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しおりを挟む久しぶりに自宅へ帰ってきた誠は、弟の様子がおかしいことにすぐ気づいたが、しばらくすれば治るだろうと何も言わずにおいた。
だが、聖は一日経っても二日経っても上の空だった。
話しかけても曖昧な返事しかせず、常に虚ろな目で遠くの方を見つめている。
決して見つかるあてのない探し物をしているかのように。
三日目の夜になって、誠はようやく重い腰を上げた。
食卓で相変わらず冴えない顔色をしている聖に向かって問いかける。
「何か思い悩むことでもあるのか」
ちょうどコロッケをつまんでいた聖の箸は、あっという間にそれを取り落とした。
聖はあからさまに挙動不審な態度で言った。
「な、何で?」
「そんな丸分かりな態度で、隠しおおせているとでも思っていたのか?聞いて欲しいと言わんばかりの顔じゃないか」
「……」
聖は今更気づいたのか自分の頬に手をあてている。
「で、いったい何なんだ。さっさと話せ」
いささか乱雑な口調ではあったが、兄なりに自分を心配してくれているのだろうと思い、聖は素直に礼を言った。
「ありがとう。誠兄さん」
「礼はいい。いつまでも辛気臭い顔をしていられると、こっちの気が滅入るからな」
迷惑そうに手を振って、真はそっぽを向く。彼一流の照れ隠しだと分かって、聖は微笑んだ。
自然と視線がテーブルの上に落ちる。
「ある人が……ある相手を好きになったんだけど」
何だ恋愛話か、下らん。そう一蹴されるかと思ったが、誠は口を挟まなかった。
「相手の奴は悪い奴で、その人のことを利用して、そのせいで結局その人は死んじゃったんだ」
「へえ」
と、何の感興もそそられた風もなく誠は呟いた。
聖は必死で身を乗り出すと、
「それって、どう思う?その人が可哀想だって思う?それとも、そんな悪い奴のこと好きになった方が悪いと思う?」
あまりにもひたむきで一生懸命な口ぶりに、誠はすっと目を細めた。
それから、十分な間を置いて言った。
「どちらとも思わない。利用するだのされるだの、そんなのは個人の感情にすぎないからな」
「……どういうこと?」
聖は怪訝な顔をする。真は質問しにきた学生をあしらうようにして簡潔に言った。
「相手のことが本当に好きなら、相手が自分を利用したとしても『利用された』とは感じない。そいつが納得して自ら全身全霊をなげうったのなら、それは利用じゃない。相手を信じて自分を捧げただけのことだ。
そいつがそんな自分に満足していたのか、利用されたことを恨んで死んでいったのかは、本人以外誰にも分からない。だから可哀想だとか、そいつが悪いとかは、一概に言えることじゃない。
……まあ、世の中には圧倒的に後者の結末のほうが多いだろうがな」
珍しく饒舌な兄に、聖は驚嘆を隠せなかった。
普段から無駄口を叩かない誠が、自分のためにこんな的確な指摘をしてくれるとは思わなかった。
「そっか」
栞が自ら選んでヴァンに血を捧げたのならいい、と聖は思った。
それだけで、報われない気持ちはわずかでも軽くなってくれるのに。
「これだけは言っておくけどな、聖」
誠は明確な口調できびきびと切り出した。聖は身構えた。
「何?」
「お前が何を悩んでいるか知らんが、何かを好きになる気持ちにいいも悪いもない。これを好きになるのが正しいとか誤りだとかいう決まりがあるとしたら、それは決まりのほうが間違っているんだ」
「兄さん……」
どうして誠には分かるのだろう。聖は震える胸を押さえた。
「喋りすぎて疲れた。俺はもう寝るぞ」
と言って、誠は食器を片づけて自室へ戻っていった。
聖は泣き出しそうになるのをじっと堪えていた。
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