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遥は顎に指を当ててのんびりと思い返すように言った。
「そうだよ。なのに遥さん断っちまって、もったいない。せっかく有名人になれるチャンスだったのにさ」
「はは、そうだね。でも、名前が売れてもこの稼業じゃあまり役には立たないんだ。ありがたいことに、長年培ってきた信頼があるから依頼は多くて、今も全てを請け負うことはできない状態だからね。市井に身を潜め、つかずはなれずの関係を保つことは月代の家の方針でもあるし」
「そうなんですか」
ということは、遥は多忙な合間を縫って、わざわざ飛び込みの客である自分を相手にしてくれたということか。
聖が改めて感謝と申し訳なさを感じていると、
「聖君は由宇君の友達だから、特別だよ」
遥は人さし指を立てて軽く片目をつむってみせた。
「遥さんは基本的に、依頼は知り合いからの紹介しか受けないんだ」
由宇は訳知り顔で聖に説明する。
頷きながら聞いていた聖は、ようやく疑問を口にすることができた。
「由宇と遥さんは、どういう知り合いなんですか?」
由宇の屈託ない笑顔が消えて、見る間に沈鬱なものに変わる。
「それは……」
言いづらそうにしている由宇に、遥は諭すように言い添えた。
「話してあげなよ。きっと聖君もそれを望んでいるよ」
二人の様子にただならぬものを感じて、聖は身構えた。
由宇は意を決したように顔を上げると、両手を組み合わせてベッドの上に置いて切り出した。
「実はさ、俺……吸血鬼の血が、ほんの少しだけど混じっているんだ」
「え!?」
思わず聖は大きな声になった。病室からの視線を憚って、慌てて口を押さえる。
「ど、どういうことだよ?じゃあまさか、由宇も人の血を?」
「落ちついて、聖君」
遥は慌てふためく聖の両肩に手を置いて、なだめるように言った。
心臓が嫌な音を立てて軋んでいる。冷たい汗がこめかみを伝う。
由宇は憂鬱めいた視線を落とすと、抑えた声で言った。
「俺の場合、ずっと昔の先祖が吸血鬼との間に子供を作って混血が起こり、その子がまた人間と結婚してどんどん吸血鬼の血が薄まっていった、その流れを汲む子孫なんだ」
「だから由宇君はれっきとした人間だよ。人の血をエネルギーにする必要はないし、寿命だって人間と同じだ。吸血鬼の血が身体に害を及ぼすことはないから、安心していい」
そう言われて、ようやく聖はほっと胸を撫で下ろした。
吸血鬼は人間より総じて能力が高いと遥は言っていた。
恐らく、由宇が勉強にも運動にも優秀で、バスケ部の花形として活躍しているのも、吸血鬼の血という高い素質があったことも関係するのだろう。
もちろん、本人の努力の賜物であることは間違いないが。
由宇は複雑な表情で言った。
「だけど俺は時々、本当に時々だけど、何か猛烈な渇きを感じることがあるんだ。夜中に喉が乾いて目が覚めて、どんなに水を飲んでも、喉が焼けつくように熱くてたまらなくなる。それを親に話したら、遥さんを紹介されたんだ」
そこで由宇は、その砂漠の中にいるような果てしない渇きが、自分の身体にわずかに流れる吸血鬼の血がもたらす吸血衝動の残滓だと知った。
衝撃を受け、傷つき悩みもしたが、遥はそんな由宇を支える心強い味方になってくれたという。
「もとは吸血鬼の力を無効化するために改良を重ねていた薬なんだけれど、それが吸血衝動を抑える効果があると分かってね。由宇君にそれを処方して、事なきを得たんだ」
「おかげで俺は誇りを持って人間でいられる。遥さんは俺の恩人なんだ。俺は、人の血を吸う化け物になるなんて……死んでも嫌だからさ」
その言葉は、なぜか聖の心に錐のように突き刺さった。
自分が負った深手を見つめながら、聖はもっとその傷を掻き回して抉り、どれだけ痛いのか、その傷の原因を確かめたいという不可解な衝動に見舞われていた。
しばしぼうっとしていた聖は、遥が腕時計に目を落とし、声を発したのを聞いてようやく我に返った。
「さて、積もる話はいろいろあるけど、そろそろ僕はお邪魔しようかな」
「ええーっ。もう帰っちゃうのかよ。冷たいなあ」
あからさまに不満げに由宇が唇を尖らせる。聖は自分も腰を浮かせて、
「あ、じゃあ俺も」
と言いかけたのを押しとどめて、遥は小さく耳打ちした。
「いいんだよ。車で待っているから、君はもう少し話をしておいで」
「え……」
驚いたように目を瞬かせる聖の、蝶の羽ばたきのような睫毛の動きを愛でながら、遥はいたずらっぽく笑った。
「僕の前じゃ、できない話があるんじゃないのかい?」
心を読み当てられたような気がして聖は硬直する。
見上げる物問いたげな瞳に意味ありげな微笑を返すと、遥は由宇の方を向いて思い出したように言った。
