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食事を終えて片付けると、聖は改めて礼儀正しく言った。
「遥さん。こんなもので申し訳ないんですが、お誕生日本当におめでとうございます」
「美味しかったよ。今までもらったどんなプレゼントより嬉しかった」
その言葉に、聖は顔をぱっと明るくさせた。
「ありがとうございます!」
(よかった。喜んでもらえて)
遥が珍しくあんなに取り乱していた時は本当にどうなることかと思ったが、何とか落ち着きを取り戻してくれようだし、どうやら気も悪くしていないようだ。
それが分かって、聖は胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ俺、そろそろ帰りますね」
セピア色をした古めかしい壁時計を見つめて、聖は腰を浮かせかけた。
と、そのとき、遥が聖の腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと待って。もう一つだけお願いがあるんだけど」
「何でしょうか?」
聖は何の気なしに純真な表情で聞き返した。
遥は悪戯っぽく笑うと、
「いいことを考えついたんだ。ヴァンをおびき出す方法」
「え?!」
聖はたちまち狼狽した。遥は人さし指を立てると、
「こっちだよ、ついておいで」
と言って、聖を屋敷の奥へいざなった。
遥はすっかり元の余裕を取り戻し、にこにこと笑っている。
心なしか足取りがふうわりと軽く、その表情に赤みが差しているのは気のせいか。
そういえば先ほど、何本か缶ビールを開けていた気がする。
(この人……もしかして酔ってるんじゃ)
聖がそこはかとない不安を感じながら付き従うと、遥は自室らしき部屋に入った。
それから衣装箪笥と思しき大きな箱を漁ると、その奥から真新しい女物の華やかな浴衣と帯を取り出す。
それを目を丸くして当惑している聖の鼻先に突きつけ、笑ってこう言った。
「これを着てみなよ、聖君」
「あ、はい。……え?!」
思わず反射的に頷きかけた聖はぎょっとした。
「どういうことですか?だってこれ、女の」
「大丈夫だよ。サイズは合ってると思うから」
自分の背丈と体格を見越した発言に軽く傷つきつつも、聖はこの流れを何とか食い止めようとして口早に言った。
「でもあの、そういう問題じゃないと思うし、その浴衣俺のじゃないし、俺男だし、似合わないっていうか」
「絶対に似合うよ。僕が保証する」
遥はなぜか自信満々に断言する。物腰の柔らかい人だが、こうなると彼の意思を回避するのは至難の業だ。
聖は遥の気を逸らそうとして、質問を投げかけた。
「でも、こんな綺麗な浴衣、どうして持ってるんですか?」
「従姉のなんだよ。毎夏ここに遊びに来ていたんだ」
「へえーそうなんですかー」
引きつった笑いを浮かべながら、聖は必死で話の接ぎ穂を探そうとした。
だが、遥のほうが一枚上手だった。
「さ、脱ごうか」
と言って、聖のシャツのボタンに指をかける。
「うわっ!?は、遥さん!ちょっと待っ」
聖はもがいて逃れようとするが、遥はするりするりと器用にそれをかわし、気がつけばシャツをほとんどはだけていた。
「な、何で俺が女装しなきゃならないんですかっ」
涙目になって問いかける聖に、遥は清雅な微笑をたたえて明晰に答えを与える。
「こうすれば、ヴァンは懐かしがって君の前に現れるかもしれないだろう?何せ、君の前世である栞さんは女の人だったわけだから」
「そんな都合のいい話が……ひゃあっ!?」
素肌に直に遥の冷たい手が触れて、聖は悲鳴をあげた。
遥は手際よく聖の腕に袖を通させ、襟元を調えると、鼻歌でも口ずさみそうな様子で帯を結んでいる。
自分がいつも和服を着ているせいか、本当に手馴れている。
「あの、遥さん?酔ってますよね?遥さんってば」
(まずいよ。この人、目が据わっちゃってる……)
聖はいやいやをするように身をよじる。
だが、その程度の抵抗などものともせず、遥はあっという間に聖を清楚可憐な浴衣姿に着付けてしまった。
「よし、終わり」
ぱんぱんと手をはたくと、遥は満足そうににっこりと笑った。
近くに置いてあった花の簪を聖の髪に挿して悦に浸り、細い両肩に手を置いて囁きかける。
「よく似合ってるよ」
