守護霊は吸血鬼❤

凪子

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目をすうっと細めたヴァンに向かって、遥は錫杖を手放し、右手を空に掲げる。

そして何事か呪文を唱えた。

身構えた聖の目の前で、白銀のまばゆい光が集って一本に収縮する。

「月代家の家宝……神器『白光の弓』か。この目で見るのは久方ぶりだな」

ヴァンは珍しいものを見るような目つきでそれを眺め、僅かに警戒するように身を低くした。

遥の手に握られた光を放つ白い弓は、彼の意思に呼応するようにしなり、彼が指を差し伸べると矢が現れ、真っすぐにつがえられる。ヴァンの胸を狙いすまして。

「やめておいたほうがいい。それは月代家の当主でさえ完全に使いこなすことができなかったほどの武器だ。貴様ごときの手に負える代物ではないぞ」

遥の指先が切れて血が滴り、地面に吸い込まれていく。聖はあっと声をあげた。

「遥さん、手が……!」

弓の高温が肌を灼くのか、遥の手はみるみるうちに火傷を起こしているように見えた。

だが遥はそれすら意に介さないのか、鋭く研ぎ澄まされた眼で弓を引き絞っている。

ヴァンはつまらなそうに舌打ちする。

「無駄なことを。あだ討ちに死ぬつもりか知らんが、相討ちにもならんぞ」

神器は膨大なエネルギーを発し、その対価として遥の生命力を凄まじいスピードで吸い上げている。

光の粒子が雪のように舞い飛ぶのが目視できるほどだった。

細かいことは分からないが、ともかくあの武器は遥の身を危険に晒している。

聖は無我夢中で叫んだ。

「やめてください!遥さん!」

遥の放った矢は光線となって一直線に飛び、不意打ちで軌道を変えて、身を避けようとしたヴァンの脇を鋭くかすめる。

ヴァンが軽く顔をしかめて膝をついた。彼の横腹も鮮血が滲んでいた。

だが、遥の消耗は傍目にも明らかだった。首筋から汗を流し、苦しそうに肩で息を繰り返している。

このままこの弓を使い続けることは、命に関わるに違いなかった。

「駄目です、このままじゃ遥さんの命が!」

「いいんだ」

遥は振り返ると、このうえなく純粋で温かい微笑みを浮かべた。

「二百年前、僕の先祖も同じことをした。愛する人を守るために。僕も同じだ。君を守って死ねるなら本望だよ」

「そんな……!」

遥の瞳には侵しがたい覚悟の光が宿っている。聖はいてもたってもいられなくなった。

「お涙頂戴の言葉で同情を引こうとするか。その卑しいやり口、悠久の昔から少しも変わらないな。笑止千万の茶番はそこまでにしてもらおうか」

ヴァンはわき腹を押さえながら歪んだ嘲笑を浮かべた。

遥は黙殺して第二矢を放つ。

矢は再び不思議な軌道を描いてヴァンの肩をきわどくかすめた。

だが、先ほどとは違って遥の意図した方向には飛んでいかず、地面に突き刺さって消滅する。

(制御が、できなくなってるんだ……)

聖は戦慄した。

遥の周りから結界が消えている。もはや結界を張る力さえ残されていないのだ。

がくりと膝をつく遥に向かって、ヴァンは一歩歩み寄った。

「万事休す、だな」

愉快げに笑って遥を見下ろすヴァンの前に、聖は両手を広げて立ち塞がった。

ヴァンがぴくりと眉を動かす。

「何の真似だ?」

聖は唇を引き結び、小さな身体で敢然とヴァンの前に対峙する。

その瞳に紛れもない敵意を読み取って、ヴァンは眉根を寄せた。

「ここは通さない。これ以上、お前の勝手にはさせない!」

「へえ?ならどうするっていうんだ?」

せせら笑うヴァンに向かって、聖は決然と顔を上げ、片手で草叢を探って硝子の破片を掴み、それを首に突きつけた。

ヴァンがぎょっとしたように目を見開く。

「遥さんを殺すのなら、俺は今ここで命を絶つ。お前には二度と血を吸わせない」

さすがのヴァンもその行動は予想の埒外にあったらしく、一瞬表情が抜け落ちる。

やや長い間が空いて、ヴァンは冷静な眼差しで問いかけた。

「本気で言っているのか?」

聖は硬く目元を強張らせている。破片の切っ先が首筋に触れて血が滲む。

少し手元が狂っただけで簡単に頚動脈を突き破りそうだった。

「本気だよ。俺は栞さんじゃない。お前の思いどおりにはならないんだ」

二百年前と同じ状況にありながら、聖の行動は栞のとったものを逸脱していた。

ヴァンは驚愕と、それから初めて焦燥感に駆られた。

「駄目だ……聖君」

遥は振り絞るような声で言った。

聖は真っ直ぐにヴァンを見据え、毅然と言い放った。

「俺の命も血も、お前には渡さない。さよならだよ、ヴァン」 

ヴァンの表情から余裕が失われ、苦く歪んだ。

彼は冷然と聖に向き直ると、凍て付くような声色で命じた。

「そこをどけ、聖」

「どかない。どうしてもっていうのなら、俺を殺せばいい」

聖はまるで別人のようだった。

強い意志を宿した瞳に、ヴァンは初めて茫然と立ちすくむ。
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