「そうだよ。なのに遥さん断っちまって、もったいない。せっかく有名人になれるチャンスだったのにさ」
「はは、そうだね。でも、名前が売れてもこの稼業じゃあまり役には立たないんだ。ありがたいことに、長年培ってきた信頼があるから依頼は多くて、今も全てを請け負うことはできない状態だからね。市井に身を潜め、つかずはなれずの関係を保つことは月代の家の方針でもあるし」
「そうなんですか」
ということは、遥は多忙な合間を縫って、わざわざ飛び込みの客である自分を相手にしてくれたということか。
聖が改めて感謝と申し訳なさを感じていると、
「聖君は由宇君の友達だから、特別だよ」
遥は人さし指を立てて軽く片目をつむってみせた。
「遥さんは基本的に、依頼は知り合いからの紹介しか受けないんだ」
由宇は訳知り顔で聖に説明する。
頷きながら聞いていた聖は、ようやく疑問を口にすることができた。
「由宇と遥さんは、どういう知り合いなんですか?」
由宇の屈託ない笑顔が消えて、見る間に沈鬱なものに変わる。
「それは……」
言いづらそうにしている由宇に、遥は諭すように言い添えた。
「話してあげなよ。きっと聖君もそれを望んでいるよ」
二人の様子にただならぬものを感じて、聖は身構えた。
由宇は意を決したように顔を上げると、両手を組み合わせてベッドの上に置いて切り出した。
「実はさ、俺……吸血鬼の血が、ほんの少しだけど混じっているんだ」
「え!?」
思わず聖は大きな声になった。病室からの視線を憚って、慌てて口を押さえる。
「ど、どういうことだよ?じゃあまさか、由宇も人の血を?」
「落ちついて、聖君」
遥は慌てふためく聖の両肩に手を置いて、なだめるように言った。
心臓が嫌な音を立てて軋んでいる。冷たい汗がこめかみを伝う。
由宇は憂鬱めいた視線を落とすと、抑えた声で言った。
「俺の場合、ずっと昔の先祖が吸血鬼との間に子供を作って混血が起こり、その子がまた人間と結婚してどんどん吸血鬼の血が薄まっていった、その流れを汲む子孫なんだ」
「だから由宇君はれっきとした人間だよ。人の血をエネルギーにする必要はないし、寿命だって人間と同じだ。吸血鬼の血が身体に害を及ぼすことはないから、安心していい」
そう言われて、ようやく聖はほっと胸を撫で下ろした。
吸血鬼は人間より総じて能力が高いと遥は言っていた。
恐らく、由宇が勉強にも運動にも優秀で、バスケ部の花形として活躍しているのも、吸血鬼の血という高い素質があったことも関係するのだろう。
もちろん、本人の努力の賜物であることは間違いないが。
由宇は複雑な表情で言った。
「だけど俺は時々、本当に時々だけど、何か猛烈な渇きを感じることがあるんだ。夜中に喉が乾いて目が覚めて、どんなに水を飲んでも、喉が焼けつくように熱くてたまらなくなる。それを親に話したら、遥さんを紹介されたんだ」
そこで由宇は、その砂漠の中にいるような果てしない渇きが、自分の身体にわずかに流れる吸血鬼の血がもたらす吸血衝動の残滓だと知った。
衝撃を受け、傷つき悩みもしたが、遥はそんな由宇を支える心強い味方になってくれたという。
「もとは吸血鬼の力を無効化するために改良を重ねていた薬なんだけれど、それが吸血衝動を抑える効果があると分かってね。由宇君にそれを処方して、事なきを得たんだ」
「おかげで俺は誇りを持って人間でいられる。遥さんは俺の恩人なんだ。俺は、人の血を吸う化け物になるなんて……死んでも嫌だからさ」
その言葉は、なぜか聖の心に錐のように突き刺さった。
自分が負った深手を見つめながら、聖はもっとその傷を掻き回して抉り、どれだけ痛いのか、その傷の原因を確かめたいという不可解な衝動に見舞われていた。
しばしぼうっとしていた聖は、遥が腕時計に目を落とし、声を発したのを聞いてようやく我に返った。
「さて、積もる話はいろいろあるけど、そろそろ僕はお邪魔しようかな」
「ええーっ。もう帰っちゃうのかよ。冷たいなあ」
あからさまに不満げに由宇が唇を尖らせる。聖は自分も腰を浮かせて、
「あ、じゃあ俺も」
と言いかけたのを押しとどめて、遥は小さく耳打ちした。
「いいんだよ。車で待っているから、君はもう少し話をしておいで」
「え……」
驚いたように目を瞬かせる聖の、蝶の羽ばたきのような睫毛の動きを愛でながら、遥はいたずらっぽく笑った。
「僕の前じゃ、できない話があるんじゃないのかい?」
心を読み当てられたような気がして聖は硬直する。
見上げる物問いたげな瞳に意味ありげな微笑を返すと、遥は由宇の方を向いて思い出したように言った。
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