姿見に映った自分の女装姿、その我ながらあまりの違和感の無さに、聖はしょんぼりと肩を落とした。
「遥さん。こんなもので申し訳ないんですが、お誕生日本当におめでとうございます」
「美味しかったよ。今までもらったどんなプレゼントより嬉しかった」
その言葉に、聖は顔をぱっと明るくさせた。
「ありがとうございます!」
(よかった。喜んでもらえて)
遥が珍しくあんなに取り乱していた時は本当にどうなることかと思ったが、何とか落ち着きを取り戻してくれようだし、どうやら気も悪くしていないようだ。
それが分かって、聖は胸を撫で下ろしていた。
「じゃあ俺、そろそろ帰りますね」
セピア色をした古めかしい壁時計を見つめて、聖は腰を浮かせかけた。
と、そのとき、遥が聖の腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと待って。もう一つだけお願いがあるんだけど」
「何でしょうか?」
聖は何の気なしに純真な表情で聞き返した。
遥は悪戯っぽく笑うと、
「いいことを考えついたんだ。ヴァンをおびき出す方法」
「え?!」
聖はたちまち狼狽した。遥は人さし指を立てると、
「こっちだよ、ついておいで」
と言って、聖を屋敷の奥へいざなった。
遥はすっかり元の余裕を取り戻し、にこにこと笑っている。
心なしか足取りがふうわりと軽く、その表情に赤みが差しているのは気のせいか。
そういえば先ほど、何本か缶ビールを開けていた気がする。
(この人……もしかして酔ってるんじゃ)
聖がそこはかとない不安を感じながら付き従うと、遥は自室らしき部屋に入った。
それから衣装箪笥と思しき大きな箱を漁ると、その奥から真新しい女物の華やかな浴衣と帯を取り出す。
それを目を丸くして当惑している聖の鼻先に突きつけ、笑ってこう言った。
「これを着てみなよ、聖君」
「あ、はい。……え?!」
思わず反射的に頷きかけた聖はぎょっとした。
「どういうことですか?だってこれ、女の」
「大丈夫だよ。サイズは合ってると思うから」
自分の背丈と体格を見越した発言に軽く傷つきつつも、聖はこの流れを何とか食い止めようとして口早に言った。
「でもあの、そういう問題じゃないと思うし、その浴衣俺のじゃないし、俺男だし、似合わないっていうか」
「絶対に似合うよ。僕が保証する」
遥はなぜか自信満々に断言する。物腰の柔らかい人だが、こうなると彼の意思を回避するのは至難の業だ。
聖は遥の気を逸らそうとして、質問を投げかけた。
「でも、こんな綺麗な浴衣、どうして持ってるんですか?」
「従姉のなんだよ。毎夏ここに遊びに来ていたんだ」
「へえーそうなんですかー」
引きつった笑いを浮かべながら、聖は必死で話の接ぎ穂を探そうとした。
だが、遥のほうが一枚上手だった。
「さ、脱ごうか」
と言って、聖のシャツのボタンに指をかける。
「うわっ!?は、遥さん!ちょっと待っ」
聖はもがいて逃れようとするが、遥はするりするりと器用にそれをかわし、気がつけばシャツをほとんどはだけていた。
「な、何で俺が女装しなきゃならないんですかっ」
涙目になって問いかける聖に、遥は清雅な微笑をたたえて明晰に答えを与える。
「こうすれば、ヴァンは懐かしがって君の前に現れるかもしれないだろう?何せ、君の前世である栞さんは女の人だったわけだから」
「そんな都合のいい話が……ひゃあっ!?」
素肌に直に遥の冷たい手が触れて、聖は悲鳴をあげた。
遥は手際よく聖の腕に袖を通させ、襟元を調えると、鼻歌でも口ずさみそうな様子で帯を結んでいる。
自分がいつも和服を着ているせいか、本当に手馴れている。
「あの、遥さん?酔ってますよね?遥さんってば」
(まずいよ。この人、目が据わっちゃってる……)
聖はいやいやをするように身をよじる。
だが、その程度の抵抗などものともせず、遥はあっという間に聖を清楚可憐な浴衣姿に着付けてしまった。
「よし、終わり」
ぱんぱんと手をはたくと、遥は満足そうににっこりと笑った。
近くに置いてあった花の簪を聖の髪に挿して悦に浸り、細い両肩に手を置いて囁きかける。
「よく似合ってるよ」
姿見に映った自分の女装姿、その我ながらあまりの違和感の無さに、聖はしょんぼりと肩を落とした。
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