守護霊は吸血鬼❤

凪子

文字の大きさ
上 下
79 / 87

78

しおりを挟む
終業式も間近に迫った日の昼休み、聖は一人音楽室にこもっていた。

遥の家に行って以来、何となく後ろめたくて、由宇のことを避けるようになっていた。

由宇も気づいてはいるだろうが、会話の糸口が掴めないようで、二人の間には気まずい空気が流れていた。

一人になって落ちついて考えれば、心が澄み渡って、自分の本当の気持ちが分かるのではないかと聖は考えていた。

そうすれば、その声に従って進むべき道を決めることができる。

流されるのではなく、自らの意思で未来を選ぶことができる。

弁当を食べ終えると、聖はピアノの前に腰かけ、鍵盤の上に指を置いた。

指が弾くと、正しく調律された音がぽんと元気よく鳴る。

ピアノはじっと、物言わず奏でられるのを待ちわびているように見えた。

(はじめは何だっけ……忘れちゃったな)

中学まではピアノを習っていたが、あまり上達はしなかった。

自分のほうがピアノを弾くのは好きだったが、才能は兄の方が遥かに秀でていたと聖は思う。

兄は聖に遠慮をしてか、そもそも興味がなかったのか、すぐに辞めてしまった。

聖はすうっと深呼吸すると、美しい静かな調べを奏でだした。

曲名は分からない。けれど、昔から妙に耳の奥に残っている旋律だった。

楽譜もないのに覚えていて、どこで聴いたのだろうと調べてみても、結局見つけることができなかった。

弾いているうちに気分は快く高揚し、指先は翼が生えたように軽くなるのが分かった。

まるで何かが聖を助け、勝手に指を動かしてくれているかのように。

曲が転調し佳境に差しかかったその時、頭の中で何かが鮮やかな色で弾け、閃いた。

聖の口から、知らず言葉が伝い落ちる。

「思い出した」

どうしてだろう、誰に説明されたわけでもないのに、聖はこの曲の作者を唐突に理解していた。

電流に打たれたように全身が歓喜に痺れる。

(栞さんだ)

眩暈がするくらいの早さで、追憶がどっと脳に流れ込んでくる。

なぜ、この曲がいくら探しても見つからなかったのか。

どうしてこんなにも懐かしい感じがするのか。忘れられなかったのか。

(一人でよく弾いていた……いや、違う。これは……この曲は……)

彼女がヴァンのために作った曲だ。

『本当に愛していたわ。……本当に』

誰もいないはずの音楽室に、凛と透き通った女性の声が響き渡る。

歌うような玲瓏な音色に、聖は恐怖さえ忘れて聞き入った。

『彼のためなら死んでもいいと思った。だけど彼はそれを許さなかった。血の契約は、彼のための契約じゃない、私を守るための契約だった。私の願いを、彼は叶えてくれたの』

その声は部屋のどこかから響いてくるのか、それとも自分の中から響いてくるのか。

それすら分からず、聖は辺りを見回した。旋律の清流は緩やかに収束し、やが海へと行きついていた。

『忘れないで。あなたの中に眠る私ではなく、あなたを愛している彼のことを……』

「待って。待ってください、栞さん!」

聖ががむしゃらに伸ばした手は虚しく宙を掻いた。

それからどんなに呼びかけても、栞の声が応えることはなかった。

再び静謐になった音楽室の中、聖はピアノの前でだらりと両手を下ろす。

心臓がマラソンを走り終えた後のように激しい音を立てていた。

今度は、幻聴を聴いたとは思わなかった。

不思議と恐ろしくもなく、奇妙に心が感応して、一体感とシンパシーを感じた。

栞は幽霊ではなく、自分の前世なのだということを素直に受け入れることができた。

(このことを話したら、由宇は何て言うだろう)

またあの心配そうな顔つきで、聖の精神状態を憂慮するのだろうか。

(由宇のところへ行こう)

そう思って腰を浮かせかけたとき、背後から突然抱きしめられる腕を感じて、聖は声すらあげられずに身体を強張らせた。

「?!」

身をよじってあがこうとするが、力はさらに強まって、まるで枷のように締め付けてくる。

首を回して背後を確認することさえできず、聖は恐慌状態に陥った。

「誰だよ、離せ!!」

叫び声をあげて暴れると、鼻先を清爽な香りがかすめてどきりとした。

(この匂いは)

完全に硬直しきった聖の耳元で、意地悪い笑い声が響いた。

「相変わらず細っこいな、お前は」

「……ヴァン!お前、何で!」

まるで確かめるように身体をなぞる指に、聖は唇をかみ締めた。

痣のあたりに印をつけるようにして撫でられ、息を吹きかけられて震え上がる。

「どうした、もう待ちきれないのか?俺に血を吸われたくてたまらなかったんだろう」

ヴァンの低く心地よい声が理性を酔わせようとする。

途方もない酩酊感にくらりとしながらも、聖は必死で肩を突っ張った。

「誰がそんなこと。お前なんかに血を吸われてたまるか!」

ヴァンは聖の反論を軽やかに無視すると、首筋に唇を寄せ、やや顔をしかめた。

「違う奴の匂いがするな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

処理中です...