵果を把握するつもりだった。
こちらのペースで事を進めていたつもりだった。
だが、それは単なる思い上がりに過ぎなかった。
試されていたのは、こちら側だったのだ。
「専属占星術師のお話は、謹んでお断り申し上げます。そう、お坊っちゃまにお伝えください。自分で直接言ってもいいんだけど、今はまだ、気づかないふりをしていたほうがいいと思うの。……お互いにね」
恵果はそのまま一顧だにせず、ロビーを去っていった。
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